58話 ゼル王国へ
ん~…………
「あら、起こしちゃったかしら?」
頬をプニプニとつつかれた感触で目を覚ます。
「そりゃ、こんだけ頬っぺたをつつかれたらね」
「フフ、ラゼルの寝顔が可愛くて、触りすぎちゃったわ」
レイフェルト姉の方を見ると、既に服を着ていた。
良かった。
朝起きて、下着姿のレイフェルト姉がいると、わかっててもビックリするんだよね。
こればっかりは未だに慣れない。
リファネル姉さんとルシアナは、まだ熟睡中だった。
当然、下着姿のままで。
いや、ルシアナは全裸か…………
「レイフェルト姉、今日は何か予定ある?」
「特にないわよ。なになに? デートのお誘いかしら?」
ふふふ、僕は昨日寝ながら考えたんだ。
どうやって一人で、魔物の討伐依頼を受けるかについて。
そもそも、姉さん達が僕に過保護なのは、僕が弱くて心配だからだ。
だけど、昨日の戦いで僕にも少し自信がついた。
圧倒できた訳じゃないけど、Bランクの魔物を一対一で倒すことができた。
姉さん達や、ラルク王国の人々が異常なだけで、普通の国ならば、僕も弱すぎるということはないと思うんだ。
だからこれからは、少しずつでもいいから、姉さん達の前で魔物を倒して、僕一人でも大丈夫って所を見せればいいんだ。
そうすれば、あそこまで過保護にならないかもしれない。
「そんなわけないでしょ? 今日は皆で魔物討伐の依頼でも受けない?」
「ん~、別にいいけど、お金なら沢山あるし、無理して依頼を受ける事もないんじゃないかしら?」
「それはそうだけど、家にいても特にする事もないし、体を動かしたいんだ。本当は一人で行きたいんだけど…………駄目でしょ?」
「駄目に決まってるでしょ? つぎ、勝手にいなくなったら、もう知らないんだから」
頬をプクっと膨らませ、僕をジトッと見てくる。
昨日の今日だし、仕方ないよね…………
「わかってるよ、もう嘘もつかないし、いなくなったりもしないよ。だから一緒に行こうっていってるんだよ」
「わかったわ。じゃあ今日は、皆で魔物討伐ね」
「決まりだね。姉さんとルシアナが起きたらギルドに行こう。お昼前には起きるでしょ」
よし。少しずつ、確実に信頼を勝ち取っていこう。
先に準備しようと、顔を洗いに行こうとした時だった。
トントンと、家のドアをノックする音が鳴った。
こんな朝早くに誰だろう?
「朝早くにすいません、ラゼル様。急ぎの用がありまして」
ノックの主はラナだった。
「おはようラナ。お姉さんとは上手くいった?」
「はい、お陰様で。本当にありがとうございました」
仲直りできたんだ。
ずっと気になってたから、良かった。
「僕は何もしてないよ。で、急ぎの用ってどうしたの?」
わざわざこんな朝早くに家に来るくらいだ、何かあったのかも。
「はい、皆さんにお話したいんですけど、お揃いですか?」
「リファネル姉さんとルシアナは、まだ寝てるんだよね。でもそろそろ起こす所だったから大丈夫。立ち話もなんだし、部屋に入ってよ」
「わかりました、お邪魔します」
ラナを連れて、再び部屋に戻る。
「キャッ!」
ラナが顔を赤くして、僕を見る。
しまった…………リファネル姉さんとルシアナの格好を忘れてた。
こんな状態でベッドに寝てたら、あらぬ誤解を受けるかもしれない。
何とかごまかさないと…………
「一応言っとくけど、一緒のベッドで寝てる訳じゃないからね。姉さん達は寝相が悪くて、寝てる間に服を脱いじゃう癖があるんだ」
「そ、そうだったんですか。まぁ姉弟ですものね、この歳で一緒に寝たりしませんよね」
「当たり前じゃないか」
ふぅ、何とかごまかせた。
この歳で、姉さん達と一緒に寝てるとか、他人には知られたくない。
「あらぁ? 何で嘘つくのかしら、ラゼル。昨日も皆で一緒に寝たじゃない。忘れちゃったのかしらぁ?」
ああっ、もう! 何で余計なこと言うかな、レイフェルト姉は…………
ニマニマと楽しそうに笑ってるし…………
せっかく乗り切れそうだったのに。
「え、えぇぇ!?」
また顔を赤く染めるラナ。
「違う、違うから!」
「何も違わないわよ、毎日一緒に寝てるもの」
「ちょっとレイフェルト姉は黙ってて!」
「さ、二人も起きたし、話を聞かせてもらってもいいかな?」
姉さん達が勝手にベッドに潜り込んでくるということを、必死にラナに説明した後で、二人を起こして、皆でラナの話を聞く事に。
「今日は、用というよりは、皆さんにお願いがあってきたんです」
「お願いですか?」
リファネル姉さんが、目を擦りながら聞く。
まだ眠そうだ。
「はい。実は昨晩、隣国の『ゼル王国』から、使い魔を通して応援要請があったんです。数日後に、大量の魔物がゼル王国へと押し寄せてくるので、手を貸して欲しいと」
「魔物の討伐なんて、自分の国の冒険者にでもやらせればいいですわ」
「そうねぇ、ゼル王国っていったら、ここよりもだいぶ大きな国じゃない。自分達だけで、どうとでもなりそうだけど」
ルシアナがきっぱり断る。
レイフェルト姉も、あまり乗り気じゃない。
「普通だったらそうなのですが、魔物の数は二千を越えるそうなんです」
二千!!?
