熊った。
女の子がほのぼのと生活する至って普通のお話です。
長く伸びた金の髪が、窓から吹き付けられた風にサラサラとなびき、綺麗な青い瞳は、晴れ渡る青空よりも澄んでいる。
均整の取れた体は、スラっと伸びて美しく、胸は少しだけ小ぶりである。
桃色のドレスを愛用する彼女の名前は、ライラリッテという。
十六歳になる彼女は大貴族の令嬢の娘というわけではなく、ある程度裕福で能天気な両親を持つ。
その性格を受け継ぎ、徹底的に明るい性格になってしまったのである。
空を見ては笑い、花を見ては微笑み、何も無くとも楽し気に歩き出す。
今日この日、用もなく家から散歩に出た彼女は、一面に花が咲き乱れる野原へと向かっている。
その始まりの一歩がコンと鳴ると、軽く刻まれる軽やかな音までもが、彼女が来た事を村中に知らせ始める。
「ふんふんふ~ん♪ お散歩お散歩楽しいわ~♪ 今日も明るく元気よく~♪ 私の歩みは止まらない~、ヘイ!」
そんな楽し気な彼女に話しかける住民も多く、今も八百屋のおじさんが彼女に話しかけていた。
「お、お早うライラリッテ、今日も元気だね! どうだい、大根でも持って行かないかい?」
「ありがとう八百屋のおじさん、大根、ありがたく頂いておくわね! ふふふ~ん、今日のご飯は大根のスープよー♪ ありがとう、じゃあまたねおじさん、ばいば~い♪」
「おう、いってらっしゃい」
再び彼女は片手に大根を持ちながら、楽し気に歩き出した。
八百屋のおじさんと会話してもっと楽しくなった彼女は、スキップをしだした。
脚を軽やかに踏み鳴らし、大根の葉っぱがポロリと取れる。
それに気づかない彼女は、足を止めないで村の入り口に向かっていた。
彼女には、昔から知っている幼馴染の男の子が居るのだ。
彼女と同じ年齢の男の子で、背も同じぐらいで、彼女の事を好いている、ミルコという男の子。
その子はライラリッテの少し前に立ち、今その進路を塞いで居る。
「おはようライラリッテ、今日も元気そうだね! あの、気付いていないかも知れないけれど、実は俺、君の事が好きなんだ。俺と付き合ってくれないかな?」
「あらおはようミルコ。ん~と、それはまた今度にしてね。今ちょっとお散歩中なの」
そのミルコの言葉を聴いたライラリッテは、そのままミルコの横を駆けぬけ村の外へ向かって行く。
だがミルコの手はそれを許さなかった。
ライラリッテの手を掴み、強引に体を引き寄せるのだった。
唇が触れるか触れないかの寸前で、ライラリッテのコンビネーションブローが炸裂する。
笑いながら放たれた左の拳が顎へ、そして大根を掴んだ右の拳が腹へと突き刺さる。
「ふぐふぅぅぅぅぅぅ…………!」
「ごめんなさいミルコ、私今お散歩中なの~♪ じゃあまたね~♪」
「ま、待ってくれライラリッテ…………ぐふッ……」
ミルコを倒した彼女は、村の外に出て行った。
村の外の道の端には、花が咲き、蝶がヒラヒラと舞う。
可愛らしい白色の鳥がチチチと鳴き、ライラリッテを祝福するように飛び回っている。
そんな道を進みだし、ライラリッテは目的地に向かっている。
やっぱり大根を持ちながら。
「ふんふんふ~ん♪」
鼻歌混じりの彼女の足音に気付き、おっきな黒い塊りが現れた。
立ち上がれば三メートル程もありそうな、毛むくじゃらの黒い動物。
ビックベアーと言っても良いサイズだろう。
「ウガアアアアアアアアアア!」
そう叫んだビッグベアーは、大根を見て興奮しているのかもしれない。
「あら熊さん、おはよう~♪」
「ウガアアアアアアアアアアアアア!」
「おはよう~♪」
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
熊さんは興奮しているようだ。
大きく立ち上がると、手を広げて威嚇している。
その姿を見れば普通の人なら逃げ惑うだろうか。
だがライラリッテは後に後退り、ビッグベアーが両手をついて走り襲う。
