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1杯目 銀色の髪のはとこ

 車窓の風景はのどかな田園地帯から、住宅街が立ち並ぶエリアへと変わっていく。


 岡山駅から山陽本線の電車に乗って西へ向かうこと、四駅。

 これまでの通過駅よりも人の乗り降りが活発な倉敷駅に電車が近づくと、乗客の大半が下車支度をする。だんだん速度を落とす電車の窓から見えるプラットホームにも、結構な人数の乗客たちが梨々花の乗る電車を待っていた。


 電車のドアが開いたとたん、湿った熱気がむわっと吹き込んできた。他の下車客に押されつつ、梨々花はショルダーバッグのベルトをぎゅっと掴んで電車を降りる。


 数年ぶりに訪れる、倉敷駅。壁を見て、そういえばこの駅のプラットホームには黒い菱形が並んだ不思議な模様があるのだった、と思い出した。あれは何の模様なのだろうか。


『息子には、駅の改札口で待ってもらっているから! たぶん、見ればすぐに分かる!』


 由理子おばさんから届いたメールをスマホで確認し、梨々花は改札に続く階段を上がった。黒い菱形模様はプラットホームだけでなく、改札口に上がった先の壁にも描かれていた。


 倉敷駅の出入り口は、北と南の二つがある。美観地区に行くには南口から出ればいいはず――と、ICカードで改札をくぐった梨々花が辺りを見回した時。


「……君が梨々花さん?」


 少し離れたところから聞こえてきた、青年の声。改札口を出たところで立ち止まっていた梨々花ははっと顔を上げ――そして後ろからやってきたサラリーマンに押しのけられそうになり、たたらを踏んだ。


 梨々花の正面、観光案内板の前に一人の青年が立っていた。カーキ色のカーゴパンツに少しくたっとした素材のシャツ、肘までまくった夏仕様ジャケットを着ている彼は、夏休みを満喫する男子大学生といった風貌である。


 青年の姿を見た梨々花は、改札前で邪魔になっているというのに硬直してしまった。視線を、青年の顔から外すことができない。


「……あ、邪魔になっていますね。こっちに来てください、梨々花さん」


 そう言って梨々花の前まで歩いてきた青年は、一言断ってから梨々花の手を取って優しく引っ張った。ようやく硬直が解けた梨々花はつんのめりながらその場を離れ、案内板の前まで移動する。

 青年は梨々花の腕を放し、にっこりと人のよい笑みを浮かべた。


「お噂は母から伺っておりましたが、お会いするのは初めてですね。僕は高橋紫遠しおん。高橋由理子の息子で、あなたとははとこの間柄になるようですね」

「え……あ、どうも。高橋梨々花です」

「梨々花さんの方が年上ですし、僕に対してはタメ語でいいですよ」


 握手を求められたので、梨々花はぼんやりとしつつ彼の手を握った。紫遠は背が高く、百八十センチくらいあるかもしれない。身長に比例しているのか手も大きく、紫遠の手は梨々花の右手をすっぽり覆い隠してしまった。梨々花の身長は日本人女性の平均よりは高い方で、手だってそれほど小さいわけでもないのに。


「東京からようこそお越しくださいました……いや、梨々花さんも岡山出身だから、おかえり、の方がいいのでしょうか?」

「あの、質問」

「はい、どうぞ」

「……その髪、染めてるの?」


 我ながら、初対面の人間に対して失礼な質問だったと思う。

 だが、先ほどから梨々花は紫遠の髪の色が気になって仕方がなかった。


 梨々花は大学生になって、髪を焦げ茶色に染めた。黒に近い茶色を選んだのは、これならプリンになっても分かりにくいだろうという、ズボラ精神が見え隠れする考えがあったからだ。ちなみに今は就活のため、黒に戻している。

 大学には黒髪、茶髪、金髪など様々な髪色の学生がいたしそれくらいの色なら、割とよく見る色、で済んだだろう。


 だが、首の後ろで結んでいる紫遠の髪は違った。

 背後の窓から差し込む日光を浴びて燦然と輝くその髪は、白色だった。いや、もしかすると白というよりも銀なのかもしれない。どちらにしても、美容院で頼んでも簡単には染められないような奇抜な色合いだった。金や銀に染めるにはまず地の黒色をブリーチしなければならないという。そこまでして彼は、この完璧な銀色に染めたのだろうか。


