2話 シルベスト王国へ
今この人は何て言った? 僕についてくるだって? いやいや、それはまずい。
非常にまずい。
僕と違ってレイフェルト姉は、剣聖であるリファネル姉さんと最後の最後まで最強の座をかけて戦い抜いた、この国の中でも最強に近い存在だ。
そんな人が僕についてきて国を抜けるなんて、父が……いやもう父ではないか、国王が黙って許可を出すとも思えない。
十中八九黙って出てきたに違いない。
そうなると国王の事だから、レイフェルト姉を連れ戻す為にあらゆる追っ手を差し向けるだろう。
こんな事を言うのは気が引けるが、そんな強者達の面倒事に巻き込まれたくない。
レイフェルト姉の強さを考えると、国王直属の護衛軍が動く可能性が非常に高い。
あぁ、面倒臭い事になりそうな予感が……
「えーと、レイフェルト姉? その、ついてくるっていうのは国王に許可を取ったりなんかは……」
「許可なんてとってないわよ」
「だよね……」
そうだった。
この人はこういう人だった。
自由気ままで何者にも縛られない。
自分がこうしたいと思ったらこうする、そんな人だ。
3日以上続いたリファネル姉さんとの闘いも、「もう疲れた、帰ってお風呂入りたいわ」とかいってあっさり負けを認めたのは有名な話である。
一時はそんな生き方に憧れすら抱いたものだけど、それは絶対的な強さがあってこそだと気づいて、弱かった僕は諦めた。
「ラゼル、あなたが何を考えてるかはだいたいわかるわ。国王がこのまま私を放っておく訳ないとか考えてるんでしょ?」
わかってるなら、ついてこないでほしいなぁ……
もちろん、その気持ちは嬉しいけど。
「そりゃそうだよ。このままラルク王国が、リファネル姉さんと互角の強さを誇るレイフェルト姉を放っておく訳がないでしょ? 国王が追っ手を出したとして、そんな争いに巻き込まれたら僕は、一瞬で死ぬ自信があるよ」
「ふふふ。何でそんな自信満々で死ぬとか言うのよ。そうね、でも大丈夫よ、私があなたを守るもの。ラゼルに危害を加えようとするのなら、私は国とすら戦えるわ」
その言葉に僕の背筋に冷たい汗がツーっと流れた。
昔からそうだ、姉さん達は僕にたいして過保護すぎる。
弟のように可愛がってくれてるのはわかるが、国を相手にするのはやめた方がいいんじゃないかと思う。
愛が重い……
「それにね、あなたも気付いてるでしょうけど、いや気づかないふりしてると言った方がいいかしら?」
僕が若干レイフェルト姉の愛の重さに震えてると、続けて話し始める。
なんの事だろうか?
「リファネルとルシアナのことよ。あの姉妹があなたが国を追放されたと聞いて黙ってると思う? 100%黙ってないでしょうね。国王はそこら辺をわかってないのよねぇ。下手したら、ラルク王国の戦力が大幅に低下するでしょうね」
気付いてたよ、考えると頭が痛くなるから気付かないフリしてたんだ。
リファネル姉さんとルシアナが、僕にたいして超過保護な姉妹が、僕が追放されたと聞いて黙ってるとはとてもじゃないが思えない。
「だから結局はラゼルが考えてることは無駄なのよ。だってどっちみち面倒事は避けられないもの」
「わかったよ、レイフェルト姉。リファネル姉さん達の事はともかく、僕はとりあえずシルベスト王国へ行こうと思ってる。一緒に来てくれるんでしょ?」
面倒事は避けられないと悟って、僕はとりあえず考えるのをやめることにした。
まあ正直、一人で国を出ることに不安があったことは事実なので、レイフェルト姉が来てくれるのは心強い。
「当たり前じゃない。じゃあシルベスト王国までデートね」
そう言うと僕の腕を自分の胸に抱くようにつかんでくる。
ああ、柔らか……じゃなくて
「あの、当たってるんだけど……」
いくら姉弟のように育ったからといっても、この歳でこういう事をされると、色々とこっちも意識しちゃうじゃないか。
「え~? なにが~?」
確信犯でしょ、この人。絶対にわかってやってるよ……
「ところで、ラゼルはどうやってシルベスト王国まで行こうとしてるの?」
「歩きだよ」
特に難しく考えていなかった僕は、とりあえず方向だけわかってれば、そのうち着くだろうくらいに考えていたのだが。
「歩きだと10日はかかるわよ? 私はラゼルと一緒なら全然構わないけど」
10日か……うん無理。
まずそんな食料だって持ってないし、10日も歩けないぞ。
「そんなにかかるんだ……甘くみてたよ、どうしようかな」
まいったな、いきなり詰んだ。
思えば、僕はこの国から出たことは数える程しかない。
「ふふふ、そんなことだろうと思ったわ。あっちに馬車を予約して待機させてあるわ」
どうしようかと考え込んでいた所、救いの手が。
「レイフェルト姉」
なんて頼りになる人なんだこの人は。
だけど……
「ならもう少し早く教えてよ……」
「だってラゼルの困った顔が見たかったんだもの。あぁ可愛かったわ。でも勘違いしないでね、ラゼルを困らせていいのは私だけよ」
なんかレイフェルト姉は、若干Sっ気があるんだよなぁ。
「でも助かったよ、ありがとね、レイフェルト姉」
けど助かったのは事実だ。
レイフェルト姉が一緒でよかった。
それから僕達は馬車に乗り込み、シルベスト王国を目指して走るのだった。