38話 服を着て
「ん……」
本日二度目の起床。
さっきと状況が変わっている事を願いつつ、ゆっくりと目を開けた。
「おはようございます、ラゼル」
「おはよラゼル、可愛い寝顔だったわよ」
「お兄様ぁ、おはようございますぅ」
各々、朝の挨拶をしてくれるのはいいんだけど……
「……おはよう、の前に一つ聞いてもいいかな? 何で下着姿なのさ……」
さっきまでは、レイフェルト姉とリファネル姉さんは、確かに服を着ていた筈だ。
それが……なぜ?
僕が寝てる間に、いったい何が起こったんだ?
ルシアナは相変わらず全裸だけどさ……
「ふふ、ルシアナには負けてられないと思い、お姉ちゃん頑張ってみました」
何故か、どやぁっとした表情を浮かべるリファネル姉さん……
いやいや、そこは姉としてさ、妹の行動を注意してよ。
対抗してどうすんのさ……
「私はただ単に、ラゼルと密着したかっただけよ。さすがに、ルシアナみたく裸になるのは恥ずかしいけど」
驚いた。
レイフェルト姉に、羞恥心なんてあったのか……
でもよかった。
この二人まで裸だったら、僕は頭がおかしくなって、この部屋から逃げ出していただろう。
ルシアナは何ていうか……まだ子供っていうか、幼さが抜けきっていないし、小さい頃からお風呂に侵入してきていたからまだ耐えられる。
しかし、しかしだ!
僕は二人の姉を交互に見る。
この、出るとこが出てて、引っ込む所は引っ込んでる、所謂、ボンキュッボンなスタイルを誇る二人が裸だったなら、きっと僕は耐えられなかっただろう。
「……お兄様? どうしてお姉様達ばかり見るのですか? 私を、私だけを見てください! さぁ!」
両膝をベッドにつけ、両腕を大きく広げ、裸体を惜し気もなく晒すルシアナだが。
「いや、服着なよ。風邪引くよ?」
「話を逸らさないで下さい。それともお兄様はそんなに、大きい胸がお好きなのですか? あんなのはただの脂肪ですわ、男の人は、胸に夢を見すぎです。ただの贅肉だというのに! それに比べ、私を見て下さい! この無駄のないボディを!!」
ジリジリと、こちらにすり寄ってくるルシアナ。
怖い怖い、目が怖いって。
いつもは綺麗な筈の蒼い瞳が濁ってる。
「なんなら、触れてみて下さい。私の良さがわかる筈ですわ!」
遂には、僕の鼻先に当たるか当たらないかくらいの距離に、ルシアナの胸部が迫ってきていた。
「いい加減にしないと、怒りますよルシアナ。ラゼルが困っているではないですか」
「そうよ、それに貴女のそれはひがみよ。自分がまな板だからって、よくないわよ?」
気のせいか、空気がヒンヤリとしたような……
「フフフフフ、まな板? 私が? どうやら一番言ってはいけないことを言ってしまったようですわね……」
「あら? 本当のことを言っただけじゃない。そんな胸で抱きつかれたら、ラゼルが可哀想よ、すり減っちゃうわ」
今度は気のせいじゃない。
辺りの温度が急激に下がってる。
ていうか、部屋の角が段々と凍り始めてる……
これもルシアナの魔術だろうか?
レイフェルト姉も、ベッドの横の剣を手に取り、構える。
「あーもう!! 二人とも落ち着いてってば、このままじゃ僕が凍死しちゃうよ!!」
なんだか昔を思い出す。
基本的に皆、仲は悪くないんだけど、稀にこういう事があるんだよね……
それから何とか二人を落ち着かせて、朝食を食べに下に向かった。
「おはようございます、皆さん!」
朝から眩しい笑顔で挨拶をしてくれるのは、この『ネコネコ亭』で働く、猫耳少女シルビーだ。
「おはよう、シルビー。昨日は大丈夫だった?」
「はい、幸いにもここまでは火も届かなかったようで、助かりました。勇者パーティが居てくれて良かったですね」
「そうだね、運がよかったよ」
そう、昨日の一件は、勇者パーティが活躍したことになっている。
それが一番丸く納まって、国民も安心するだろうと思ったからだ。
変に姉さん達が目立っても、この国で暮らしにくくなりそうだしね。
もう十分目立ってるような気もするけど、魔族の幹部を撃退した事に比べれば些細な事だろう。
あれ? ドラゴンと魔族ってどっちが強いんだ?
「むむ? そちらの方は? また増えてます」
シルビーがルシアナの存在に気付いて、僕に聞く。
「ああ、僕の妹なんだ。宜しくね」
「わぁ、ラゼルさんの妹さんですか、可愛いですねぇ、宜しくです」
「宜しくですわ、所で貴女はお兄様とはどういったかんけ――――」
「はいはい、ただの友達だから。じゃあシルビー、いつもの朝食をお願い」
僕はルシアナの口を塞ぎ、テーブルへと連れていく。
僕の事は何でも知りたがる、悪い癖だ。
「はい、少々お待ちくださいねぇ」
シルビーはパタパタと小走りで、キッチンへと向かった。
「で、ルシアナはもうラルク王国には戻らないの?」
昨日から聞こうとしてた事を、朝食を食べながら聞いてみる。
返ってくる答えはわかってるんだけどね……
「お兄様を追い出した所なんかに、戻るわけありませんわ」
「そういえば貴女達、国を出るとき誰かに止められたりしなかったの? 私はこっそりラゼルについてきたから平気だったけど」
レイフェルト姉が、デザートの果物をつまみながら聞く。
それは僕も思ってた。
この二人も、こっそりと出てきたのだろうか?
「私は国王に直接言って、堂々と正面から出てきました。何人か斬ったような気はしますが、あまりの怒りであまり覚えてないですね」
うわ、斬ったって……まぁ流石に命まではとってないとは思うけど。
……殺してないよね?
少し不安になってきた。
「私の時は、ファントムの奴が止めに来ましたわ。速攻でひねり潰しましたが」
ファントムっていえば、ラルク王国じゃ知らない者はいないくらい有名だ。
決して恵まれた生まれではないが、その貪欲なまでの強さへの執着で、王直属の護衛にまでのしあがった強者だ。
性格に多少問題はあるが、強さは本物の筈だ……
「ふ~ん、成る程ね。ま、そんな事はどうでもいいのよ」
え~……自分で聞いた癖に。
相変わらず自由な人だ。
「今私が一番心配なのは、昨日の戦いで家が燃えてないかよ!」
「家? あの宿で暮らしてるのでは?」
「フフフ、見くびらないでちょうだい。もうすぐ私達だけの家が手に入る予定なのよ! 仕方ないから貴女の部屋も用意してあげるわ。部屋は結構余ってたから」
「まぁ、それは素敵ですわ。ですが、心配無用です。私はお兄様の部屋で寝るので」
「それは駄目よ、ラゼルは私と同じ部屋だもの」
あんだけ部屋数があるんだ、一人一部屋でいいと思うんだ……




