65話 白いドラゴン
「何があったの、これ…………」
宿があった直線上は、何かが通過したかのように、何処までも抉れていた。
それが何処まで続いてるのかはわからないけど、僕の目の見える範囲には何も残っていない。
辺りは悲鳴と怒声が飛び交い、みんなパニックになっていた。
「やってくれたわね…………」
「はい、あと少しで消し飛ぶ所でしたわ」
さっきまで宿があった場所を見ながら、レイフェルト姉とルシアナが苛立たし気に呟いた。
よかった、二人も無事だったんだ。
まぁこの二人の事だし、心配する必要はないとは思うんだけど。
「どうやらアレの仕業っぽいですね」
「アレって――――――――」
何? と言いかけて、僕は口を閉じた。
いや、声が出なかったって方があってるかな。
リファネル姉さんの方を振り返ると、この前水晶で見た白いドラゴンが、中空で羽をゆっくりと動かしながら、こちらの様子を窺っていた。
ここで僕はようやく、現在の状況が理解できた。
僕達を襲った衝撃はドラゴンのブレスだったのだ。
白いドラゴンと僕達の宿を結ぶ直線にかけて、ブレスの痛々しい跡が残っている。
「な……なんで? だって魔物の到着は明日って…………」
ナタリア王女の使い魔で、常に監視していた筈だ。
何か急な動きがあったら、僕達や騎士団に報せが届く手筈になってるのに。
なんでこんな事に……?
「詳しい事はわかりませんが、予想外の事が起きたのは事実です。
ですが、私達のやる事は変わりません」
リファネル姉さんは剣を抜き、歩き出す。
「ええ、そうね。誰に向けてブレスを放ったか、蜥蜴さんに教えてあげないとだわ」
レイフェルト姉も、リファネル姉さんの後に続く。
「ルシアナ、あなたはラゼルを守っててください。私達はあの愚かな蜥蜴を斬り殺してきます」
「任せてください。お兄様には指一本触れさせません。
本当は私が消滅させたいのですが、今回は譲りますわ」
「大丈夫? あまり無茶しないでね」
いくら姉さん達でも、今回ばかりは本当に心配だ。
まだ距離があるから正確ではないけど、この前のドラゴンよりも更にデカイ。
ブレスの威力も比べ物にならない。
間近で見たら、きっと僕は震えて動けないだろう。
「安心しなさい、お姉さんが速攻で終わらせてきてあげるわ」
「甘いですレイフェルト。己のしたことを後悔させるために、まずは両羽を切り落として飛べなくしてから、じっくりといたぶって殺すのです」
「嫌よ! 速く殺って、速く寝たいのよ私は」
「宿を破壊されたのに、何処で寝るんですか?」
「そうだったわ…………あぁっもう!! 思い出したらイライラしてきたわね。さっさと行くわよ」
二人がドラゴンの元へと駆けようとした時。
「ハハハッ、来やがったなっ! あいつは俺が狩る!!」
クラーガさんのパーティが、姉さん達よりも先にドラゴンへと向かって行ってしまった。
凄い速さでドラゴンとの距離を詰めていく。
クラーガさんが先頭になり、その後を仲間の人達がついていく。
姉さんの事だから怒るかなと思ったんだけど、意外にも黙ってクラーガさん達を見ていた。
空を飛ぶ相手に、クラーガさんはどうやって戦うんだろうか。
『ドラゴン殺し』って呼ばれてるくらいだし、何かあるんだろうけど。
「ゴズッ!!」
あっと言う間にドラゴンの元へたどり着くと、クラーガさんは仲間の名前を叫んだ。
「はいっ、団長!――――――――――――――んぅぅぅぅどっせぃぃぃ!!!!」
どうやらゴズと呼ばれた人は、初日に僕達に絡んできた大男のようだ。
そしてなんと、ゴズさんは掌の上に乗っかったクラーガさんを、ドラゴン目掛けて思い切りぶん投げた。
「凄い……」
僕は思わず一人言を溢していた。
クラーガさんの脚力とゴズさんの腕力が合わさり、クラーガさんはもの凄い速さでドラゴンへと飛んでいった。
やがてドラゴンよりも更に高い位置まで到達すると、空中で何かを蹴り、ドラゴンに向かって落下しながら、踵落としをかました。
ゴスンッッ!!!!!!!
クラーガさんの踵が脳天に直撃した瞬間、此方まで鈍い音が響いてきた。
白いドラゴンはたまらず、地面へと叩き落とされた。
なんて威力…………
これがSランク冒険者か。
「いけーっ!! まずは羽をぶったぎれっ!!」
下で待機していた数十人の仲間が、一斉にドラゴンへと襲いかかった。
だが
「ガァァァァァァアアアッッ!!!!!」
ドラゴンはクラーガさんの攻撃を食らったにも関わらず、ダメージを追った様子はなく、咆哮しながら鋭い爪を振った。
そのたった一度の攻撃で、クラーガさん以外の人達は吹き飛ばされ、戦闘不能になってしまった。
「嘘でしょ!? たった一撃で………………」
やはり白いドラゴンは桁外れに強いのか?
ドラゴンと戦い慣れてるはずの人達が、こんな簡単にやられるなんて。
「…………姉さん、クラーガさんが……」
「はぁ、わかってます。今行きますから、そんな顔をしないでください。あの女は気にくわないですが、ラゼルの悲しむ顔は見たくないですからね」
「そうね、これであの女に貸しができるわ。この戦いが終わったら、二度とラゼルに近付かないようにしてもらいましょう」
いつもと変わらない調子で、姉さん達はクラーガさんの所へ助太刀に向かった。
「ルシアナ、僕もあっちに行きたいんだけど。駄目かな?」
「え!? なんでですの?」
「クラーガさんの仲間の人達、今ポーションを使えば助かるかもしれないからさ」
もちろんルシアナが駄目だと言うなら諦めるつもりだ。
でもルシアナの魔術なら、僕を守りながらでも近付けるかもしれない。
「はぁ~、お兄様は本当にお優しいですね。いきなり短剣を投げつけてくるような相手の心配までして」
「駄目?」
「お兄様がそうしたいのなら、そうしましょう。私が側にいる限り、お兄様が危険な目に合う事なんてあり得ませんし」
「ありがとう、ルシアナ」