35話 妹が降ってきた
「僕にも何か手伝える事ありますか?」
リバーズルと名乗った魔族が高笑いをしてる隙に、僕はヒリエルさんの元へとたどり着いた。
パーティーの時もこの人とだけは喋ってないから、今が初めての会話だ。
勇者みたく、嫌な感じの人じゃないといいけど……
「まぁ、貴方はパーティーの時にいた、え~っと……確か……ラッセルさん!」
惜しいような、惜しくないような……けど今はそれどころじゃない。
「ラゼルです。何か手伝える事あります?」
「あ、そうでした、ラゼルさんでした。名前を間違えるなんてお恥ずかしい。ではお言葉に甘えて、ここの二人を運ぶのを手伝って貰えませんか?」
ヒリエルさんは、先程まで回復魔術を施していた、ハナさんとヘリオスさんを指差す。
「もう傷は回復したんですが、意識が戻らないんです。せめて戦闘に巻き込まれない所まで、一緒に運んでいただけませんか?」
「任せてください」
二人を建物の陰まで運ぶ。
ここが安全かはわからないが、さっきまでの場所よりはましだろう。
そして再び、戦闘中の姉さん達へと目を向けた。
「ちょっと、いくらなんでも首を斬り離しても再生するってズルくないかしら? 何か弱点とかないの?」
「すまぬが、詳しくは妾もわからんのだ。妾も初めてみるタイプの魔族だ」
「よくわかりませんが、斬ってればそのうち再生できなくなるのでは?」
「そうかも知れないが、永遠に再生する可能性もある。とにかく情報が少なすぎるのだ」
あんなのが永遠に再生するとか、なんて悪夢だ。
国が本当に滅んでしまう。
「次は私が試してみるわ!」
今度はレイフェルト姉が、地面を思いっきり蹴り、ひとっ飛びでリバーズルへと間合いを詰める。
「なんだぁ? 次はてめぇが楽しませてくれんのかぁ?」
己の間合いに入られたというのに、焦った様子は一切ない。
「はぁ~気持ち悪いわね…………死になさい」
――――カチャン
鞘に刀を納めた音が聞こえた。
リバーズルの体は、細切れになって地面へと落ちた。
首を斬っても死なないので、細切れにしたのだろう。
これじゃ、いくらなんでも再生出来ない筈だ。
「こんだけ細かく斬られたら、再生のしようがないでしょ?」
もう再生できないと思ってはいても、決して油断せず、転がった肉片から目を離さない。
――その時、肉片の一つがボッと燃えだした。
それが合図だったかのように次々と肉片が燃えだし、最後には全部が炎に包まれてしまった。
嫌な予感がする……
「ヒーヒッヒッヒ、細切れにすりゃあ再生できないと思ったかぁ? てめぇ等人間が、俺を殺しきる事なんざできねぇんだよぉっ!」
その炎の中から、無傷の状態でリバーズルが現れた。
全身はメラメラと燃えている。
嘘でしょ? あれで復活するとか……いよいよ手段がないんじゃないか?
「本当、気持ち悪いわね、どうなってんのよ! 夢に出てきそうだわ! 夢に出てきたら斬り殺すわよ貴方!」
魔族も余裕の態度を崩さないが、レイフェルト姉も大概だ。
緊張感というものを感じない。
それに、斬り殺せないから困ってるんでしょ……
「だから、殺せねぇって言ってんだろぉが!!」
リバーズルを覆う炎が、意思を持ってるかのように動き、レイフェルト姉を襲う。
「ん~、どうしたもんかしらね」
軽やかなバックステップで交わしながら、首を傾げている。
「レイフェルト、いい案があります!」
「あら? なにかしら?」
「再生するのも嫌になるくらい、ひたすら斬り続けてみるのはどうですか?」
「あはっ、それ面白いわね。他にアテもないし、とりあえずそれでいきましょうか!」
「作戦名は、『魔族の微塵切り』です」
その名前、態々いらなくない?
