4話 剣聖の姉
時は少し遡り、ラゼルが追放されてラルク王国を出た2日後
「落ち着いてください、リファネル様。どうか、どうか一度落ち着いてください」
ラゼルの姉であり剣聖でもあるリファネルは、国王の側近であるゾルバルの制止を振り切りながら、国王へと詰め寄る。
「落ちつっ……うぐっ……」
「……」
剣聖は無言のまま、自分を止めようとするゾルバルを斬った。
「む……ゾルバルを一撃か……一応私の側近の中でもかなり強いほうなのだがな……」
国王は内心焦っていた。
このラルク王国で王になるくらいだ、若い頃はかなりの数の修羅場をくぐり抜けてきた。
だが今この剣聖である実の娘から放たれる殺気は、今までに感じたことのないほど強いものだった。
それに先程の一撃……剣筋がまったく見えなかった。
「何故、ラゼルを追放なんて馬鹿な事をしたんですか、父様」
恐ろしい殺気を放ちながらも、その声は酷く静かで、国王のいる部屋に響く。
「フハハ、実の父を馬鹿扱いか……成長したものだ。何故ラゼルを追放したか? それは簡単な事だ。あいつには才能がない。お前やルシアナにはあってもあいつにはない。本当に私の息子かと疑う程にな」
「確かにラゼルは剣や魔術の才はないかもしれない。でも強さとは果たしてそれだけで計れるものでしょうか? あの子は自分に才能がないことくらい昔からわかってた。それでも、剣聖である私や賢者なんて呼ばれてるルシアナに挟まれながらも、腐ることなく誰よりも遅くまで残って修行して頑張ってた。それは父様だって知ってるはずです。それを追放ですって? そんな事許される訳がない……いや、誰が許そうとも私が絶対に許さない!!」
最後の方はもう涙声で叫んでいた。
ラゼルの努力を誰よりも見てきたリファネルは、もはや父を許す気など微塵もなかった。
「遅くまで残って修行をしていたとしても、結果が伴わなければ意味がない、それは時間の無駄というのだ」
父のその言葉を聞いて、リファネルのなかで何かが切れたような気がした。
「わかりました、国王様。では私もこの国を出ることにします。ラゼルを追放したあなたをもう父だとは思わないし、この国の為に剣を振るう事も二度とありません」
父様ではなく国王様と呼んだ、これはリファネルの決意だった。
もうこの人は父ではない。
「出てくといって簡単に出ていけると思ってるのか? お前の剣聖という立場はそんな軽いものではないぞ」
国王としても、このままリファネルをこの国から出す気はなかった。
剣聖という戦力を失えば、少なからず国の戦力は低下する。
他の大陸との戦闘になったとき、戦力は多いに越したことはない。
それが剣聖と呼ばれる程の実力者ならばなおさら。
「国王様……私は出てくといったら出ていきます。もうあなたと話す事はありません。さよなら」
スタスタと出口に向かって歩くリファネルだが、次の瞬間。
「その馬鹿な娘を止めろ!! 絶対に外に出すな!」
国王が声を荒げると、ゾロゾロとリファネルの周りを囲むようにして影が現れる。
王直属の護衛軍だった。
囲む者達と囲まれる者、両者とも一歩も動かない。
暫しの静寂が訪れる。
その均衡を破ったのはリファネルだった。
「王直属の護衛軍ですか……見知った顔も何人かいますね。故に一度だけ忠告します。
…………私の進む道に立ち塞がるのであれば……斬ります」
それは先程までの殺気が生温く感じる程の、本気の殺気だった。
体の震えが止まらず、全身から汗が吹き出て、まるでこの空間すらも怯えて震えてるかのような、凄まじい殺気だった。
直属護衛軍は、それぞれが自分自身で考えて動く事を許された、国王が最も信頼する護衛である。
そんな護衛軍が、悠然と自らの脇を歩いて行く女性を黙って見てるしかできなかった。
「何とかラルク王国を出ることはできそうですね。さて、ここからだと……シルベスト王国で間違いなさそうですね。どうせレイフェルトが一緒だと思いますが……待っててくださいね、ラゼル。今お姉ちゃんが行きますからね」