表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

時間を借りる1

 時計を見ると時刻は12時を過ぎ、辺りの生徒達は雑談や昼食を交わして賑わっていた。

 その中から俺はいつもの二人に声をかけ、校舎の屋上に連れ出していた。


 うちの学校の屋上はフットサルなら十分にできる広さがある。

 しかし、周りは白いフェンスに囲まれていて、ドアには鍵がかけられている。実はこの屋上へは科学の実験くらいでしか立ち入りは許されていない。

 今日はちょうど実験の日で、授業の帰り際に屋上の鍵をばれないように外しておいたのだ。


 ここまで角度の急な階段を上がり、ようやく着いた二人の表情を見ると、話しの本題を伝えずに連れてきたせいもあってか少し不機嫌そうに見えた。


「ねぇ和人、大事な用事ってわざわざ屋上まで来ないと出来ないことなの?」


 屋上に目新し物が何も無いことを確認すると、彼女はセミロングの髪とスカートを風になびかせて周辺を見回していた。


 彼女の名前は西条薫流。俺の幼馴染で昔からよく遊んだ気が許せる友人だ。

 几帳面で心配性な性格が玉に瑕だけど、頭も良いし気が利く。あと、いざって時はそれなりに頼りになる。


 一方のもう一人は、屋上の風がよっぽど気持ちよかったのか両手を大きく上げて深呼吸をしていた。


 目をキラキラと輝かせ、精一杯大自然のエナジーでも感じているんだろう。下手に突っ込むと話が長くなる。


 この茶髪で跳ねっ毛が目立つ少年の名は天海優。

 独特な感性とノリからすぐに意気投合し、今では薫流と同じくらいの仲となった。

 こいつを簡単に説明すると発想が斜め上にいくヤツだ。


 俺は屋上のフェンスを背にし、二人の方へ体を向けた。


「よく聞け二人とも!俺はとんでもない能力を身につけた!」


 右手を真っすぐ伸ばし、五本の指を大きく広げる。


「とんでもない?」


「……能力?」


 それを聞いた二人はきょとんとした表情を浮かべ、文字通り首を傾げていた。


 すぐに俺は開いていた右手を胸の前で握り、





「俺は、時間を止めることが出来る!!」





 それを聞いた二人の表情は一瞬で固まった。


 刹那の思考タイムの後、先に動き出したのは優だった。


「おぉ!スゲー!時間止めれるとか最強だ!」


 遅れて薫流が動き出す。


「さすがに冗談だよね和人?昔から少しズレてるとは思ってたけど……」


 優の瞳からは尊敬の眼差しを感じるが、薫流から感じられるのは明らかに疑いの目だ。


「ふん、疑うならこの能力の真髄を味わってみるんだな」


 そう言って胸にあてた手を再び薫流に向ける。


 …………。


「ふむふむ、白地にケイト君か。その歳でキャラものはさすがにどうかと思うぞ?」


 俺の言葉に薫流がまた静止する。

 何のことを言われたのかについて恐ろしい速度で思考しているのだろう。


 そして結論にいたり段々と頬が赤く染まっていく。


「ま、まさか見てないよね?」


 薫流の顔は真っ赤に染まり、スカートを抑えていた。


「いや見たよ、だからケイト君はどうかと……」


 一瞬にして薫流に間合いをせめられそこから高速のビンタが――


 「和人のバカー!!!」


 それを避ける術は俺にはなくそのまま吹き飛ばされたのだった。






 一日の授業が全て終わり、もう放課後。

 薫流にはさっきのアレっきり話しかけてもそっぽを向かれていた。どうやら相当怒っているらしい。


「おーい、薫流そろそろかえろうぜー」


「…………」


 相変わらずこっちを見ようともしない薫流。


 駄目だ。いつもみたいに話しかけても無視される。この調子だと何度試しても変わらなそうだ。

 こうなったら奥の手を使うしかない。


 こんなこともあろうかとカバンに忍ばせていた紙切れを取り出す。


「あー、今週の日曜日に上映される舞台『火緋色の翼』のチケット、これ余ってるけど優に頼んでオークションにでも出品してもらおっかなー?」


「………っ!!」


 薫流の肩が後ろ姿でも分かるほどビクッと固まる。

 すかさず優が話に乗ってくれる。


「それってかなりレアなチケットだぜ!この前のは三万で売れたけど今度のは確実に超えられる!」


「あぁ、親父がコネで貰ったやつだからな。親父は興味ないらしいけど特別席だからファンなら大金積むだろうよグヘへへ」


「いったいいくらまで高騰するのか楽しみだぜグヘヘヘヘ」


 俺達の悪い笑いを聞いて、薫流はチケットに向けている自分の手を必死に抑えようとしていた。


「……う、うーあぁ」


 あと一息だ。


「あーあ、チケット三枚もあるけど今回は縁が無かったってことで金に換えるとするか。ホント惜しいけど」


「やっぱりマネーだぜマネー。時は金なりっていうしな!」


 優がよくわからないことわざを使ったところで、少し離れた場所から薫流が割り込み、


「――ちょっと待った!」


 その反応に対して、俺は待ってましたと言わんばかりに白々しく対応する。


「どうしたんだよ薫流。いま優と舞台のチケットの話してたんだけど」


「どうしたもこうしたもないよ!その『火緋色の翼』の演劇は売りきれ必至で今はもう手に入らない、マニアなら家を売ってでも欲しがる超レアチケットなんだよ。一生かけて見れるかどうか……オークションなんてとんでもないよ!!」


