時間を潰す1
病室の中。若干息切れの俺に対して不思議そうに優が言った。
「ところでさ和人、背中につけてるのは何だ?」
俺の背中に向けて指を指す。
ゴミでも着いてるのかと思い背中に手を伸ばした。
「なんだこれ……紙か?」
まるで小学生がするイタズラのような。いつの間にか背中に貼り付けられた紙を取り外す。
『西条薫流は頂いた。隻眼のオーソクレース』
ドラマの犯行予告で見たことがある。筆跡を無くすために線だけで書かれた文字。
「薫流は頂いた……!?」
「オーソクレース?ナンダソレ?」
反応からして犯人は優じゃない。オーソクレースは人名だろうか。
イタズラにしてはタチが悪い。
手紙の裏にも何か書かれてないかみていると、ふと優が呟いた。
「そういやコレ、テープも何も着いてないのにどうやって背中にくっついてたんだ?」
「…………」
「どうしたんだ?顔色が悪いぞ」
「悪い。ちょっと急用を思い出した」
人通りのない茂みの奥。
そこには、珍しく人影があった。
「アニキー、こいつどうしますか?」
右目の大きい少年がリーダー各の男に指示を仰ぐ。
それに答えて、額から頬にかけて大きな傷のある巨漢の男が親指を下に向けた。
「そいつはタマツキだ。生かしても使えない。殺しておけ」
2人の視線の先には、意識がないのか横たわって動かない少女の姿。
少女に向けて最後の1人、左目の大きい少年がポケットから拳銃を取り出していた。
「だってよ、呪うならお前の運命をだ。もし生まれ変わったら仲良くしようぜ」
左目の少年が引き金に力を加えようとした瞬間――
「待ってレフト!こ、こいつの」
右目の少年の大声に注意を奪われる。
「言うこときいて!!」
怯えきった右目の少年。
彼の首元にはナイフが突き立てられ、薄皮から血が滲んでいた。
左目の少年は咄嗟にナイフの持ち主の顔を睨んだ。
奥原和人!間違いない。時間停止能力者の疑いがある人間だ!
「こいつの命が欲しけりゃ銃を捨てろ!」
左目の少年が思考を巡らせている間にも、奥原は容赦なく、気絶した右目の少年の首をピンク色に染めていく。
「ら、ライト!ちくしょう。わかった……だから、離しやがれ!」
ライトの命が最優先だ!
少年の脳は言葉と同時に拳銃を地面へと落とした。
力なく両手を上に上げている左目の少年。
しかし、リーダー格の大男はまるで見物でもしているかのようにほくそ笑み、微動だにしていなかった。
「おい!お前もだ、少しでも動いたらどうなるか分かってるのか?」
奥原は大男に警戒し、ライトの動きを制しつつ大男にナイフをむけた。
それに対して目を見開いたのは部下の少年。
「お、おまえ、そんなこと言ったら、アニキが止まるわけないだろ!」
「ほう、動いたらどうなるんだ。あぁ?はぁん?」
大男は挑発でもするように大ぶりに手を動かしている。
しかし奥原は臆することも無く。初めからこうなると知っていたかのように――
「動いた方が殺し易いってだけさ」
ライトから奪った拳銃。
その銃口は大男の眼球を驚くほど正確に捉え、彼はそのまま引き金を引ていた。
バン!
……躊躇なく撃つか。
大男。オーソクレースの思考は落ち着いていた。
ナイフに注目させたのはライトの銃を奪うためだろう。
そしてその拳は既にレフトに向けられている。
まるで走馬灯のような思考速度。
彼の今までの経験、鍛錬、修羅場が可能にした離れ業だ。
避けなければ死ぬ。……普通だったらな。
銃弾が眼球に着弾するまでに達した決断。
それは……
ガガン!
振りかぶった拳がレフトの顔面に刺さっている間、奥原は自分が見た光景に動揺していた。
「……目で銃弾を受け止めた!?」
奥原の思わずでた驚愕の声にクレースはニヤリと口角を上げる。
「奥原和人、見込みは十分。が、詰めは甘い。訓練された時間停止能力者なら眼球でさえ防弾ガラスをも凌駕する」
「お前……人間なのか……?」
自身に向けられた人外を見る眼差し。
まだまだ青い。こんなもんじゃない。
もっともっとこの世界の恐ろしさを叩き込まないといけない。
クレースは本能的にそう感じ、上着を脱ぎ捨てて交戦の意思をしめす。
「圧倒的だろ、さぁ次はどうする?」
しかし一方の奥原は諦めていた。
地面に這いつくばって震えている。
クレースからは確かにそう見えていた。
「なんだ?ここまでか、期待はずれだな」
せめて渾身の一撃を。
地に伏した臆病者を肉塊へ昇華する為に全力で拳を振り下ろす。
同時に奥原が顔を上げる。
「見えない位置からならどうだ!」
理解出来ない痛みがクレースの胸を流れる。
予想外の反撃。
奥原は自分の腕ごとナイフでクレースの心臓を貫いていたのだ。
「な、なにぃ!?」
震えていたのは痛みを抑えるため。
初めから奥原に諦めはなかった。
「……気に入ったぁ!!」
クレースの場違いな台詞。
真意は不明だか奥原の全身全霊の一矢が決定力に欠けていたのは明白だった。
「いいもの見せてやるよ。傷口の時を止める事で応急処置から、刃物でさえ無力化する鎧になる」
赤赤としているのに固まったように動かない血液は、言いしれない狂気を帯びて見える。
「そしてもう一芸」
そう言うとクレースは傷口のナイフを握りしめ、刃を手形で上書きしていく。
「どうだ?羨ましいだろ。文字通りお手製のメリケンサックだ」
ドス
明らかに致死量の血が身体から飛散していく。
身体の末端からどんどん冷たくなってきた。
意識が薄れるさなか、目の前の大男を睨みつけ……
「……化け物かよ……」
返り血を軽く拭き取ると、周囲で伸びている2人の部下を叩き起す。
「さてと、左右、そいつを連れてくぞ」