それはかなり大変そうだ。
「いくら二千と言っても、雑魚ならば問題なさそうですが、そこら辺はどうなんですか?」
確かに。
リファネル姉さんの言うとおり、全部がゴブリンのような魔物ならば問題なさそうだけど。
「殆んどの魔物がCランク以上で、Aランクの魔物もかなりの数いるようです。そして、これが一番の問題何ですが、白いドラゴンが確認されています」
白いドラゴンと言われて、最初の頃に戦った白いゴブリンを思い出した。
普通のゴブリンならば、僕でも余裕で倒せた。
けれど、白いゴブリンを見た瞬間、僕は死を覚悟した。
結局はレイフェルト姉が瞬殺したんだけど、問題はそこじゃない。
白い魔物は特殊個体で、普通よりも並外れた強さを持っている。
Dランク指定のゴブリンですら、白い特殊個体はとんでもない強さだった。
レイフェルト姉がいなかったら、僕は確実に死んでいただろう。
もしも本当に、元々Sランク指定のドラゴンの特殊個体、白いドラゴンがいるのだとしたら…………想像するのも恐ろしい。
「シルベスト王国はこの前の魔族襲撃の際に、騎士団の方々がかなりの数負傷してまして…………そちらに割く余裕がないのです。シルベストは小国ですから」
「じゃあ、ラナのお願いっていうのは…………」
「できれば、ラゼル様達のパーティに応援に加わってもらえないかと。勝手な事を言ってるのはわかってます。ですが、ゼル王国とシルベスト王国は同盟関係にありまして、何もしない訳にはいかないのです。それに、最悪ゼル王国が墜ちた場合、そのままの勢いで魔物の群れがこのシルベスト王国にもくる可能性があります」
「いいこと考えたわ。勇者パーティに任せればいいんじゃないかしら?」
レイフェルト姉が名案とばかりに、手を叩いて言った。
そうだ、この国には勇者パーティがいるじゃないか。
ゼル王国の人達も、勇者が来てくれれば安心できるんじゃないか?
「それが一番良かったんですが、タイミングの悪い事に、昨晩ファルメイア様の使い魔が、魔族の反応を察知しまして。今朝、シルベスト王国を発ちました」
同時期に魔族か…………なんて間の悪さだ。
ラナが困ったような、すがるような顔で僕達を見てくる。
僕としては何とかしてあげたいけど…………白いドラゴンか。
正直恐い。
あの白いゴブリンの恐怖が、未だに拭いきれない。
「どうしようか、姉さん…………」
「どうするもなにも、わざわざそんな危ない所へ行く必要はありません。ですが、もしもラゼルが行くというのなら、当然お姉ちゃんもついて行きます。白い蜥蜴など、恐れる必要もありませんし」
そうか、忘れてた。
リファネル姉さんは、Sランクのドラゴンを一撃で斬り捨てたんだった。
それに、ルシアナもレイフェルト姉もいる。
あまり心配しすぎる事もないのかな?
今までも、この三人が負けそうな所なんて見てないし。
ラナのお願いだから、できる限り聞いてあげたい。
「僕はラナを助けてあげたいんだけど、皆はどうかな? 駄目?」
「ん~ラゼルがどうしてもって言うんなら、私は別にいいわよ」
「私はお兄様についていきますわ」
「もちろん私もです」
きっと、このレベルの戦いになると、僕はあまり役に立たない。
それ所か、姉さん達に守ってもらうことになるかもしれない。
でもラナは、もう他人じゃない、友達だ。
困ってるのなら助けてあげたい。
「じゃあラナ、そういう事だから」
「えっ?」
「行くよ、ゼル王国に」