70話 想定外
朝になった。
いつもより睡眠時間が短いせいか、体が少しだけ重く感じる。
まだぐっすりと眠っているルシアナとリファネル姉さんを起こし、集合場所である城壁の外へと向かう。
ちなみにレイフェルト姉は僕よりも早く起きていた。
ルシアナはブレスがきても弾き飛ばすとか言ってたけど、こんだけ爆睡してて大丈夫だったんだろうか…………
まぁ、何事もなかったから良かったけども。
「今日は姉さん達がどれだけ速く、ドラゴンを倒せるかが大事だと思うんだ」
「あら? 急にどうしたのよ、ラゼル」
騎士団や冒険者の人達が集まってる場所へと向かう途中で、僕は姉さん達にお願いしておく事にした。
姉さん達は、僕がピンチにでもならない限り積極的に動くかわからない。
きっと、その間にも沢山の人が命を落とすだろう。
騎士団長のザナトスさんがどれくらいの強さかは僕にはわからないけど、今わかってる事実は、姉さん達ならば簡単にドラゴンを倒せるという事だ。
クラーガさんがいうには、大規模魔術でもドラゴンは生き残るって言ってた。
でもSランクのドラゴンさえ居なければ、騎士団や応援に来てくれた冒険者達でも何とかなると思うんだ。
だからこそ、今回の戦闘は姉さん達が如何に速くドラゴンを倒せるかによって、被害の規模が決まる。
「いや、昨晩のドラゴンの襲撃で沢山の死人が出ちゃったしさ。覚悟を決めた冒険者や騎士団の人達ならまだしも、ただ平和に暮らしてるだけの人達が死ぬのは、悲しいなって」
僕に何とかできればいいんだけど。
残念ながら僕には、力も才能もない。
こんな時でも、姉さん達に頼らないと何もできない自分が情けなく感じる。
「もちろん姉さん達の安全が一番だから、危なくなったら逃げればいいし、命をかけて戦えって訳じゃないよ? ただ、姉さん達にとってドラゴンが取るに足らない相手なら、今回の戦いではドラゴンをなるべく早く倒してくれたらなって。僕も自分の身は自分で守るから」
罪のない人が目の前で死んでいくというのは、中々に堪える。
「確かに私達にとっては、蜥蜴なんて何匹いようとも敵ではありません。ラゼルがそこまで言うなら、今回はそのようにしましょう。私も早くシルベストに戻って、ラゼルに約束を果たして貰いたいですから」
自らのプルンッとした唇に指を当てて、僕の唇を見つめるリファネル姉さん。
「約束? 何の事ですか、お兄様?」
僕と姉さんの会話に違和感を感じ取ったのか、ルシアナが僕の裾をクイクイと引っ張る。
「ふふふ、ラゼルったらクラーガにキスしたでしょ? そのお詫びに、シルベストに戻ったら私達にもキスしてくれるんですって」
「まぁまぁまぁ!! それはとても素敵な事ですわ!」
レイフェルト姉の言葉に、何故か喜ぶルシアナ。
あれ? この流れってルシアナにもする事になってない?
「何か勘違いしてるようですが、貴女は駄目ですよルシアナ」
「……何故でしょうか、お姉様?」
リファネル姉さんに言われて、ルシアナの顔が一瞬にして曇った。
「貴女は昨晩、おでこにしてもらってたではありませんか」
「そんな…………では私はお兄様とお姉様がキスするのを、指を咥えて見てる事しかできませんの?」
「無理して見てる事はありません。私は貴女が眠ってからするので。お子様は寝てる、大人の時間帯というやつですね、フフフ」
なぜだろうか、少しイヤらしく聞こえるのは……
「ほら、その話は後にしなさい。もう着くわよ」
「うわ、凄い人数だね」
レイフェルト姉に言われて前方を見ると、そこには五千人はくだらない人数の騎士団と冒険者が、ゼル王国を守るように並んでいた。
先頭には騎士団長のザナトスさんが立っている。
その手には、巨大な盾を装備している。
本当に大きい盾で、体全部を覆い隠してもなお、幅に余裕がありそうだ。
そして、一番後方には黒いローブを羽織った集団が。
恐らくはこの人達が、ゼル王国の魔術師だろう。
初日の話の通り、百人はいる。
希少な魔術師が、これだけの人数一ヶ所に集まることはそうない事だ。
僕達も後ろの方の列に加わる。
魔術師達の近くにはナタリア王女とラナがいる。
多分ピクシィが監視してる映像で、魔術を放つタイミングを計ってるんじゃないかな。
それから。
僕達が着いてすぐの事だった。
ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
地面が揺れた。
「来ますっ!!」
ナタリア王女の声が、静かだった戦場に響いた。
砂煙を巻き上げながら、大量の魔物の姿が視界にはいった。
魔物の大群が近付くにつれ、揺れも激しくなってきた。
上空には無数の空飛ぶ魔物、ドラゴンが。
まだ距離はあるが、直に到達するだろう。
ナタリア王女の声が合図だったのか、百の魔術師が一斉に両の手を空にかかげた。
それから暫くは何も起こらなかったが、魔術師達は手を上げたままで微動だにしない。
魔力を集めてるんだろうか?
魔術の事は未だによくわからない。
その間にも魔物達は、此方に向かって進行してくる。
いよいよ魔物の種類がわかるくらいに、敵が近付いてきた時だった。
ドス黒い雲が、魔物の上空を覆った。
「放てッ!!!」
魔術師のリーダーらしき男が、声を張り上げた。
百人の魔術師達がその声を合図に、一斉に両手を地面に叩きつけんばかりの勢いで、振り下げた。
瞬間、黒い雲から魔物に向けて、轟音とともに雷が落ちた。
作戦では、これでだいたいの魔物は片付くはずだった。
だが、そうはならなかった。
あろう事か魔物に叩きつけられた雷は、魔物に当たる直前に、見えない壁のようなものに防がれてしまった。
一瞬誰もが、何が起きたのかわからなかった。
「おいっ、何だよアレ!? ナニカいるぞ?」
前の方にいた騎士団の一人が叫んだ事で、皆異変に気付き始めた。
僕も何がなんだかわからず、魔物の方を見た。
何で皆が騒いでるのか、その理由がわかった。
魔物の群の真ん中辺りに、人影が見えた。
その人影は魔物よりは少し小さいが、人間にしてはでかすぎる。
そいつは片手を空に向けながら、こちらに向かってくる。
僕は……というより、皆すぐに理解した。
あの人の形をした何かが、雷を防いだのだと。
これはよくない。
初っぱなから大規模魔術が防がれるという、想定外の事態が起きてしまった。




