60話 ゼル王国到着
シルベスト王国を立ってから、5日が過ぎた。
道中、盗賊や魔物に襲われるといった事もなく、間もなくゼル王国へと着く予定だ。
セゴルさんの言ってた事が気になったので、ラナに聞いてみた。
二千もの魔物が、まるで明確な目的を持ってるかのように、群れとなって行動する事なんてあるのかと。
僕も魔物の生態に詳しいわけではないけれど、そんな話は聞いた事もなかった。
ラナが言うには、今までの歴史上こんな例は初めてだとか。
なのでゼル王国へは、『炎極の業』というSランク冒険者が率いるパーティも来るという。
「Sランク冒険者を見るのは初めてだね。どんな人なのかな?」
世界に九人しかいないと言われてる、Sランク冒険者。
シルベスト王国にはいなかったので、見るのは初めてだ。
いったいどれ程の強さなんだろうか。
「その事でお願いがあります。今回ゼル王国へ応援に来ている『炎極の業』のリーダーで、Sランク冒険者の『クラーガ』という方なのですが…………少々性格に難がありまして、何か言われても相手にしないで受け流して欲しいのです」
性格に難ありか……この時点で嫌な予感しかしない…………
「わかったよラナ。でも他にも大勢応援が来てるんでしょ? 僕達なんか相手にされないんじゃないかな」
Sランク冒険者が、まだパーティ名すら決めてない僕達みたいなのに、絡んでくるとは思えない。
「彼の二つ名は『ドラゴン殺し』なんです。何か理由があるのかはわかりませんが、ひたすらにドラゴン討伐の依頼ばかり受けています。ラゼル様達のパーティがドラゴンを討伐した事は、既にゼル王国に広まってます。その事で絡んでくる可能性があるかと思いまして」
ドラゴンばかり倒してるなんて。
やっぱりSランク冒険者っていうのは、かなりの実力者なんだ。
てか、もうそんな情報が出回ってるのか。
まだ姉さんがドラゴンを斬ってから、そんなに経ってないのに。
「気をつけるよ。姉さん達もお願いね。多少の事は流してよ」
Sランク冒険者と姉さん達の争いなんて、想像するだけでも恐ろしいよ…………
「それは相手の出方次第ですね。もしラゼルに何か仕掛けてきたら、迷うことなく斬り捨てます」
心配だな…………リファネル姉さんはドラゴンを斬った張本人だし、一番絡まれる可能性が高いかもしれない。
「まぁ、一応国の危機なんだから、流石に冒険者同士で揉めてる暇なんてないんじゃないかしら?」
レイフェルト姉の言う通りだ。
そのクラーガって人が常識ある人ならば、こんな状況で揉め事は起こさないだろう。
今はみんなが協力するべき時なんだから。
ただ…………常識ある人なら、ラナもこんなに心配しないだろうね……
「ご安心ください。お兄様には指一本触れさせませんわ」
僕の膝の上で、頼もしい事を言うルシアナ。
馬車に乗ってる間は、ずっと僕の膝の上に座ってる。
軽いから全然大丈夫なんだけど、ラナの視線がちょいちょい刺さって辛い。
「そろそろゼル王国が見えて来ました」
僕達は無事、目的地へと到着した。
入り口の門では、結構な列ができていた。
かなりの人がいるが、どの人も剣や鎧を装備していて、一目で冒険者だとわかるような格好をしている。
他の国の冒険者達も、応援に来ているのだろう。
入国する際には、皆衛兵に何かを見せてる。
恐らく冒険者カードだろうか。
僕もポッケから冒険者カードを出しておく事にする。
「こんにちは。シルベスト王国から参りました。ラナ・シルベストです」
ラナが窓から顔を出し、衛兵に挨拶する。
「どうぞ、お入り下さい」
小国とはいえ流石王族、顔パスだ。
冒険者カードは必要なかったかな。
「凄い賑やかだね」
魔物が迫ってきてるという状況だから、少し物々しい雰囲気になってるんじゃないかと思ったけど、全然そんな事はなかった。
「きっと混乱を避ける為、一般の方には伏せているのでしょう。それでも知ってる人は知ってると思いますが」
それもそうか。
急に二千の魔物がこの国に向かってるなんていったら、パニックになるよね。
でもこれだけ冒険者がいたら、皆不思議に思うんじゃないかな。
周りを見渡すと、一般の人に混じってかなりの数、冒険者がいる。
「私はこの国の王族の方々に挨拶があるので、皆さんはここでお待ち下さい。なるべく早く戻るので」
そう言うと、馬車は大きな建物の前で止まった。
「ここは?」
「今回応援に来てくれた、冒険者の方々が集まってます。今夜、ここで作戦会議を開くようです」
「ラナは一人で大丈夫?」
「はい。私は何度もこの国に来てますから。では、いってきます」
ラナは国王がいる、王宮へと向かっていった。
「うわぁ……凄い数だね」
建物の中に入ると、大勢の冒険者がいた。
二百人はいるんじゃないかな。
それにかなり酒臭い。
みんな数日後には魔物と戦うっていうのに、緊張感なんて一切なさそうに見える。
「あそこのテーブルが空いてるね」
僕達は空いてる席を見つけたので、そこに向かった。
その時。
「――――うわっ!!」
僕の足元に短剣が刺さった。
なんだ? 一体誰が…………
「おいおい、ここは女子供の来る所じゃねーんだよ! さっさとお家に帰んな」
床に深々と刺さった短剣から視線を離し、顔を上げると、剣呑な雰囲気を纏った大男が、椅子に座ったまま僕達を見下ろしていた。
そう、椅子に座ってるにも関わらず、僕達を見下ろすくらいの大きな男なのだ。
周囲からは笑い声が漏れている。
恐らく彼の仲間なんだろうけど。
これは不味いかも…………
僕は恐る恐る姉さんを見た。
「成程、わかりました。――――――どうやら斬り殺されたいようですね」
リファネル姉さんがゆっくりと、腰の剣に手をかけた。