42話 前向き
僕の目の前で、ラナが泣いている。
どうしよう……こういう時、なんて言葉をかければいいのかわからない。
僕の周りの女性は、あらゆる面で『強い』人達ばかりだったから。
ラナみたいなタイプの人も一人だけいたけど、もう居ない。
居なくなってしまった。
「……ラナは僕と似てるね」
自然とそんな言葉が出ていた。
話を聞けば聞くほど、ラナが自分と重なってしまったからだろう。
「……私とラゼル様が?」
「いや、ラナに比べたら、僕なんてたいしたことないかもしれないけどさ。少し僕の話も聞いてもらえるかな?」
言葉はなく、黙ってこくりと頷きこちらを見る。
僕は自分の事を話した。
ラルク王国出身ということ、追放されたこと、才能がないこと、天才といわれる姉達のこと。
言葉にすると、中々込み上げてくるものがあった。
あれ? 僕って結構不幸じゃないか?
そもそも、いくら弱くて才能がないからって、普通、実の息子を追放するか?
まぁ、あそこは普通の国じゃなかった、それだけの話なんだけど……
それでも僕が絶望しなかったのは、姉さん達やルシアナがいたからだ。
優しくしてくれたから。
元々の前向きな性格もあっての事だろうけど。
別に不幸自慢をしたい訳じゃない。
ただ、ラナが自分の事を話してくれたのが嬉しかったのか、僕も自分の事を話したくなった。
それだけだ。
この後、ラナがどういった反応をするかはわからないが、僕は今までの事を話してスッキリしていた。
「…………辛い思いをしてきたんですね」
ラナは驚いた顔をしていた。
「それに、ラゼル様は王族の方だったのですね」
驚いてる原因はそれか。
でも違うんだよね。
「いや、ラナも知ってると思うけど、僕のいたラルク王国は実力主義の国だからね。国王の息子に生まれようとも、何もなかったよ。そもそも王族だから特別なんていう考えが存在しない。弱ければ意味がない。それだけだよ」
そう、きっと姉さん達も弱ければ、僕と似たような事になっていたに違いない。
そういう国だ。
「……何故、ラゼル様はそんなに前向きなのですか? 初めて会った時から今まで、落ち込んでるようには見えませんでしたが」
僕自身、追放された日の夜には、立ち直ってたからなぁ。
何で前向きなのか、そういえば考えた事はなかったな。
でもあえて言葉にするのなら。
「だって勿体ないでしょ?」
「勿体ない……?」
「そうさ。終わった事をいつまでも悔やんでても仕方ない。悩んでどうにかなるなら悩めばいいけど、そうでないのなら無駄な時間だと僕は思うんだ。割り切れない人も当然いるだろうけど、僕はそうやって、あらゆる理不尽を乗り越えてきたつもりだよ。
ウジウジ悩んでる時間が勿体ないよ。人は少し考え方を変えるだけで、見える景色も変わってくるものだしね」
人によっては、それを「逃げ」という人もいるだろう。
でも僕はそうは思わない。
辛い事やどうしようもない事からは、逃げてもいいと思う。
もちろん、世の中には絶対に逃げちゃ駄目な場面もある。
けど、だいたいの事は過ぎてしまえば、大したことなかったりするもんだ。
「と、偉そうに語ってはみたけど、これは僕の考えだから、あまり真に受けないでね。人それぞれ考え方は違うからね」
「ふふっ、ふふふふ……あははははっ――――」
ラナが急に笑いだしてしまった。
僕、なにか可笑しいこといったかな?
「……大丈夫、ラナ?」
結構長い間笑っていたので、心配になり、声をかけた。
「ふふ、すいません。ラゼル様の考え方が、前向き過ぎてつい。
私よりも酷い目に合ってるのに、全然元気なんですもの。なんだか自分の悩みが、急に小さな事に感じてしまいました」
ラナの表情が、少し明るくなった。
別に笑わせようとした訳じゃないんだけど……
まぁ元気になったのなら良しとしよう。
「また、助けられてしまいましたね」
「助けただなんて、大袈裟だよ。僕は話を聞いて、自分の考えを言っただけだからね」
根本的な解決には至ってない。
でもそれでいいと思う。
本人がその出来事について、前向きに考えられるようになればいいのだ。
そうすれば、時間がそのうち解決してくれるさ。
多分……
「私がそう思ってるんです。それでいいじゃないですか。本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
素直に感謝を受け取っておく事にする。
「それでは、私はそろそろ戻りますね。ラゼル様も体が冷えないようお気をつけください」
ラナが帰っていく。
あの様子なら、もう大丈夫だろう。
ラナの背中を見送ってると、クルリとこちらに振り返った。
まだ何かあるのかな?
「……上手くは言えないんですけど、その、えーと、………………私はラゼル様のことを、大変好ましく思っておりますっ!!!!」
それだけ言うと、顔を真っ赤にして小走りで行ってしまった。
気づけば、蛍もいなくなっていた。
今のはどういう意味だろうか?
きっと、友人としてだろうけど、一瞬ドキッとしてしまった。




