第一話 孤独な死神
「おーい、こっちだぜー!」
「ああ……」
道を歩いていくと、友人でもある“加藤”が待ってくれていた。
今日は記念すべき“新人”達がやってくる日なのだ。
「フォーウ!」
「早く来いよー!」
「そのケツ掘らせろよ!」
……最初は嫌がらせ。罵倒や暴言をフェンス越しから言いまくる。ホモ共も汚い言葉を掛けてくるもんだから、溜まったもんじゃない。
「帰りたい……ウゥ」
「……」
「クソ……」
「何なんだよ……」
……どうやら今回の新人達はかなり涙もろいようだ。活きのイイ奴らがあまりいない。と、思っていたが、
「……おい、あの金髪、中々だな」
「お? あいつか?」
そう、いた。周りの奴らを睨み返す、強い奴がいた。俺がこの日を楽しみにする理由は、ああいう力に満ち溢れた、そう、生きるエネルギーに溢れた奴を見れるからだ。見ていると不思議と力が湧いてくるものだ。
「へぇー、イイねぇ! ああ言う奴ぁ嫌いじゃねえぜ?」
「確かに、そうだな」
(だが……)
それに比べ、最後列の男……ガリガリで、今にも風が吹けば飛んでいきそうな、そんな奴だ。顔も死んでいて、いつ自殺してもおかしくなさそうだった。ありゃイジメられるだろうな。
看守達が常に横にいて、泣けば殴られるだろうし、ああいう奴からすれば正に地獄だ。
「よし! お前達は晩飯の用意をしろ! 勤務時間は終了だ! さあ行け!」
……そうして俺と加藤は、自分達の部屋へ戻っていった。
――――
さて、歩きながら部屋に戻ると、相変わらず冷たい鉄格子と、無機質なベッドが俺を待ってくれている。
囚人達の部屋は本来二人で使用する。かつてはもう一人俺の所にもいたんだが、ソイツは目の前で自殺しちまった。その所為で、俺は今でも友人達に“死神”と言われているが……
(できれば、あの金髪の奴がいいな……)
喋りたいのだ。流石に一人はやはり寂しく感じる。それに、前にいた奴はあまり喋ってくれなかった。
――カチッ! ジュポッ。
ジッポライターを開け、俺はタバコに火を点けて吸った。煙が無軌道に空を舞いながら、煙臭い臭いが充満する。何で刑務所でタバコを吸えるかと言うと、“運び屋”と言う仕事を俺はしていて、場合によっては酒も調達できる。このタバコは貰ったやつの余り物だ。
仕事の頑張りによっては、看守から様々な物を手に入れれる。エロ本だって、女優のポスターもだ。
――コンコン。
「神岡、晩飯の準備だ、出てきてくれ」
「あいよ」
「今日は新しく来た奴らと晩飯だ。お前は確か、“桜井”だったか、ソイツが隣だ」
「……分かりましたよ」
ちょっとした期待と不安が入り混じりながら、
俺は廊下を歩き出した。
――――
飯の部屋と言うもの程広い部屋は無い。何千人と言う囚人達を入れるために、そのスペースは果てしなく感じるほど広いのだ。
俺はここに来て、すぐにパットを取ってから、皿とスプーンも置いて、当番の奴から飯を貰った。
そうして自分の囚人番号が書かれた席を探し、すぐ近くにあったので、そこに座る。
「……うるせえなぁ」
俺はつい言葉を漏らした。全員には聞こえないような小声だが。
食堂、となると、やはりどの刑務所でも同じなのだろうか? と、思えるくらいに俺は煩く感じていたのだ。
「よーう、神岡ー! 今日の飯も相変わらず虫のクソみてえだなぁ!?」
加藤だった。特徴的な髪型と、少し高い声で、それが加藤だと直感した。
「いつものことだろうがよ、そんなことで嘆いてたら話にならねえよ」
「ヘッ、冗談の通じねえ野郎だ」
冗談を交わしつつも、加藤は俺の席の隣に座った。
「もうすぐだな」
「ああ」
「あの金髪がいいんだろ? 部屋一緒になるんだったら」
「……まぁな」
そんな会話をしていると、扉の開く音が聞こえた。そう、遂に来てくれる。全員がパットを持って、学校の給食の時のように飯を貰っていく。
……良く見れば金髪だけいない。
「……金髪の奴、いねえなぁ?」
「……まさか」
「看守に痛え目に遭わされてるのかもな。そんくらいしか考えられねえ」
……看守を怒らして、酷い目に遭う。この刑務所ではよくある事だが、かなり残忍だ。ある囚人はボコボコに警棒で殴られて、流動食しか食えなくなってしまったし、挙げ句の果には殺される始末だ。事故死、とか言ってな。
「へっ! 相変わらず不幸だなぁ?」
「最悪だよ。だったら桜井って誰だろうな」
「……お? アレじゃねえか?」
早速、自分の目の前に、“ソイツ”はやって来た。
そう……ガリガリで、今にも吹き飛びそうな、あの最後列の男だった。眼鏡を掛け、暗いオーラに満ち溢れている、あの男が、“桜井”だった。
「……!」
桜井は、俺を見てビクッ! としやがった。顔も俯いてて、表情が伺えない。まぁ、十中八九、顔を見てびっくりしたんだろう。
「……初めまして」
「お、おう……」
ぎこちない挨拶を交わして、無言で俺も、桜井も飯を食べ始めた。隣の加藤はニヤけてやがるし、何とも言えない気分の晩飯だった。
――――
――それから、牢屋内、晩飯を食べて、数十分経ったくらいの話だ。
「……」
「……」
ずっと喋っていない。桜井は右のベッドに座って俯いたまんまで、何も喋ってはくれない。俺も何か話題を振ろうにも振れにく、なんとも言えなくなってきた。
「な、なぁ……」
最初に声を掛けたのは俺だった。
「は、はい!?」
「うおっ!?」
急に大声で驚いたので、自分も驚いてしまった。そうして、一度目と目があった。桜井は怯えていたが、神岡は、
(初めて……喋れたぞ!!)
――刑務所生活史上、初めて部屋が一緒の人と喋れた、記念すべき日となった