68話 約束
「ラゼル様ッ!? よかった、ご無事だったんですね」
僕が姉さん達に揺らされている時、ゼル王国の方から此方へとラナが小走りで向かってくる。
いや、ラナだけじゃない。
かなりの数の武装した兵達と、ナタリア王女も一緒だ。
みんな同じ紋章の入った甲冑を装備してるのを見るに、この人達がゼル王国の騎士団だろう。
いくら騎士団の守りがあるとはいえ、白いドラゴンがいる戦場に自ら出向いてくるなんて、ナタリア王女も中々肝が据わった人なのかもしれない。
でも、ピクシィを使役していたって事は魔術師なんだよね。
意外と腕に自信があったりして。
「……何とかね。けど、『炎極の業』のみんなが、特にクラーガさんの怪我が酷いんだ」
「今、騎士団の方々が怪我人を運び出してます。そんな事より、この状況はいったい…………」
ラナが姉さんに揺らされている僕と、一人でブツブツと負のオーラを纏いながら俯いているルシアナをみて、目を丸くしている。
ごめんラナ、僕も何でこんな事になってるかわからないんだ。
僕はただ、クラーガさんを助けたくて、ポーションを飲ませただけなのに。
「僕にも何がなんだか…………ラナも姉さんを止めてよ」
「聞いてちょうだいラナ! ラゼルったら私達が強敵と戦ってる間に何してたと思う!? クラーガとキスしてたのよ、キス!! どう思う? 私達が必死で戦ってる間に!」
レイフェルト姉がやたらとキスを強調しながら、ラナと僕の会話に入ってきた。
だからあれは仕方なくだって……それに強敵とか言ってるけど殆んど瞬殺してるじゃないか。
ドラゴンなのに蜥蜴とか呼んでるし。
「えっ、キ……ス!?」
レイフェルト姉の言葉を聞いて、ラナの表情が曇った気がした。
「違う違う、クラーガさんの傷が酷くて、ポーションも飲めないくらいだったから口移しで飲ませただけだって」
僕は騎士団の人達に運ばれていくクラーガさんに視線を向けつつ、ラナに事実を伝えた。
ラナならわかってくれる筈だ。
「成る程、状況はわかりました。ですが…………仕方ない事態だったとはいえ、キスしたんですね?」
「だから、キスじゃなくて――――――」
「――――――したんですね?」
ラナがなんか恐いよ…………顔はいつも通りニコニコしてるのに、目が笑ってない。
「ラナ、今はそんな事よりもここで起こった事を、彼等に聞きたいのですが。白いドラゴンはどうなったのでしょうか?」
ナタリア王女がラナの後ろに立っていた。
「クラーガ君が負傷していたが…………まさか彼がやられるとは」
王女の横にいたザナトスさんが、運ばれていくクラーガさんと、そのパーティメンバーを見て驚いていた。
「ラゼル様、説明していただけますか?」
※
それから僕は、ここで起こった事を説明した。
といっても、説明と言える程大袈裟なものじゃない。
ただ、姉さん達がクラーガさん達と協力して、ドラゴンを倒したって事を話しただけだ。
なお、ナタリア王女に話してる間も、僕は姉さんにユサユサと揺らされていた。
王女も最初は何事かと気にしていたけど、途中から見てみぬフリをしていた。
「そうですか。ではとりあえずの危機は去ったようですね。今夜は疲れてるでしょうが、明日の事でお話したい事があるのでこの後、少しだけ宜しいでしょうか?」
そうだった、魔物の群が襲来するのは明日なんだ。
まだ油断はできない。
けど、白いドラゴンは倒したんだ、残りは大規模魔術? で大体片付くって言ってたし、一安心かな?
「わかりました。姉さん達を落ち着かせたら、直ぐに行きます」
ナタリア王女とザナトスさん、そしてラナには一足先に戻ってもらった。
さてさて、どうしたものか。
「リファネル姉さん、そろそろ揺らすのやめてもらってもいいかな?」
「…………では何故あんな事になったか説明を求めます」
だからさっきから説明してるのに…………
「レイフェルト姉ぇ、助けてよぉ」
僕はすがるように、さっきからそっぽを向いてツーンとしているレイフェルト姉に声をかけた。
「仕方ないわねぇ……このままじゃらちが明かないから、とりあえずは助けてあげるわ。でも勘違いしないでね、私もまだ怒ってるんだからね?」
そこまで悪い事した覚えはないんだけどなぁ…………
でもよかった、レイフェルト姉が味方になってくれるだけでかなり心強い。
「リファネル、気持ちはわかるけど一旦落ち着きなさいよ」
さっそく、姉さんを止めようとしてくれるレイフェルト姉。
「ですが…………」
「ラゼルも反省してるわ。それに、シルベスト王国に戻ったら私達にもキスしてくれるって言ってるわ」
僕を揺らすリファネル姉さんの手がピタリと止まった。
って、え!? そんな事言ってないよ僕。
「ちょ、レイフェルト姉、僕そんなこといっ――――――」
否定の言葉を出そうとした瞬間、僕の後ろへ回り込んだレイフェルト姉に、即座に口を塞がれてしまう。
そして、リファネル姉さんに聞こえないように耳打ちしてくる。
「今の現状を何とかするには、これくらいの事は言っとかないと無理よ」
確かに、この場を何とか切り抜けるには、嘘でもいいからこれくらいは言わないと駄目かもしれない。
「ラゼル、本当ですか?」
リファネル姉さんが、ウルウルと潤んだ瞳で僕を見る。
「…………本当だよ、お姉ちゃん」
姉さんの機嫌を少しでも良くしようとして、今は「お姉ちゃん」呼びでいくことにしてみる。
「もう一回…………」
「え? なにを?」
「もう一回、お姉ちゃんって呼んで下さい」
「お姉ちゃん」
「わかりました。今回の事は忘れます。そのかわり、シルベストに戻ったら………………約束ですよ?」
「……うん」
なんとかリファネル姉さんの機嫌が戻った。
シルベスト王国に戻った時の事を考えると億劫だけど、それはその時考えるしかない。
後はルシアナだけど…………
うわぁ、ヤバい、ヤバいよ。
まだ一人で喋ってるし、なにより瞳がどんよりと濁ってる。
これはどうすれば。
「ラゼル、――――――こしょこしょ――――――こしょこしょ」
「……でもそれは流石に」
「今のルシアナに声は届かないわ。それしか方法はないわ」
「うっ…………」
僕はレイフェルト姉の提案を実行するべく、ルシアナへと近付く。
「えーと、ルシアナ?」
「………………」
駄目だ、聞こえてない。
ああもうっ! どうにでもなれだ!
チュッ。
「えっえっ!? お兄様、今……」
僕はルシアナの前髪をそっと上げて、オデコに唇を触れさせた。
大丈夫、オデコだからこれはノーカウントだ。
「おにぃさまぁぁぁぁああっ!!」
これが効いたのか、さっきまでの暗い雰囲気から一転。
満面の笑みで僕のお腹に抱きついて、体を擦り付けてくるルシアナ。
「ルシアナ、落ち着いてってば」
「私は信じてましたっ! お兄様が愛してるのは私だって! オデコとはいえキスしたってことは、もう結婚ですね!?? 結婚決定ですわぁぁ!!!!」
効果ありすぎぃっ!
しかもいきなり結婚って…………そもそも僕達は兄妹だからね。
けれど、せっかく機嫌が直ったんだ、このまま即否定してまた戻られても困る。
「……!!」
僕は無言でルシアナの頭を撫でた。
はぁ…………僕は血の繋がった姉妹相手に、何をしてるんだろうか?




