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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

-薔薇の復讐-

購われた薔薇

作者: 雀ヶ森 惠

 最初にその騎士のことを聞いたのは十何年も前のことだった。

 早く寝ないと面を被った黒衣の騎士が、お前を脅しにやってくる、だとか。

 親の言いつけを破ると面を被った騎士がやってきて連れて行かれてしまうよ、だとか。


 そんな躾に都合のいい道徳訓の騎士が居たら、子供心にもかねがねお目にかかってみたいと思っていたものだが、どうやら仮面の騎士を本当に信じている、教育の程度の低い手合の集団に本当に出会ってしまったと知ったのは、男がとある辺境の山脈にある山あいの貧しい村に逗留し始めたころからだった。

 男は流れ者だった。

 賞金首になっていた時期もあった。

 武器は両手剣、腕には自信ありなのは頬の忌々しい傷がありありと伝えている。

 今は別の賞金首を殺して無罪放免、たっぷりの金貨を貰い、暖かくなった懐で大陸を巡る旅をだらだらと続けていたところだ。

 飲むもよし、打つもよし、買うもよし。

 だが男が今逗留している村にはここで飲んでいる、しみったれた酒場一軒を除いては遊興に使える施設は一軒もなかったのだ。鉄貨をちらつかせれば、若い田舎娘を宿に呼ぶことはできたが如何せんプロの女ではない、金目当てと素人臭さが魅力だったが直ぐに飽きた。


 そこに現れたのが仮面の騎士だった。

 騎士は――紳士村人A氏の弁に拠れば、黒い、爺の面をつけており、一歩踏み出すごとに草を枯らしてゆくという。鎧は黒で背は高く、剣なんて扱えるわけない体型にも関わらず、凄まじい速度で動くことができて、唯一見えている体の一部は髪で、微妙な赤茶をしていたという。

 犠牲者が昨日だけで二人出ている。

 助けてくれ――


 わかったわかった、そんな妖怪のような騎士がいるのならこの俺が相手をしよう、ただし礼ははずめよ?

 男は尊大な態度で以て、救援を求めてきた村人の集団をあしらうと翌朝出立のためにまたしみったれた酒場で、壮行会を開かせた。

――夜半宿に戻った男は酒の勢いで眠れるものと信じていたし、そのつもりだった。

 だが結果としてひどい悪夢を見て、眠りは浅く遅々として夜は進まなかった。


 誰だ?

 そこで俺を見てなんともいえぬ表情で困惑しているのは?

 夢の中に相違いなかった。

 寝台に(それもすさまじく大きな子供用のそれに)寝かされた俺を、赤っぽい髪の女が見下ろしていた。

 はっきりとした目鼻立ちで、どちらかというと男顔の美人だ。

 しかし、その高慢且つ怜悧そうな雰囲気は俺の好みじゃない。。

 女は低めの声で唄いはじめた、ねーん、ねーん……

 ぼうやは、いいこだ、ねんねしな……


 朝だ……いつの間にか眠っていた。

 酒のせいでずきずきと頭が痛む。

 村人たちは案内も断った、当然だろう被害が出てるのだ。

 しかしそんな寝物語に語られるような騎士が本当にいるのだろうか?

 山中をあてどもなく歩いていく。


 途中に泉があり、俺は喉を潤そうと水に口を浸けた。すると味がおかしい。

 急いでおれは泉から離れるとそこには、爺面をつけた背の高い男が同じようにして……同じようではない! 断じて違う、外れた面の下から覗いていた無数の触手が水を穢しながらそれを捕食していた。

 そしてそいつはこっちの方を視た。

 面の下には無数の触手と、左の首筋に大きな穴がぽっかり口を開けていた。

 

 こいつと戦うなんて選択肢は無かった。

 悪夢の中でしか顕現できない物が、そこにはあった。


 走っているのに何故か歩いているように見える化け物は

……ばけものはすぐそこまで迫ってきていた。

 下り坂を一気に駆けるともうあの村だったが俺は気にしなかった。

 村の大通りを全速力で駆け抜けた。


 誰かが俺に労いらしき声をかけたが気にもならなかった。

 

 ねーん、ねーん……

 ぼうやは、いいこだ、ねんねしな……



 薔薇を一輪、捧げ持った兵士がその村に入ったのは惨劇の二日後だった。


 「ひどいですね、これがあの三番叟の騎士の殺った痕ですか?」

 「まさか一度は聞いた寝物語の騎士が、実在するなんてレポートは書きたかないねえ」


 村は騎士退治に行った男も含めてひどい有様であった。

 生きている者の痕跡はなく、歩いた後は草は枯れていくのでどんな足跡を辿ったのかも簡単に判明した。

 酒場の壁には騎士になます切りにされた者の上半身が張り付いていた。

 むっとするような血の臭いがそこいらじゅうに満ちていた。

 ともかく無計画にあいつは人を殺す、そんな印象しかない。

 騎士退治に行った男は厩で事切れていた。


「一人で逃げようとしたんすかねえ……」


「元罪人だからな、見捨てるくらい平気でするだろ?」


 一応厩で、男と騎士が戦った痕はあった。

 厩の柱に複数の刀傷がある、その何本かはそこから木が腐ってしまっているが。

 一頭しかいなかった馬も絶命している。

 男は特にひどい損傷を与えられて命を奪われたようだ。

 頭部を除いてはミンチかと思うほど細かく切り裂かれてるのだ。

 男が昨晩食べたものと胃液の混ざったすえた臭いがする。


「うえ、騎士は逆らう者は許さないって態度なんでしょうかね?」


「だろうな……だいたいこいつごとき、どころか正規軍が何人かかっても倒せる相手じゃねえよ」


「おれたち調査団も命がけだからな」


「この薔薇の花が散り始めると騎士が接近する合図か……」


「薔薇は何故かあいつの瘴気に敏感だから、花弁の向きで方角も解る」


「とりあえず報告書も書けたろう、瘴気が立ち込めてるから火を放った方がいいかも知れん」


 炎に包まれた村。

 決して浄化ではない焔。

 燃え上がる薔薇。


 ねーん、ねーん……

 ぼうやは、いいこだ、ねんねしな……

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