64話 準備
その日は何事もなく終わり、朝になった。
魔物が到達するまで、残り四日。
僕は昨日水晶でみた魔物を調べに、ギルドに来ていた。
リファネル姉さんとルシアナは寝ていたので、レイフェルト姉が一緒についてきてくれた。
一人でも大丈夫って言ったんだけどね。
ギルドの造りは、シルベスト王国とほぼ似たような感じだった。
受付のお姉さんに、昨日みた魔物の名前を伝えると、丁寧に説明してくれた。
フレイムモンキーは、尻尾の部分が激しく燃えている、二足歩行の猿の魔物だという。
体の大きさは、四メートルを越えていて、全身分厚い筋肉に包まれた、恐ろしい怪物。
捕まってしまったら、逃げ出すのは困難だとか。
そしてロックスネークだが、名前の通り、岩を鎧のように纏った蛇だ。
全長は十メートルを越える。
主な攻撃手段は纏った岩を飛ばしたり、近くの敵に対しては締め付け攻撃も行う。
これも一度捕まったら終わりらしい。
一番厄介なのは、ロックスネークの牙には毒があるということ。
この二匹はどちらもAランクだ。
Aランクの魔物は他にも何種類かいたけど、この二匹が一番数が多かったように見えた。
他にも水晶に映った魔物の事を、できる限り詳しく聞いていった。
ドラゴンやオーガ、ゴブリン等は既に戦った事があるので聞かなかったけど。
「ラゼルは本当に心配性ねぇ、私達が居るんだし大丈夫よ。まぁ、そうやって勉強熱心なのは良いことだと思うわ」
ギルドを出て、次は解毒ポーションを買いに行こうと店を探してると、レイフェルト姉が緊張感のない声で呟いた。
「念のためだよ。姉さん達の足はなるべく引っ張りたくないからね」
元々今回の戦いは、僕が姉さん達に一人でも大丈夫、という所を見せる目的もある。
それにAランクの魔物だけでも数百はいるのだ、姉さん達は大丈夫でも、僕は今から恐くてしかたない。
戦う敵の事は、少しでも知っておかないと不安だ。
単純に考えて、あの白いゴブリンが何百といるのと同じなんだから。
「もう! 私達はラゼルが、可愛くてしかたないから守ってるのよ。足を引っ張るだとか、迷惑だなんて思ったことないわよ」
少し頬を膨らませながら、僕を見るレイフェルト姉。
「わかってるよ。いつもありがと」
「ふふ、わかればいいのよ。さ、行きましょ!」
「うん。……だけど、あんまり胸を押しつけないでってば」
「照れなくてもいいのよ、嬉しいクセにぃ~」
「…………」
目的のポーションを手に入れて、その日は宿に帰った。
その日の夜、ノックの音が聞こえてドアを開けると、ラナとナタリア王女が立っていた。
「ラナ、どうしたの? それに王女様まで……」
「遅くにすいません、ナタリアがラゼル様達に会いたいと聞かなくて」
「あなた達が、センナリ山脈のドラゴンを討伐したパーティですね?」
センナリ山脈? そういえば、そんな名前だった気がする…………
あの時はドラゴン討伐にビビってたから、あまり詳しく覚えてないんだよね。
「はい。僕達のパーティが討伐しました」
「ドラゴンを倒せるパーティは希少です。Aランク冒険者が複数人いても、成功率は低い筈です。お強いんですね」
そう言うと、ナタリア王女は目を輝かせながら、僕の手を両手で掴んできた。
僕は何もしてないだけに、なんだか妙に後ろめたい気持ちになる。
「もしこの戦いが終わったら、ゼル王国に来ませんか? 何不自由ない暮らしを保証しますよ?」
「ちょっとナタリア!? いい加減にしてください」
ナタリア王女の発言に、思わず声を大きくするラナ。
「ふふっ、冗談ですよ。相変わらずいい反応しますね」
「もうっ! おふざけは程ほどに」
随分と仲がよさそうに見える。
王女同士、もっとギスギスした感じかと思ってたけど、全然そんな事はなさそうだ。
「仲がいいんだね」
「ナタリアとは、付き合いが長いですから。私の数少ない友人の一人です」
「この子、こう見えて結構頑固な所があるから、友達少ないんです」
「ラゼル様に余計な事を言わないで下さいっ!」
「ふふふ」
その後、ナタリア王女は姉さん達にも軽く挨拶をして、帰っていった。
なんだかラナの新しい一面を見れた気がした。
姉さん達は、ナタリア王女が僕の手を握った事にブーブー言っていたけど、気にしない事にした。
そして次の日の夜、またまた部屋のドアが叩かれた。
「クラーガさん!? 急にどうしたんですか?」
ドアの向こうにはクラーガさんが立っていた。
仲間の人はいない、どうやら一人で来たようだった。
「いや~、ラゼルの顔が見たくなってな」
「ひっ!?」
そんな事を耳元で囁くもんだから、僕はなんだか変な声が出てしまった。
僕は耳がかなり弱い…………
「おっ? ラゼルは耳が弱いのか? これはいい発見だ」
「お兄様から、離れなさいっ!」
ルシアナの怒声が響いたのと同時に、クラーガさんに向けて氷の礫が放たれた。