「――――放てー!!!」
姉さん達が、ダサい名前の作戦を実行しようとした時だった。
野太い男の声が響き、その直後、次々と魔族に向かって矢が放たれた。
「これ以上この国で勝手は許さんぞ!」
なんと、王国の騎士団だった。
数も100人以上はいる。
これは心強い。
「んぁ? てめぇ等は相変わらず、数だけは居やがるなぁっ。うじゃうじゃと鬱陶しい……雑魚は引っ込んでろっ!!!」
瞬間、リバーズルの体を覆っていた炎が勢いよく膨れ上がった。
その勢いのまま、炎は騎士団へとぶつかった。
100人以上いた騎士団のほとんどが、リバーズルの体から放たれた炎によって吹き飛んでいた。
せっかくこっちが有利になったと思ったのも束の間で、すぐに元の状況に戻ってしまった。
く、これが魔族の幹部……なんて規格外の化物なんだ。
「ラゼル様、大丈夫ですか?」
「ラナ、なんでこんな所に!?」
僕は驚きを隠せなかった。
ここは戦場だ、一国のお姫様が居ていい場所じゃない。
城で避難してるべきだ。
なのに何故、ラナがこんな所にいるのだろうか?
「勇者パーティと魔族が交戦中と聞いて、居てもたってもいられなくなってしまい、騎士団についてきたのです。それに、勇者パーティが倒されてしまえば、何処に避難しても同じです」
確かにそうだけども……
「ここは危険だから、とにかくこっちに」
ヘリオスさん達がいる場所へと避難させようと、ラナの手を掴んだ。
一緒に来たという騎士団は、魔族の攻撃でほとんどがふっ飛んでしまった。
今更一人で城へ戻れとは言えない。
それに、自分に力がなくても、ジッとしてられないという気持ちはわかる。
「ヒヒッ、まだうろちょろしてんのがいるなぁ!!」
「「ラゼル!!」」
姉二人の聞いた事のないような叫び声が聞こえて、振り返る。
だが、振り返った時にはもう遅かった。
既に僕とラナの近くまで、リバーズルの炎が迫ってきていた。
これは駄目だ。
この距離は絶対に避けられない。
姉さん達も恐らく、間に合わないだろう。
く、今回ばかりは本当に駄目だ。
二人とも死ぬくらいならと、僕はラナを思いきり突き飛ばした。
「キャッ、ラゼル様?」
後は姉さん達が、何とかしてくれるだろう。
こんな時だっていうのに、僕はやけに冷静だった。
僕は、自分めがけて飛んでくる炎をみていた。
ああ、もうすぐあの炎が僕を焼き尽くすのか。
やだなぁ、燃えて死ぬのは辛いっていうし……
だが、炎が僕に当たる寸前、目の前に土の壁のようなものがいきなり現れた。
何だこれ?
「……助かったのかな?」
どうやら炎は、土の壁に遮られたようだ。
壁に手を触れながら左右をみる。
その壁は、どこまでも続いていた。
どこまでもは言い過ぎかもしれないけど、少なくとも僕の目に見える範囲までは続いていた。
こんな風に、急に壁が現れたりする現象は、魔術以外では説明がつかない。
問題は、誰がこの魔術を発動したかだ。
これだけの規模の魔術だ。
並大抵の魔術師ではない筈だけど……
「――――様ぁっ」
空から微かに声が聞こえた気がした。
気のせいかとは思うが、一応上を向き確認する。
何かが凄い勢いで空から落ちてくる。
僕に向かって。
「お兄様ぁ!!」
え? ルシアナ!?
そのままの勢いで僕へと降ってきた。
僕は何とか支えようとしたんだけど、かなりの勢いだったので、二人とも地面へと倒れる形になってしまった。
「あぁお兄様、お兄様お兄様お兄様ぁ!! 会いたかったですわお兄様ぁ!! はぁぁ、懐かしいお兄様の匂いです!! クンクン!! もう絶対、絶対に離れませんからねお兄様!!」
僕の首に手を回し、胸元に顔をグリングリンと擦り付けてくる。
理由はわからないが、賢者と呼ばれる僕の妹、ルシアナが空から降ってきた。




