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時間を借りる2

 会計を済ませ店を出る。


 俺たちの先頭を歩く薫流は、楽しそうに軽快なステップを混じらせている。

 だが、対照的に俺の足取りは重かった。


「さあ、腹ごしらえも済んだしバスにいくぞー!」


 優にいたっては、陽気にお腹をポンポンと叩き、意気揚々としている。


 確かにあのシュークリームは美味かった。一流パティシエというものは、みんな錬金術でも学んでいるのかと疑うくらいに。


 軽くなった財布をカバンにしまい、薫流に追いつこうと足を早めていると、俺がうつむいていたことに気づいた優がそっと近寄り、


「まあー元気だせって!さっきこの辺を探検した時に見つけたんだけど、これ和人にやるよ」


 優のポケットから栄養ドリンクのような瓶が取り出される。

 ラベルをよく見ると『脅威の赤マムシ160%!!』の文字。

 裏には、需要強壮元気10000万倍即効性&何にでも効く。

 というごちゃごちゃしていてワケの分からない宣伝文句。


 これを飲んで元気出せ、と。

 俺は胡散臭い栄養ドリンクを無言で受け取ると、ほぼ同時に、どうすればバレずに人の飲み物をすり替えれるか考えていた。


 くだらないやり取りをしているうちにバス停に到着し、チケットに書かれていた場所に停まっている豪華な大型バスを見つけ、一同は同時に声を上げた。


「すごーい、綺麗」


 その中でも薫流は特にバスの装飾に目を奪われたのか、車道ギリギリまで近寄ってまじまじと観察している。

 遠目から見ても分かる、煌びやかな羽根をあしらった幻想的なフレーム。

 正面には劇団名と演目『火緋色の翼』の名前が象られていた。


 夢中になってバスを1周している薫流を放って運転席の方へ歩いていく。

 入口には、華やかなバスには到底似合いそうもない、熟練の運転手らしい大柄な男が立っていた。


 無愛想な顔でチケットについて尋ねられたので、カバンから三枚取り出して男に見せる。

 確認が完了し座席を案内されると、様々な角度からスマホで写真を撮りまくっている薫流を呼び戻し、引っ張って車内に乗り込んだ。


 中に入ると、そこには演劇のグッズがたくさん飾られており、他の客達もスマホ片手に談笑を交わしていた。


 この劇団について俺は詳しく知らないが、バスの中にあるシャンデリアも劇中に登場するものらしく、そんな関連したものを優が見つけるたびに薫流が楽しそうな声を出していた。

 パッと見シミにしか見えない壁の模様の中、小さな隠れケイト君を見つけては騒ぐ薫流たちを他所に、俺はチケットの通り最後尾の席に向かい、体重をかけると埋もれるほどふかふかな椅子でゆったりと眠りについた。


