67話 キス
姉さん達になるべくバレないようにこっそりと、だけど急ぎつつ、ルシアナと一緒にドラゴンに吹き飛ばされた人達の元に向かう。
僕の姿が視界に入ると姉さん達は、戦いに集中できないかもしれないからね。
目的はクラーガさんの仲間の救出だ。
「よし、ポーションは無事だ」
バッグの中を確認して、僕は安心した。
いつ何が起きても大丈夫なように、この国に来てからは常に剣やポーションを持つようにしていた。寝る時でさえ。
だけどもしかしたら、さっき二階から飛び降りたときにポーションが割れたりしてるかもと思ったんだけど、何とか無事だった。
「さぁお兄様、早く怪我人を運び出しましょう。あまり長居すると、お姉様達の戦いの巻き添えを食らいますわ」
「わかったよ」
怪我をしてるであろう『炎極の業』のメンバー達の元へ急ぐ。
その道中、ふと姉さん達の方へ視線を向けると、今まさに白いドラゴンと戦闘を繰り広げてる最中だった。
けどおかしいな、クラーガさんがいない。
クラーガさんだけは、ドラゴンの攻撃を躱してたのに。
僕はてっきり、姉さん達と一緒に戦ってるとばかり思ってた。
どうしたんだろうか?
気にはなるけど、今は怪我人が優先だ。
「お兄様! ここに一人、デカイのが倒れてますわ」
ルシアナの方へと駆けると、初日に僕達に絡んでクラーガさんに蹴り飛ばされた人が、仰向けに倒れていた。
確かゴズさんって呼ばれてたっけ。
「大丈夫ですか!? これ、ポーションです。飲んでください」
見たところ大きな傷はないけど、多分骨があちこち折れてる。
ポーションを飲んだ所で直ぐに動けるようになる訳じゃないけど、痛みは引く筈だ。
「お前はあの時の…………すまねぇ、助かる」
ゴズさんは僕の顔を見て、申し訳なさそうにしながらもポーションを飲んだ。
初日に絡んだ事を気にしてるのかも。
あの時は少しだけイラッときたけど、今はそんな事気にしてる状況じゃないしね。
「僕は、他の人も見てきます。ゴズさんは安静にしてて下さい。もうすぐ騎士団の人達もくると思いますから」
これだけの騒ぎだ。
直ぐに騎士団も動き出すはず、怪我人を運ぶのは任せよう。
それから周りを見渡すと、ゴズさんの周囲には何人もの人が倒れていた。
僕とルシアナは片っ端から怪我人にポーションを飲ませて、ゴズさんの近くに運んだ。
一ヶ所にまとまっていたほうが、騎士団の人達も運び出しやすいだろう。
そして幸いにも、命に係わるような怪我を負った人は居なかった。
まぁ、直ぐに動けるような軽いものでもないけど。
「ありがとうルシアナ、助かったよ」
怪我人を運んでくれたのは、ほとんどルシアナの魔術だ。
「お気になさらず。お兄様の頼みならどんな事でもしますわ。そんな事より――――――」
「どうしたの?」
「――――あちらにもう一人、倒れてますわ」
ルシアナはドラゴンの近くを指差す。
「え!? クラーガさん?」
なんと、ドラゴンと姉さん達が戦ってる付近で、クラーガさんが横たわっていた。
姉さん達が引き付けてるお陰で、今のところは踏み潰されたりの心配はなさそうだけど。
「早く助けないとっ!」
どういう状態かはわからないけど、あんな所で倒れてるんだ、無事な訳がない。
僕は急いでクラーガさんの元へ向かおうとして
「お待ちください、お兄様!」
ルシアナに手を掴まれ、止められた。
「離してルシアナ。早くしないとクラーガさんが危ないかもしれないんだ」
振りほどこうとしても、ルシアナの手はびくともしない。
この小さな体のどこにそんな力があるんだろうか。
いや、僕の力が弱すぎるって可能性もあるか。
「今行ったら戦いに巻き込まれて、お兄様も無事じゃ済みません」
「じゃあどうすれば…………」
「私に任せて下さい。お兄様が態々、危険な場所へ行く必要はありません」
そういうと、ルシアナは魔術を発動させた。
クラーガさんの体がフワッと浮いたかと思うと、ゆっくりと此方に運ばれてくる。
「っ!!…………これは」
運ばれてきたクラーガさんの状態を見て、僕は動揺を隠せなかった。
あちこち傷だらけだが、お腹の傷が特に酷く、かなりの深さで抉れていた。
血はドクドクと、止めどなく溢れている。
僕はすぐさま、ポーションを傷にかけた。
こういう酷い損傷の時は、飲むよりも直接かけた方が利く。
「よかった、何とか血は止まった。後は――――――」
「お兄様ッッ!!?」
僕はポーションを口に含み、意識のないクラーガさんへと口移しで飲ませた。
これでなんとか助かってくれればいいけど。
傷が余りにも酷いから不安だ。
もしかしたらこのまま……………………
あー駄目だ、最悪な事ばかり考えてしまう。
僕らしくない。
プラス思考で行こう。
クラーガさんは助かる、絶対に。
唇をクラーガさんの元から離した時、一瞬「ギャンッッ」っという、断末魔のような、絞り出した感じの鳴き声が聞こえた気がした。
何事かと思い、戦ってる姉さん達の方を見ると、此方に猛ダッシュしてくる二つの影。
それがリファネル姉さんとレイフェルト姉だと気付いた時には、二人は目の前まできていて、僕の肩を揺らす。
それはもうグラングランと揺らす。
「ラ、ラ、ラゼルッッッッ!!!! 今その女とキ、キスしてましたよね? ね? 何故そのような事を!? 説明を求めます!! 一から十まで詳しく、お姉ちゃんが納得の行く説明をッッ!!」
「酷いわラゼルったら、私という者がありながら! 初めては私とって約束してたのに…………今夜は枕が涙でビチャビチャよ!!」
そんな約束はした記憶ないけどね…………
余りの二人の狼狽えっぷりに、若干の恐怖を覚えながらも、なんとか落ち着かせようと声を絞りだす。
「ちょっと、落ち着いてよ!! これは命が危険な状態だったから、口移しでポーションを飲ませただけだってば! キスじゃないって! ルシアナからも説明してよ」
姉二人に肩を揺すられながら、妹へ助けを求めたが。
「…………………………………………お兄様が私以外とキス? あり得ません、そんな事あり得ていい筈がありません。………………こうなったら、その女を消して全てをなかった事に……………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
ヤバい。
姉さん達が可愛く見えるくらいにヤバい事になってるよぉ…………
あれれ? ていうか…………
「姉さん、ドラゴンは?」
「ラゼルッッ!! 話を逸らさないでください!! 今は蜥蜴の話なんていいんですっ! そんな事より、納得のいく説明をしてくださいぃ!!」
怒られた。
あ~…………今だかつて級に、姉さん達がおかしくなってるよ。
もうどうすればいいんだ…………
前へ後ろへと、肩を揺らされながらも姉さんの肩越しに、大きな魔石が見えた。
よかった……白いドラゴンは倒したんだね。
後は、この三人をどうやって落ち着かせるかなんだけど…………