61話 揉め事
大男を睨み付けながら、腰の剣を抜いたリファネル姉さん。
「グハハハッ、なんだなんだ? やろうってのか、嬢ちゃん!?」
「何か、死ぬ前に言い残す事はありますか?」
姉さんが剣を抜いても、大男は椅子から立ち上がる素振りすらみせない。
完全にリファネル姉さんの事を、格下と認識してるような態度だ。
う~ん……ラナにクラーガって人と揉めるなって言われてるんだよね。
この人がそのSランク冒険者の人かはわからないけれど、これから一緒に戦おうって時に争うのはよくないよね。
「リファネル姉さん、実際に剣が当たった訳じゃないしさ、落ち着いて。この人もきっと当てる気はなかったよ」
姉さんの腕を握り、何とか思い止まらないかと声をかける。
「いいえ、ラゼル。当たった当たってないの話ではないのです。一番の問題は、脅しだろうとなんだろうと、ラゼルの足元に短剣を投げた事が問題なのです。この野蛮な男は許せません」
駄目か…………姉さんは止まる気配がない。
「レイフェルト姉、姉さんを止めてよ」
何とかして争いを回避すべく、僕はレイフェルト姉とルシアナの方を見る。
「駄目よラゼル。今回はあいつが悪いわ。少しくらい痛い思いをするといいわ」
少しで済めばいいんだけど、姉さんは斬り殺すって言ってるから心配なんだよ…………
いくら姉さんでも、流石に殺すまではしないと思うけど。
この国とシルベスト王国は同盟関係にあるって言ってたし、その応援で来た僕達が問題を起こしたら、ラナの顔に泥を塗ることになる。
先に仕掛けてきたのはあっちだとしても、ここは我慢したほうがいいと思う。
「何だお前ら、姉弟で冒険者やってるのか?」
僕が二人の事を「姉」と呼んでるのを聞いて、大男が馬鹿にしたような口調で聞いてくる。
「はい。皆、家族です」
姉さんが答えるより先に、僕が答えた。
これ以上、事を荒立てないように。
「グハハハハハッ! 皆家族か、こりゃ愉快だ。そんなちっこいガキまで連れてよぉ! これから魔物の大群と戦うんだ、お前らみてぇのがでる幕はねぇよ。第一お前ら、ランクはいくつだ? どうせDランクだろぉがなっ!」
少しイラッとした。
冒険者を家族でやってるからって、馬鹿にされる謂れはない。
「お兄様、なんなら私があの男を黙らせましょうか?」
ガキと言われて機嫌を悪くしたのか、ルシアナも殺る気満々だ。
僕は頭を撫でて、ルシアナを落ち着かせる。
「ランクはAです。なったのは最近ですが」
とりあえず、男の質問に答えておく。
僕が喋ってる間は、姉さんも何とか足を止めてくれてる。
「――――――――――――プッ……グハハハハハハハッ!! おい、聞いたかお前ら? Aランクだってよ! 嘘をつくにしても、もう少し上手くつけよな」
一瞬、水を打ったような静けさの後で。
その場が笑いに包まれた。
大男とその仲間達が、大口を開けて笑っている。
そんなにおかしい事を言ったつもりはないんだけど……
僕達がAランクに見えないにしても、いきなり笑うのは酷いんじゃないか?
「これ……一応冒険者カードです」
僕は、証拠として冒険者カードを見せた。
これは各ギルドマスターの魔力にしか反応しない、特殊な素材でできたカードだ。
偽造はできないと聞いている。
「…………あ? おかしいな、冒険者カードは偽造はできねぇ筈だが。お前が俺と同じAランクだと?」
どうやらこの人もAランクのようだ。
ってことは、クラーガって人じゃないのか。
僕のカードを見て、明らかに男の態度が変わった。
周りの仲間からも、小馬鹿にしたような雰囲気が薄らいだ。
「はい。僕達全員、Aランクです」
これでこの場が治まるといいんだけど。
「……なるほどな、さてはお前ら貴族だな? 金にものを言わせて、無理矢理カードを作りやがったな?」
これでも信じてもらえないか…………
だいたい、僕達が貴族だとしたら、こんな魔物の大群が押し寄せてこようとしてる所に、態々こないだろうに。
それに、僕はおまけのAランクだけど、姉さん達は本物だ。
「こちらからしてみたら、あなたのような図体だけの男がAランクだということに、驚きを隠せませんがね」
「ほぉ、言うじゃねーか嬢ちゃん」
「家に帰れと言ってましたが、あなたこそ帰ったほうがいいのでは? その程度の実力では魔物に苛められてしまいますよ」
リファネル姉さんが今まで言われた仕返しに、大男を小馬鹿にしたように笑う。
「…………じゃあ実力があるかどうか、確かめてくれよ」
男がゆらりと椅子から立ち上がった。
やっぱりデカイ。
僕の四倍くらいあるんじゃないか?
「フフ、いいでしょう。細切れにしてあげます」
「……後悔するなよ」
男は背中からサーベルを抜いて構える。
この人の体格に合う刀だ、当然サーベルも馬鹿みたいな大きさだ。
こんなのを室内で振り回したら、建物がメチャクチャになりそうだけど…………
僕はもう姉さんを止めるのを諦めた。
こうなってしまったら、二人とも止まらないだろう。
「先ずはこの一撃を受け止めてみせろ!!」
大男が放ったのは、左薙ぎの一閃だった。
椅子やテーブルを吹き飛ばしながら、刀身がリファネル姉さんへと迫る。
それと同時に、入り口から一つの影が、とんでもない速さで入ってきた。
その人影は、姉さんと男の間に入ると、腰の剣を床に突き刺し、男の一閃をなんなく止めた。
剣と剣が交わった瞬間、その風圧で周囲の物が吹き飛んだ。
それほどの威力だったんだろうけど、それをいとも簡単に止めた、人影の正体が気になる。
「ぐっ、がぁぁぁッッ」
その人影は大男の一撃を止めた後で、自らの剣の柄頭に両手を起き、それを軸にして、強烈な蹴りを繰り出した。
大男は建物の壁をぶち破り、外へと弾き出された。
何者なんだ、あの人は?
あんな簡単に大男を吹っ飛ばすなんて…………普通じゃない。
「…………クッ……クラーガ団長」
大男の仲間の一人が、ボソリと呟いた。
Sランク冒険者の名前を。