 しばらくしてバスが止まり薫流に起こされる。


 窓から見える劇場は、お祭りやパレードのように賑わっており、家族連れや大人数の団体などが劇場の入り口で行列を作っていた。


 バスを降りて俺達も劇場へ向かう。


 行列の無い関係者用の受け付けでチケットを見せると、受付担当は驚いた顔を浮かべながら特別席の扉まで案内した。


 この特別なチケットを、俺達みたいな子供が持っていることが不思議だったんだろうと薫流達に話す。


 特別席は2階にあり、演劇を見るのには絶好の場所だった。


 天井の照明が消え『 まもなく演劇が開始します』と、アナウンスが場内に流れる。


 役者が現れて様々な場面を描いていく。


 演劇の内容は、


 火緋色の羽を持った鳥が幽閉されていた塔を抜け出し、旅の途中で様々な人と出会い成長していく。


 というものだった。

 演劇のラストは曖昧なままで終わり、観客自信が鳥がその後どうなったのか考察する仕組みになっていた。



 演劇を見終わり、薫流はバットエンドを想像し号泣していて、優はまだまだ鳥の旅が続くと想像し、どんな続編になるのかを考えていた。


 俺は鳥は旅をやめ、残った仲間たちと短い時間を幸せに暮らすんだろう。なんて想像していた。


 解釈が別れ軽く口論になるがそれも製作者の狙いなんだろう。こうして話している間の方が演劇を見ている時より楽しかったりする。


 ここから見渡せる他の客達も、終演のつかの間の余韻に浸りながら劇場から帰っていく。


「そろそろ俺達も帰ろう」


 そう言って3人でバス停へ向かおうとした時、薫流は慌てた様子で持っていた鞄の中に手を入れた。


「あ、あの。今日は本当にありがとうね、大好きな舞台に大切な友達と一緒に来れるなんて、もしかしたら一生できないと思ってたから。すごく嬉しかった」


 普段学校では優等生振ってる薫流からは、絶対に流れないであろう歓喜の涙。

 ちょっと大袈裟かもしれないけど、心の底から嬉しかったんだろう。


「舞台を見るってのも案外楽しいもんなんだな。またチケット手に入れたら3人で来よう」


 俺の言葉に薫流と優は嬉しそうに相槌を入れた。


「え、えっと。それでね、和人にお礼で渡したい物があるんだ」


 そう言うと薫流は鞄の中に入れていた手を取り出し、袋に包まれた小さな箱を差し出した。


「箱?中に何が入ってるんだ?」


「火緋色の鳥の羽根だよ。この舞台のモデルにもなった、遠い昔にいた鳥の羽根」


 薫流から受け取り、袋を外してみる。

 透明の箱の中には、光沢感のある紅い光を反射する1枚の羽根があった。

 舞台のグッズにも似たような品があるが、それとは比べものにならいほど重厚感があり、まるで研磨された宝石のようにも見えた。


「ほんとに貰っていいのかよ?これ、絶対高いだろ」


「ううん、昔私のお母さんがどこからか拾ってきた物なの。私も貰ったから和人におすそ分け」


「へぇ〜、もしかしたら火緋色の鳥ってのはどこかにいるのかもな」


 手の角度と光の反射で、絶妙に模様が変わる火緋色の羽根をまじまじと見つめる。

 そういえば優は何も貰っていないんじゃあ。


 そう思い振り返る。

 優の手のひらには紅い鳥の羽があった。


「おれはさっき売店で買ってたから、これでようやく和人もお揃いだな!」


 いつの間にか舞台のパンフレットと紅い羽を買っていた優。

 そういや、こいつ舞台の途中でポップコーン買いに行ってたっけ。


 ブイサインをする優を他所目に、薫流はスマホの時計を表示させた。


「いけない、もうすぐバス出発しちゃうよ」


「間に合わない、走るか?」


「最高速度で全力前進だぜ!」


 俺たち3人は周りからは怪奇な目を受けつつも、来た時と同じバスに走り込んだ。

 バスの運転手の対応が、往路より明らかに悪かったのは言うまでもない。


 それから、バスが発車して程なく雲行きが怪しくなり、次第に雨がポツポツと降り始める。


 雨が一際激しくなり、雷が落ちた時だった。


 ――――――――。


 急に目眩がして、一瞬意識が飛んだような感覚におちいる。


 バスの運転は荒いものでは無かったが、もしかしたら酔ったのかも。なんて考えて他の2人の顔を見る。


 薫流は疲れて眠っており、優は窓の外を見つめ雨が強くなったことに目を奪われていた。


 もしもの時のためにエチケット袋を探して、手前の座席にかけられていた袋に手を伸ばした瞬間。


「危ないッ!二人とも身体を伏せろ!!!」


 突然優が俺と薫流の身体を上から抑えつけた。


 いきなり何するんだよ!


 そう思ったすぐ後に、他に何も聴こえなくなるくらいの轟音と腕が千切れそうになるほどの重圧が身体を襲った。


 顎が外れるんじゃないかと思うくらい歯を食いしばったあと、浮遊感を感じスッと力が抜けて意識が薄れていく。




――――。




 何も聴こえない。


 さっきみたいに他の音にかき消されたんじゃなく、音そのものが聞こえない。


 視界が完全に真っ暗なのは、気を失っていたからだろうか。身体を動かそうとしても、異様に重く感じてうまく力が入らない。


 何が起こったんだろう。もしかして俺は死んだのか?


 目を開けたら神様がいて俺を異世界に転生させたりして。


 ……って、それはないか。


 目を開けようとしたけど瞼すら重く感じる。


 その間に腕の感覚がじわじわと蘇り、手のひらや頬に濡れたコンクリートの感触があった。


 もしかして俺が寝ているのはどこか屋外の地面なのか?


 時間をかけようやく開いた目に、最初に映ったのは見覚えのある豪華な大型バスだった。


 しかし、気を失う以前に見た煌びやかなそれとはかけ離れていて、装飾は所々破損していた。

 バスは、何かに擦り付けたのか側面の塗装が剥げて車体が大きく歪んでいる。全ての窓ガラスが粉々に割れていたことが、バスの受けた衝撃の凄まじさを物語っていた。


 さらに周辺へ目を向けると、俺以外にもバスの中で見た乗客らしい何人かが路上で倒れていた。


 よくニュースでは、車外に投げ出され即死なんて聞くけど、俺も含めて他の乗客に目立った外傷は見当たらない。


 あたりを観察するうちに、身体は思った以上に回軽くなっていて、これなら少しは動けそうだ。


 立ち上がるために力を入れた時、ふとある違和感が頭をよぎった。



 そういえばさっきまで、雨が降ってなかったか?



 俺が倒れていた場所は道路の真ん中だ。屋根があるわけもなく、すぐ側に水溜りだって出来ている。だけど自分の服を見てもたいして濡れていない。


 まだ日は沈んでおらず、長い時間気絶していたわけでもなさそうだ。


 違和感は疑問に変わり、立ち上がると同時に空を見上げた。


 冷たい水滴がいくつも頬に触れる。


 そして、頭上の見た事もない景色に視界が引き込まれた。



 空にばらまかれた無数の雫。

 その全てが、まるで糸で吊るされているかのように空中で止まっている。



 朝露が着いた蜘蛛の巣とは比べものにならない程莫大で、幻想的なそれは俺の思考をすべて奪っていく。


 無意識のうちに握りしめた拳に、いっそうの力を入れて状況を理解しようとする。


 頭の中で結論を導き出すと同時に自然と口が開いた。


 これじゃあまるで……、


「時間が止まったみたいじゃないか」


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