時間を斬る3
周囲を見回して声の正体を探す。
しかし、屋上はもちろん、下を見てもそれらしき人影は無かった。
「どこを探しているんだ?僕はここにいる」
もう一度聞こえてきた声。
今度ははっきり方向が分かった。
俺は周囲に首を振るのをやめ、正面にある貯水槽の上を見上げた。
貯水槽の上であぐらをかきながら、俺を見定めるように不敵な笑みを浮かべた男の姿。
さっきまであそこには誰もいなかったはずだ。
目を離した隙に登ったのか?
だとしても、誰かが屋上にまで登ってきたら気づかないわけが無い。
俺が何を考えているのかを、見通しているかのように、男は口を開いた。
「いつから居たのか。どうやって登ったのか。そんなことを考えているんだろう?それよりもまずは、目の前の相手が何者かを考えるべきなんじゃないか?」
出会ったばかりの人間に、俺の悪い癖を見抜かれたような気がして、サッと血の気が引いていく。
さっきの少女より確実に。この男はヤバい。
虫の知らせを感じ、腰を低くして、いつでも逃げられる体勢になる。
「逃げても無駄だ扉は固定してある。なんなら下にでも飛び降りてみるか?」
男の言葉。
また先を読まれているのか?
ここから下に飛び降りたとしても、まともに動けなくなり、男の思うようになるだけだ。
俺は刀を持ったまま扉に走り勢いを殺すことなく、扉に向け大振りに鞘ごと刀を叩きつける。
「おらぁぁ!」
しかし、扉はビクともしない。それどころか俺の腕に痺れと激痛が走り抜ける。
それを上から眺め、見かねたような声を出すと、男は軽快に貯水槽から飛び降りた。
「まったく。僕の下で働く前に身体を壊されちゃぁ困るんだけど」
降りてきた男に対して、未だに痺れが残る手で刀を握る。
「お前達は何者なんだよ、俺をどうするつもりだ?」
「ようやくその質問か、はぁ。僕は櫻井 那爪。お前を捕まえにきた訳じゃない」
呆れた様子で頭に手を当てる男。
よく見ると、年齢は俺と同じ高校生くらい……。
というか、俺と同じ学校の制服を着ている。
しかし、俺の制服とは少しデザインが違っているので歳上なんだろうか。
「……。上級生様がわざわざ俺になんのようなんだよ?」
「僕は、お前やそこで寝てる『時雨』のような、止まった時間の中を動ける人間を、保護、監視する組織の人間だ」
そう言うと男は手を伸ばし、握っていた手のひらを広げてみせた。
――――。
辺り一帯を静寂が包み、時間が止まる。
俺以外で唯一動いている櫻井が口を開いた。
「この世界では、公には知られていないが極少数の『時間停止能力者』が存在する。能力者達は自身の能力で巧妙に人間社会に身を隠しているが、僅かな歪みで罪を犯す事がある。そんな能力者を捕まえるのが主な組織の役目だ」
時間停止能力。
一昨日の事故以来、俺は何度も体験していた。
初めはありえないと思っていたが、バスの運転手、刀を持った少女、そして目の前で時間を止めている少年を目の当たりにし、もはや疑うことさえなくなっていた。
「その組織の人間がどうして俺を狙うんだよ?……人を殺した覚えなんてない」
初めに刀を振った時、少女は俺が熊田を殺したと言っていた。
櫻井は倒れ込んでいる少女を見るとニヤりと微笑み。
「あぁ、あれは嘘だ。そうでも言わないと時雨はお前相手に本気を出さないだろうからな」
「……なんでそんなことを」
「簡単な理由さ。お前と時雨の実力を比べて組織に入る資格があるか見極めていた」
まるで当たり前だ、と言わんばかりに俺を見る櫻井。
「冗談じゃない、こっちは死ぬかと思ったんだぞ!」
「時雨には生け捕りにするように伝えていた。それにどちらかと言えば、お前の方が時雨に対して容赦が無かったように見えたが?」
「ううっ、……」
隣でぐったりとした少女。
いきなり襲われたにしても、確かにやりすぎたかもしれない。
「たが、それが良い。見ず知らずの他人に命を狙われたとしたも、普通ならここまで出来ない。奥原和人、お前は見込みがある!」
こいつに褒めらても嬉しくない。
「悪いけどお前達の組織に何の興味も湧かない。入ってくれと言われても遠慮させてもらう」
櫻井の手を振り払うように、距離を取っ睨みつける。
すると櫻井はあっさりと時間を動き出させた。
――。
「そうか、なら仕方ない。ドアも開くようにしておいた。無理やり勧誘するつもりは無い、その刀を置いて早く帰るんだな」
もう少し粘られると思っていた。
櫻井の態度に違和感を覚えながらも、刀を少女の近くに置いて屋上のドアを開く。
「奥原和人……。お前は必ず僕達の組織に入ることになる」
別れ際、櫻井がそう言ったのを聞こえてないフリをして、俺は階段を走って降りていく。
外に出た後に施設の屋上を見上げたが、櫻井や少女の姿はすでにそこには無かった。
何かとんでもないことに巻き込まれたような気がする。
足取りの重いまま、周囲を警戒しながら俺は一旦病院に戻ることにした。
病室のドアを開き中に入ると、人の気配に気づいた優と目が合った。
「あれ和人 、もう家から帰ってきたのか?」
「いや、ちょっと事情が複雑でな。お前を親友と見込んで話がある」
俺の言葉に照れた様子の優。こいつがいつも通りなのが一番安心できる。
周りに誰もいないことを確認して、優の耳元で囁いた。
「『 俺は時間を止められる』、かもしれない」
その言葉に一瞬固まる優。
そして一言。
「もしかして、またパンツを覗く方法を見つけたのか!」
屈託の無い瞳が俺を見つめていた。
……相談する相手、マチガエタ。