結構早い熊さんの突進を、飛び上がり空中で回転して躱すと、熊さんの背中にスタっと着地して首の辺りにアームロックを仕掛けた。
キューっと締まり、パタリと倒れた熊さんが道端に横たわっている。
「大根と熊肉って有りだと思うの♪ 今日はごちそうね! ランランラ~ン♪」
倒れた熊は帰りにでも持ち帰ろうと、彼女は再び足を進めた。
目的の野原が見えて来ると、朝露に太陽の光が煌き、一面が宝石のように見えている。
花の輝きを見たライラリッテは、元気よく跳びあがり、その煌きの中に飛び込んだ。
ファサッと花びらが空中に舞い上がる。
朝露に体が濡れてしまったているが、それもなんだか心地よく、ライラリッテは空を向いて寝っ転がった。
小さな雲がゆっくりと流れ、流れるそれを目で追って楽しんでいる。
「あ、朝ごはんの準備しなきゃ!」
のんびりとした時間は唐突に終わり、ピョンと立ち上がった彼女はダッシュで村に戻って行った。
その際熊を引きずり帰るのだが、村の人達が手伝ってくれた。
熊の解体は任せると、自分の家に大根を以て走り出した。
「ただいま~♪」
「おっかえりなさ~い♪」
「おかえ~り、娘よ パパはず~と待ってたよ。 朝ごはん作ろうぜいッ。へ~い♪」
そして家族で料理を作り出す。
もちろん料理は熊の大根煮だった。
「さてライラリッテ、食べる前にする事があるだぜい。毎日やってるんだから分かっているだろうイエ~イ?」
「ふ、分かっているわよパパ。今日こそ一番箸を貰ってやるわよ!」
食事をする前に二人が玄関の前に立って居る。
二人共半身になって構え、母親がカーンと自前のゴングを鳴らした。
「「 さあ、勝負! 」」
二人の親子は、先ずは軽いジャブの打ち合いから始まり、隙を窺い大きなパンチを打ち合っている。
少しずつ激しくなっていく打ち合いは、鋭さを増して、二つの拳が交差した。
クロスカウンター。
パパの拳に合わせ、ライラリッテが拳がパパの顔面に炸裂したのだ。
ライラリッテにもダメージはあるが、そのダメージは約三倍。
パパは頭を揺らし、リングの上に沈んだのだった。
「やったわ~♪ 今日は私の勝ちね♪」
ライラリッテが台所に戻ると、母親の箸が鍋に突っ込まれた後だったのである。
「あらお母さん。今日もやっちゃったわね! 今日こそ倒してあげるんだから♪」
「おほほほ、この像殺しのアルベールに勝てると思っているとは、我が娘ながら甘い! とう!」
母親のアルベールが台所から玄関前に、ザっと飛び出た。
「お母さん今日こそ勝利してみせるわ!」
「あらあら娘よ、私に勝てる気で居るとは、中々甘い考えをもっているようですね! いいでしょう何時でも掛かってくるのですね!」
「行くわよママ!」
ライラリッテがパンチを繰り出そうとするも、アルベールの先制でそれは始まる。
稲妻の様に鋭いジャブが、ライラリッテの体に突き刺さる。
「グゥッ!」
だがアルベールの攻撃はまだ終わっていない。
そのまま服の襟を掴み、グッと引っ張ると、もう一方の腕で逆襟を絞めたのだった。
放っておけば血の流れが止まり、意識を失う。
それは負けを意味する。
逆に体を強引に引き込み、大きく額を打ち付けた。
アルベールは手を放し、右の掌でそれを防御すると、左手でライラリッテの蟀谷を打ち抜いたのだった。
ライラリッテに意識はあった。
だが回り続ける景色が立つ事を許してくれない。
倒れたライラリッテを見て、アルベールは食卓に向かったのであった。
ライラリッテが動けるようになった時、食卓からは肉が消え、パンと大根だけが残されている。
「ふぅ、今日もまけてしまったわね。まっ、しょうがない。特訓して明日は勝つわよ~♪」
「簡単に勝てるとは思わないことね。この像殺しのアルベール、まだまだ若い者には負けないのよ!」
そして楽しい食事が行われたのだった。
倒れたパパを置き去りにしたままで。