36話 決着
「ルシアナ? なんでここに?」
「なんでって、そんなの決まってるではありませんか! お兄様がいるからです! ラルク王国へと帰ってきたのに、お兄様がいなかった時の私の絶望がわかりますか?」
絶望って、相変わらずルシアナは大袈裟だな……
でも、姉さんと同じで僕に会いに来てくれたってことか。
お陰で命拾いしたよ。
「そっか、ありがとねルシアナ。助かったよ」
白く綺麗な髪の毛を撫でる。
昔はよくこうしてあげたもんだ。
最近は僕が撫でられてばかりだったから、なんか新鮮だ。
「はぅぅ、お兄様に誉められました! 感激ですわ!」
久しぶりの再会だ、もう少しこのまま撫でてあげたいけど、今はそんな暇はない。
手を止め、立ち上がる。
名残惜しそうに、ルシアナが僕を見つめる。
「ごめんね、今はそんな場合じゃないんだ、姉さん達が魔族の幹部と戦ってるんだ」
「……思いだしましたわ、お兄様に攻撃してきたあの塵。只ではすましませんわ!」
ゆらりとルシアナが立ち上がった。
それと同時に、今まで僕たちの前にあった土の壁が、一瞬にして消え去った。
「ラゼル! 無事だったのですね。ああ、良かった、本当に良かった」
「よかったわ、もう二度と危険な目に遭わせないから、許してちょうだい」
壁が消えてすぐ、姉さん達が抱きついてきた。
心なしか、いつもよりも力がこもってて苦しい……
「苦しいよ……それに力がないのに、勝手についてきたのは僕なんだ、姉さん達は悪くないよ。気にしないで」
「そんな事ありません。ラゼルを守るのは姉である私の使命なのです。気にしないでなんて、無理な話です」
姉さんは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
こんな顔はみたくない。
姉さんにはいつも笑ってて欲しい。
「姉さん……」
「ちょっとぉ、私は無視ですか、お姉様!!」
悲しそうな顔の姉さんに、なんと言ったらいいかわからずにいると、ルシアナが間に入ってきた。
「おろ? ルシアナではありませんか。よくラゼルを守ってくれました。ありがとうございます」
「久しぶりねルシアナ。元気だったかしら?」
「まったく、お姉様達がいて、何でこんな事になってるんですか?」
「ヒヒッ!! 俺も無視しないでくれよぉぉ!!」
その時、僕達の元へリバーズルの炎が放たれた。
リファネル姉さんが僕を抱えて左に跳ぶ。
「レイフェルト姉、ラナをお願い!」
「了解したわ」
レイフェルト姉がラナを抱えて右に跳んだ。
だが、ルシアナはその場から動く気配がない。
このままでは炎が直撃だ。
「姉さん! ルシアナが……」
「あの子なら大丈夫でしょう」
どんどんと、炎がルシアナへと迫っている。
本当に大丈夫だろうか?
「潰れなさい」
ルシアナの怒気を含んだ声が聞こえた。
同時に、辺りが暗くなった気がした。
何事かと空を見上げると、巨大な『足』が出現していた。
ルシアナの魔術であろう、土で創られた巨大な足。
それがリバーズルと炎を踏みつけた。
ズシーンと大地が揺れた。
巨大な足がサラサラと、消えてゆく。
そこに残ったのは、巨大な足跡と、ペシャンコのリバーズルだけだった。
「ふぅ、お兄様に攻撃したことを地獄で悔いなさい」
リファネル姉さんの時と同じだ、相手を確実に仕留めたと思っている。
普通は首を落とされたり、ペシャンコになれば死ぬが、こいつは普通じゃない。
「ルシアナ! 油断しないで、そいつはまだ生きてる!! どんな傷を負ってもすぐに再生するんだ」
潰れたリバーズルがモゾモゾと動き始めた。
先程と同じように、体が燃えだし、すぐに復活してしまった。
「ヒヒッ、飛んでもねぇ質量の魔術だ! それなりに名の知れた魔術師なんだろうが、俺は殺せねぇ!!ヒヒッヒーッヒッヒッヒ――――――」
再びズシーンと、地面が揺れた。
ルシアナがまた同じ魔術を放ったようだ。
またリバーズルがペシャンコになった。
「よせ、そんな規模の魔術を何回も使っては、魔力が切れるぞ」
ファルメイアさんがルシアナを止める。
「お気になさらず、魔力量には自信がありますわ」
「しかし……」
「ヒヒッ、だからよぉ、何回やっても同じだって言って――――」
三度、大地が揺れた。
リバーズルはまた巨大な足に潰された。
「だから、無駄だっ――――」
ズシーン!
