62話 クラーガ
大男が吹き飛び、建物内にいる冒険者達がざわつく。
「おい、俺は言ったよな? 二千もの魔物が押し寄せてるんだ、皆で協力するべきだと。それなのに、どうして人間同士で争ってやがる。今はそんな場合じゃねぇだろ? 『炎極の業』のメンバーとして恥ずかしくない行動をしろよ」
同じパーティの人に対して、クラーガ団長と呼ばれた人が怒りを顕にしている。
今まで笑っていた人達が全員、クラーガさんの話を黙って聞いている。
皆同じパーティなんだとしたら、かなりの大所帯だ。
そして、このクラーガという人、男だと思うんだけど、やけに綺麗な顔立ちをしている。
背は僕と同じくらいだろうか、大男を吹っ飛ばせる程の筋肉があるようにも見えない。
髪の毛は男の人にしては長めで、肩くらいまである。
そのせいか、何だか女の人に見えなくもない。
「うちの団員が失礼した、団長として謝らせてくれ。すまなかった」
仲間の人達に怒った後で、先程から無言のままのリファネル姉さんへと、謝罪の言葉を述べるクラーガさん。
姉さんは既に、剣を鞘に納めていた。
「下の者の躾はキチンとしといて下さい。もう少しで斬るところでしたよ」
そう言いながら、リファネル姉さんは僕達の元へと戻ってきた。
ラナが性格に問題があるって言ってたけど、そんな風には見えない。
「君達にも迷惑をかけたね。申し訳ない」
クラーガさんは、態々僕達の方にもきて、謝ってきた。
「俺は『炎極の業』というパーティを率いてる、クラーガという者だ。今回の戦いではよろしく頼む」
「ラゼルと言います。こちらこそよろしくお願いします」
姉さん達はまだムッとしてて、話すって感じじゃなかったから、僕が代表して答える事にする。
「ムッ、君は…………」
「え? 僕がどうかしましたか?」
どうしたんだろう、急に僕の事を熱い眼差しで見つめて、固まってしまった。
視線を反らすのも失礼かなと思い、暫く見つめあったまま、クラーガさんの言葉を待つ。
それにしても、本当に綺麗な顔をしている。
肌もきめ細かいし、まつ毛も長い。
「君、可愛い顔してるね。かなりタイプだ」
「……ひぇっ!?」
クラーガさんが急に顔を近付けてきて、耳元で喋るから、声が裏返ってしまった。
それに何だか、凄いイイ香りがした。
てか、ソッチ系の人なのか…………?
「――――――おっと!」
いきなり飛び退いたかと思うと、クラーガさんが今までいた床からは、氷で出来た剣が飛び出ていた。
「私のお兄様に、あまり近付かないでください」
敵意むき出しで、クラーガさんを睨むルシアナ。
「ルシアナ…………いきなり魔術を放ったら駄目だよ」
普通の人なら串刺しだよ…………
まぁ、そこは流石Sランク冒険者。
なんなく避けたけど…………
「君のお兄さんだったのか、すまない。余りにも俺の好みの顔をしてたもんだから」
好みって…………この人男だよね? ラナも「彼」って言ってたし。
困ったな、僕にそういう趣味はないんだけれど…………
「どうかな? この戦いが終わったら、ぜひ食事でも――――――っと、危なっ!」
今度はリファネル姉さんの剣が振られた。
身を後ろに捩らせながらも、なんとか避けるクラーガさん。
姉さんも本気じゃないだろうけど、見ててヒヤヒヤするからやめて欲しい。
「ラゼルは私の、可愛い可愛い可愛い弟なんです。あまりちょっかいかけないで下さい、斬りますよ?」
「おっと、今度はお姉さんか。いいね、燃えてきたよ」
さっきまでは、凄いまともな人に見えてたんだけどなぁ…………
ラナの言ってた事が、何となくわかったような気がする。
「とりあえず今は話どころじゃなさそうだ。また後で、二人きりで話そうね」
僕に向けてパチンとウインクをして、クラーガさんは仲間達の所に戻っていった。
どうしよう…………今、少しドキッとしてしまった。
大丈夫か、僕…………?
「モテモテね、ラゼル」
レイフェルト姉が、ジトッとこちらを非難するような目で見てくる。
あれ? なんだろうこの反応。
相手は男なのに。
「……とにかく、今はラナが戻るまで大人しく待ってよう」
僕達は空いてる席に座り、ラナの帰りを待つ事にする。
大男が吹き飛ばしたテーブルや椅子などは、クラーガさんに怒られた仲間の人達が、凄い速さで片付けていた。
その間も、ちょいちょいこっちを見てくるクラーガさんと目が合う。
何だか気まずい…………
同性に好意を向けられるのなんて、初めての経験だよ…………
「ラゼル様。只今戻りました」
それから夜になり、ラナが戻ってきた。
「お疲れ様。もう挨拶は終わったの?」
「はい。間もなく、ゼル王国の騎士団長が参ります」
って事は、そのまま作戦会議か。
「それよりも、何かあったのですか?」
ラナが壁に空いた穴を見て、聞いてくる。
「…………ううん、特に何もなかったよ」
なんとなく、クラーガさんとの事はラナには知られたくない。
この場は誤魔化しとこう。
「あらら~、何もないことないでしょう、ラゼル?
Sランク冒険者から、熱烈なアプローチをされてたじゃない」
はぁ……レイフェルト姉は、いつも余計な事を言うんだから…………
「え? 大丈夫だったんですか?」
「大丈夫も何も、ラゼルったら顔を赤くしてたのよ? 酷いわよね、まったく」
「…………クラーガ様は、可愛い男の子に目がないんです。もしかしたらと思いましたが、やはりそうなりましたか…………」
「べ、別に、赤くなんてなってないってば!」
ここは全力で否定させてもらおう。
あらぬ誤解を受けても嫌だからね。
「そうです。お兄様には私がいるんですから、あんなのに赤くなるわけないですわ」
「その通りです。あんなのより、お姉ちゃんの方がいいに決まってます。またラゼルにちょっかいかけてきたら、どうしてくれましょうか」
そもそも、相手は男だからね。
張り合う事ないでしょ…………