「おぉっとっ!?」
なんなくかわすクラーガさん。
これ、当たったら痛いじゃ済まないでしょ…………
避けるってわかってるからだと思うんだけど…………それにしても攻撃に躊躇がない。
「落ち着いてルシアナ。姉さん達もっ!」
ルシアナだけじゃなく、姉さん達も剣を抜こうとしていた。
「ラゼルの言うとおりだ、少し落ち着け。俺は少し話がしたかっただけだ。ラゼルの顔が見たくなったってのも本当だがな」
なんの話だろ? 多分魔物との戦いの事だとは思うけど。
「いや、話っていうより、忠告みたいなもんなんだがな」
姉さん達を落ち着けてから、部屋でクラーガさんの話を聞くことに。
ルシアナのクラーガさんを睨む目が恐い…………
「この国の魔術師が大規模魔術を放つって言ってたろ?」
「はい。白いドラゴン以外の魔物は大体倒せるって」
「そこなんだがな。あいつらはドラゴンを甘く見すぎてる。確かに、粗方の魔物は倒せるだろう。だが、ドラゴンは別だ。
俺の予想じゃ、ほとんどのドラゴンは生き残るだろうな」
クラーガさんの言ってることが本当だとしたら、僕達と騎士団で数十体のドラゴンを相手にすることになる。
それに加えて、生き残ったAランクの魔物の殲滅か。
これは厳しいんじゃないか…………
「それで、あなたは私達にどうしろと?」
不機嫌そうにリファネル姉さんが聞いた。
「いや、別に何をやれって訳でもねーんだ。ただ、今回まともに戦えそうなのは、あんたらと騎士団長のおっさんくらいだと思ってよ。
騎士団が何人いるかは知らねーが、普通の奴なんて何百何千いようが、ドラゴンの前では無力だ。
だから出来る限り、協力しようぜって事さ」
ドラゴンと対峙した事があるからこそわかる。
クラーガさんの言うとおり、僕くらいの強さの人間が何百いても、ドラゴンに勝てる気はしない。
あの魔物は、それくらいの絶望を纏っていた。
「協力はともかく、私達の前に立ち塞がるのなら、斬り捨てるだけです」
「そうね。それにドラゴンが、そこまで強い魔物だなんて思えないもの」
「お兄様に害をなすなら、その全てを捻り潰すだけですわ」
相変わらず、自信満々な姉さん達。
「ハハハッ! 余計なお世話だったか。まぁそういう事だから、当日は宜しく頼むぜ」
笑いながら、部屋を出て行こうとするクラーガさん。
「クラーガさん、ありがとうございました」
クラーガさんが自分の事しか考えてない人なら、わざわざ僕達にこんな事言いにこないだろう。
ようは、油断するなって事を言いにきてくれたのだ。
「じゃあな、ラゼル。――――――――フッ」
「ヒッ!?」
帰り際、僕の顔に自らの顔を近付けたかと思うと、肩に顎を置き、耳に息を吹きかけてきた。
急なことで、また変な声が出てしまった。
それに、女性だと意識してしまっているからか、妙にドキドキする。
いい匂いもするし。
「死んでくださいっ!!」
「ハハッ! じゃあまたな」
ルシアナの火の魔術をかわしながら、クラーガさんは帰っていった。
「キーッ、こうなったら戦場で魔物と一緒に葬ってあげますわ!」
冗談だと思うけど不安だ。
ルシアナならやりかねないと、心のどこかで思ってしまう。
あと、部屋で火の魔術はやめようね…………
そんなこんなで、この国に着いてから四日目の夜。
ナタリア王女の話では、明日の昼過ぎ頃には魔物が押し寄せてくるという。
僕達冒険者は明朝、城門前に集まる事になっている。
一応やれるだけの準備はした。
解毒ポーションも持ったし、この国にきてからも日課の剣の修行はやっていた。
ドラゴン相手じゃどうしようもないけど、生き残った魔物の殲滅では役に立ちたいな。
明日に備えて寝ようとして、ふいに窓の外を見た。
本当に意味なんてなく、ただ何となくだった。
一瞬、遠くでピカッと何かが光った気がした。
気のせいかもしれないけど、その光はだんだんと近付いてきてるように見えた。
「――――――リファネル、ルシアナッ!!!!!!」
「ええっ、わかってますっ!!」
突然、レイフェルト姉の声が聞こえた。
いつもの緊張感のない声とは違って、かなり焦ってるように聞こえた。
こんなレイフェルト姉の声を聞くのは初めてかも知れない。
「えっ!?」
リファネル姉さんは僕を抱き抱えると、窓を突き破り外に飛び出した。
僕達の泊まっている宿は二階なんだけど、そこから飛び出し、地面に着地するまでの刹那、もの凄い衝撃に襲われた。
あまりの衝撃に目を開ける事も出来ず、上下左右の感覚すらわからないまま、グルグルと回っていた。
「ラゼル、大丈夫ですか?」
やっと衝撃がおさまり、リファネル姉さんの声で目を開けると。
「………………何があったの、これ」
おかしい、ここには確かに僕達が泊まっていた宿があったはずなのに。
そこにはなにもなかった。
宿の後ろには、何軒も建物が並んでいた筈なのに、なにもなかった。