 梨々花の指摘に、紫遠は一瞬だけ目を見開いた。よく見ると、その目も茶色や黒でなく宝石を彷彿させるような神秘的な濃紺だった。カラコンを入れているのだろうか。


「……なるほど。母の言うとおり、あなたにも『見える』ようですね」

「な、何が!?」

「詳しい話は店に着いてからでいいでしょうか。……ああ、ちなみにこの髪は地毛です」

「じげ」


 大学ならまあともかく、義務教育期間中は絶対に先生に指摘されただろう。というよりも、由理子おばさんは外国人との子どもを作っていたのか。遺伝の法則によれば、濃い色の方が遺伝しやすいはずなのだが。


 銀髪に濃紺の目、高身長というだけでも十分目立つ紫遠だが、彼の容姿もまた際だっている。肌は白く、外国人の俳優と言われても信じてしまいそうなくらい優美な容貌である。日本人の遺伝子はどこに行ったのだろうか。


 紫遠はなおもいぶかしげな眼差しを送る梨々花に微笑みかけ、南口の方を手で示した。


「それでは、僕たちの店に案内します。今まで美観地区に来たことはありますか?」

「昔、北口にあったテーマパークには行ったことがあるけれど、美観地区はないかな」

「なるほど。あのテーマパークは十年以上前になくなって、今は見ての通りショッピングモールになっています」

「そうみたいね。小学生の頃、学校で割引券をもらって遊びに行ったなぁ」


 一度、大型ショッピングモールに生まれ変わった元テーマパーク敷地を見やったのち、梨々花は紫遠について南口へと向かった。











 倉敷駅の南口を出た先は実質二階で、左手には百貨店、右手にはホテルがある。コの字型になっている通路を歩き、その先にある階段を下りると駅前の大通りに差し掛かった。コの字の内側がバスターミナルとタクシー乗り場となっている。


「ここを真っ直ぐ歩けば、美観地区との交差点に到着します」


 そう説明する紫遠を、梨々花は日傘の下からそっと覗き見る。

 改札からここまで歩いていて、気になったことがいくつかあった。


 まず、紫遠の非常に目立つ銀髪。「地毛です」と言っていたこの髪の色だが、不自然なほど皆の注目を浴びないのだ。

 黒や茶色なら、通行人もさして目にとめないだろう。だがここまで輝かしい銀髪となると、すれ違う人が注目してもおかしくない。だが梨々花の予想を裏切り、通行人は紫遠の髪の色に一切注目しないのだ。


 もう一つ。今梨々花は日傘を差しているのだが、直射日光を遮ってもアスファルトから立ち上るような熱気で肌はじっとり汗を掻いている。だというのに、隣を歩く紫遠は汗ひとつ掻いていないのだ。かんかんと照りつける夏の日差しの下でも涼しそうで、銀髪も汗で固まったりすることなくさらりさらりとうらやましいほど滑らかに揺れている。


 梨々花は目を細める。


 何か、おかしい。


 髪や目の色、汗を掻かないところを除けば外国人顔の美青年といった感じなのに、彼の周囲だけ異質な空気が漂っているような感じがするのだ。

 梨々花の視線を感じたのか、大通りの説明をしていた紫遠がこちらを見下ろしてくる。


「どうかしましたか? ……あ、もしかして疲れました? お疲れなら、あそこでタクシーを拾いましょう」

「……あ、いや、そういうわけじゃないの。ちょっとなら歩けるし」

「お金なら僕が払いますよ」

「いや、そこまでおんぶに抱っこされるは、年長者としてだめだと思うから」


 すかさず紫遠が財布を出そうとするものだから、梨々花はその手を軽く押さえた。

 非常に大人びた見た目の紫遠だが、由理子おばさん情報によれば梨々花の方が年上だ。今日初めて彼と知り合った梨々花だが、「親戚のお姉さん」としてのプライドは少なからずあるのだ。


 そう思っての行動だったが、なぜか紫遠は驚いたように梨々花を凝視してきていた。ポケットから財布を出した格好のまま硬直する紫遠に、梨々花はおそるおそる手を引っ込めて問いかける。


「……どうしたの?」

「……え? あ、いえ、すみません。嬉しくて、つい」

「え、嬉しい?」


 いったい何が嬉しかったのだろうかと問うたが、紫遠は気まずそうに視線を逸らすだけだった。


「……いえ、何でもありません」

「気になる」

「……お気になさらず。ほら、タクシーに乗りましょう」

「タクシーはいいってば。確かに暑いけど、倉敷の町を歩いて眺めたいから」


 町並みが気になるのは本当だが、「タクシーは運賃が高いから」というのが一番の理由である。紫遠は自分が払うと言っているが、そういう問題ではない。


 だが紫遠は梨々花が思っていたよりもその返答に満足したようで、「そういうことなら」とタクシー乗りを諦めてくれた。

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