「お、おう」


 薫流がこの劇団の大ファンもといマニアだということは知っていたが、思ったより食いつきがよく思わず萎縮してしまう。

 すぐさまコホンと咳払いで姿勢を立て直し優にも見えるように三枚のチケットを広げて見せた。


「ならせっかくの機会だ、日曜日に暇ならみんなでこいつを見に行くか?」


「お願いします連れていってください!」


 さっきまで怒っていた顔はどこへ行ったのか、薫流は初めて見るぐらいの嬉しそうな笑みを浮かべていた。








 日曜日の朝、待ち合わせ場所に早くついてしまいスマホで時間を潰そうとした時、一足先について朝食を食べていた優を見つける。


「おー、早いな優」


 俺の声に気づいて手を振りながらこっちに向かってくる。


「和人こそ早いじゃんか。さすが時止めを体得した男だぜ、いつもみたいに遅刻しないとはな」


 優の言葉に一瞬戸惑う。


「時止め?……ああ、この前屋上で言ってたやつか」


 思い出すのに数秒間。そして咄嗟についた嘘が脳裏に浮かぶ。


『 俺は、時間を止めることができる!!』


 あの時は名案だと思ったが、よくよく思い出してみて自分の嘘の下手くそ加減が可哀そうになってくる。


 屈託のない純粋そのものな目を向けてくる優。からかいや冗談ではなく真面目に俺の嘘を信じていたのだろう。

 あきれと罪悪感から、ため息交じりに声を絞り出した。


「あのなぁ、時間を止めるなんてどう考えても普通に嘘だぞ、嘘。漫画や映画じゃあるまいし本当に信じてたのかよ?」


「えマジでッ!最低だな!!」


 俺の嘘を本気で信じていたらしい優は声を上げてショックを受けていた。

 こいつの将来のことを考え、多少心配しつつも勉強になっただろと心の中で言い聞かせる。


 そして、以前ショックを受けている優を復帰させるために言葉を続けた。


「最低は言い過ぎだろ。それにほんとに時間を止めれるなら俺は今頃大金持ちにでもなってるだろうよ」


「確かに金持ちならもっと良い服を着る」


「誰の服がダサいって?ぶっ飛ばされたいのかこの天然バカヤロー」


 うんうんと頷いて腕を組む優。

 納得の仕方がむかつくがまあいいか。あとでジュースでも無理矢理おごらせてもらおう。


 それから薫流を待っている間雑談が続く。


「…ってことはさ、あれは嘘だったのにどうしてスカートの中が分かったんだ?」


「あのケイト君の柄のことか。誰にも言うんじゃないぞ」


 人差し指を立てて口外禁止の合図を送ると優がこくりと頷いた。

 周りに同じ学校の生徒がいないことを確認して俺は口を開いた。


「これは他のクラスの男子から噂伝いに聞いた話なんだが。まず、俺たちの学年から制服のデザインが変わったのは知っているよな」


 自分たちとは違う制服を着ている上級生を毎日のよう見ているので、当然のように優は首を縦に振る。


「その制服なんだがスカートが前のよりきわどいらしくてな。一部の生徒がどうやれば覗けるのか日夜努力を重ねているらしいんだ」


 さすがに優の耳にはこの情報は入っていなかったのだろう。困惑の表情を浮かべていたが話を続ける。


「そして目が行ったのは屋上に行くための階段。そこにある鏡にとある角度と対角線上に立つと校舎と制服の設計上……見えるんだ」


 スカートを覗く理論は以前から確立されていたらしい。しかし女子と屋上にいく機会がない。そんな生徒達から、時々屋上で遊んでいた俺たちに検証の依頼がきていたのだ。

 最初は俺も半信半疑だった。こんなバカげた都市伝説のまがい物があるのかよと思った。


 でも試して分かった『こいつはヤバイ』と。


 話の途中で優の反応が薄くなっていた事に気づく。


「おいどうしたんだよ優?」


「……後ろ見てみ」


 優の声は明らかに怯えていて俺と視線を合わそうとしていない。というか俺の背後から視線をそらそうとしている。

 ゴクリと息を飲み、恐る恐る言われた通り後ろへ振り向く。

 するとそこには微笑む薫流の姿があった。


「……お、おはよーございます薫流さん」


 背後に現れた薫流の姿に思わず身体がすくみ、固まりそうな口からは敬語しか出せなかった。


「おはよう和人に優君。支度に手間取っちゃって遅れてごめんね」 


 しかし当の薫流は自分が最後だったことに申し訳なさそうに謝りつつも、照れ臭そうに微笑んでいるように見える。

 もしかして聞かれていなかったのか――


「ところで和人、まだバスが出るまで時間あるよね。うちの学校の屋上について向こうのシュークリームの店で話がしたいな~」


 と思ったがそんなことはなく、彼女が指を指しているのは値段が高いことで有名な高級洋菓子店。

 そして口は笑っているが明らかに目が笑っていない。


「あ、……はいわかりました」


 もちろん俺は薫流の要望を拒否できず、『一番高いやつ三人分』という学生の財布を殺す注文をせざるを得なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