「てめぇ、いいかげ――――」
ズシーン!
それからルシアナは、リバーズルが再生する度に、魔術を発動した。
何度も何度も。
流石のファルメイアさんも引き気味だ……
それが十数回繰り返された頃だった。
ルシアナの魔術が止まった。
「ヒヒッ、ハァハァ、流石に魔力が尽きたかぁ……?」
今までは余裕を崩さなかったリバーズルだが、若干息を切らしている。
「馬鹿が! そんな規模の魔術をポンポン使って、魔力がもつ訳がねぇだろ? ヒヒッ、さぁそろそろ反撃させてもらうぜぇ! 今まで潰された分、じっくりと可愛がってやるよぉ!ヒヒッ!」
炎を纏い、ゆっくりとルシアナに近づいていく。
「ああぁ、スッッッキリしましたわ!」
「んだぁ? 強がってんじゃねぇぞ、魔力が切れた魔術師なんざ普通の人間と変わらねえんだからよぉ!」
「いえ、簡単に殺してしまっては私の気が済まなかったのです。なんせ、お兄様を殺そうとしたんですから。でも、私の怒りもある程度治まりました。だから、そろそろ本当に死んでください」
ルシアナは両手を空に向けて、高く上げた。
「ヒヒッ、なんだぁ? お手上げってか? 言ってる事とやってる事が違うんじゃねぇか?」
「細胞ごとこの世から消滅させてあげますわ」
上げていた手を思いっきり振り下ろす。
「『怨熱地獄』」
「ぐぁっ!?」
空から炎の柱が、リバーズルに向かって落ちた。
随分と離れた所にいるにも関わらず、こちらにまで熱気が伝わってくる。
「お兄様ぁぁっ! お兄様に危害を加えようとした塵は、私が責任を持って始末しましたわ! さぁ、先程の続きを!!」
くるりとこちらに振り返り、僕の元へと走ってくる。
その間も炎の柱は炎々と燃え続けている。
続きって何だっけ?
「お兄様ぁ! 焦らさないで下さいぃ」
僕に頭を向けてくる。
ああ、成る程ね。
「はいはい。よく頑張ったね、ルシアナ」
差し出された頭を優しく撫でる。
「はぅぅ、幸せですわぁ!」
「ところで、あれはいつまで燃えてるの?」
「ん~、中々にしつこい奴でしたので、念のために三日くらいは燃やしておこうかなと思ってますわ」
それだけの間、魔力が持つことにビックリだよ……
けど、三日も燃やされ続ければいくらなんでも死ぬんじゃないかな? いや、死ぬと信じたい。
「……あら?」
「どうしたの?」
ルシアナが急に炎の方へと振り返り、顔をしかめる。
「ごめんなさいお兄様、どうやら逃げられたようですわ」
気付くと炎は消えていた。
ルシアナが消したのだろう。
それにしても逃げられたって、どうやって?
「でも、近くに気配は感じないので、とりあえずは大丈夫だと思います」
逃げられはしたけど、シルベスト王国の危機は脱したようだ。
良かった。
けど、逃げたって事はあのままだと不味かったって事なのかな?
まぁ今は考えないでおこう。
「はぁー……」
僕は地面に背を付け、寝転がった。
今までで、一番長い夜だった。