30話 賢者ルシアナ
日が沈み、辺りがだんだんと暗くなり始めた頃。
ラルク王国からシルベスト王国へと続く道を、凄まじい速さで進む人影があった。
何か急いでいるのか、その人影のスピードはぐんぐんと勢いを増していく。
だが、そんな人影の前に一人の男が現れた。
「よぉ、何処に行こうってんだぁ? ルシアナぁー?」
急に止まったせいで、被っていたフードが脱げ、人影の顔が顕になった。
まだ幼さの抜けきらない顔立ちの少女だった。
色素が抜けてしまったかの様な、真っ白い髪の毛、ブルーサファイアのように何処までも蒼い、何もかもを見通すような瞳、身長はこの歳くらいの少女ならば平均的だろうか。
13歳にして、並ぶ物はいないといわれる、膨大な魔力量と天才的な魔術のセンスを持つ少女。
賢者ルシアナ、その人だった。
「……貴方には関係ない事ですわ。早くそこを退きなさいな」
「クククッ、そういう訳にもいかないんだなぁコレが! オッサンに頼まれてんだよ、お前をこの国から出すなって!」
ルシアナは男を睨み付ける。
オッサンとはラルクの国王の事だろう。
そして王に対して、そのような軽口を叩ける者は限られている。
即ち、強者だ。
「何故でしょうか?」
「は、お前の姉が弟を追っ掛けて国を出ちまったんだよ。ゾルバルを斬りつけ、王直属の護衛軍をものともせずによぉ!
それにレイフェルトの奴も姿をみせねぇ。それで、次はテメェがいなくなるんじゃねぇかって、見張りを頼まれてたんだよ!」
「フフ、フフフフ、アハハハハハッ」
「あ"? 何がおかしいんだテメェ? 舐めてんのか?」
冷たい夜空に、ルシアナの笑い声が響いた。
男は苛立ちを隠しもせず、不機嫌そうに返す。
「あ~~おかしい、笑わせてくれますわ。私が聞いたのは、何故私を止めるのに、貴方一人なのかって事ですわ。舐めてんのかですって? それは此方のセリフですわ、ファントム!」
「はんっ、それはテメェが俺よりも弱いからだろうが! 選ばせてやるよ! 黙って戻るか、俺に半殺しにされて強制的に戻るか!」
ファントムと呼ばれた男がルシアナへと二択を迫る。
「はぁー、笑わせてもらいましたわ。そうですね、こういうのはどうですか? 貴方が私にボロボロに負けて、泣きながら国へと戻る」
「……半殺し決定だな」
腰から剣を抜き、構える。
ファントムは相手が賢者だろうと負ける気はなかった。
確かに、賢者と呼ばれるだけあってルシアナの魔術は強力なものだが、もう幾度となく見てきた。
魔術が放たれるまでに、斬り伏せる自信があった。
「剣聖? 賢者? だからどうした!! 俺は誰にも負ける気はねぇ!!テメェを半殺しにした後は、レイフェルトとリファネルもラルク王国に引きずってきてやるよ! そうだなぁ、ついでにラゼルの奴も虐めといてやる!!」
「………………はぁ? 貴方、今なんて言いました? お兄様を虐める? はぁ?」
ファントムが兄に危害を加えると言った瞬間、ルシアナの目の色が変わった。
先程まで大笑いしていた少女と同一人物とは、到底思えなかった。
「ったくよぉ、いくら兄妹だからって、何であんな雑魚の所に行こうとすんだか。ほっとけばいいんだよ、才能のない奴は」
「……な……い」
「あ"? 何だって?」
「潰れなさい!!」
「は、なにいって――――」
ズンッッ!
突如頭上に現れた、馬鹿デカイ土で出来た拳に、ファントムは押し潰されていた。
余りの速度に、避けることすらままならなかったようだ。
サラサラと、土の拳が宙に消えていく。
そこに残ったのは、拳に押し潰された、息も絶え絶えな瀕死の男だけだった。
ゆっくりと男に近づき、告げる。
「命までは取りません、その内誰かが助けに来てくれるでしょう」
「……なん……でだ、まったく見えなかった……今までは……手を抜いて……やがったのか……?」
今まで見てきたルシアナの、魔術発動速度ならば対応できる筈だった。
それが、発動した動作すら見えなかったのだ、ファントムは訳がわからなかった。
「手を抜くですか、それは違いますわ。私はもちろん、きっとお姉様達も、本気で戦った事などほとんどないでしょう。貴方が勘違いするのも仕方ないですわ」
「……は、……何だ、そりゃ…………」
ファントムは意識を失った。
ルシアナは再び歩み始めた。
「あぁ、国を追放だなんて、可哀想なお兄様!でも大丈夫、今私が行きますわ! そうです、お兄様には私がいる。たとえ国が、世界が、お兄様を蔑ろにしても、私がいれば何の問題もありませんわ。お兄様が望むのならば、その全てを壊して差し上げますわ、この絶対的な魔力の元に」
兄を想う妹の瞳は、酷く濁っていた。
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