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17杯目 特製超ミニパフェ

「……やっぱり、難しい?」


 梨々花が小声で問うと、紫遠はうなずいた。


「正直、子どもだからサービスしてあげたいと思わなくもない。でも、それがいい方向に動くとは限らない」

「文ちゃんという前例ができてしまったら、正当な対価を支払わずに済まそうというお客が出てくるかもしれないものね」


 人間相手の商売と違い、金という感覚のないあやかし相手の商売は難しい。対価をもらうことになるのだが、正確な為替ルートがあるわけでもない。もともとアバウトで料金を払ってもらっているため、うかつにサービスすることでクレームが入ったり、客同士の関係がぎすぎすしたりしてしまうのだそうだ。


「ちなみにこの宝石なら、いくらくらいになりそう?」

「……母さんがいつもお世話になっている質屋なら、二、三百円くらいにしかならないでしょうね」


 安めの抹茶パフェとストロベリーパフェでも、定価五百五十円。果物盛りだくさんな季節のフルーツパフェとなると、八百円する。


「まあ、ちょっとくらいおまけするのはいいかもしれませんが、さすがに六百円近くするものを半額に値切るのは――」

「……それなら、超ミニサイズを作ってみない?」


 ぽんと手を打って梨々花が提案すると、紫遠は目を丸くした。


「超ミニ――つまり、三百円という予算でまかなえるパフェを作るのですか」

「そう。花屋とかではよくあるじゃない、予算と希望する花の色だけを指定してくれたらお店の人がうまくやりくりしてブーケを作ってくれるっていうの。あれをやってみたら?」

「……なるほど」


 紫遠が考え込んだのはほんの数秒だった。彼は立ち上がって「文ちゃんに尋ねてきます」といったんホールに行き、そしてすぐに戻ってきた。


「味などに特に指定はないから、お小遣いの範囲で作れるものを作ってほしい、とのことでした」

「よし、それじゃあ頑張ってみようか! ……あ、ごめん。作るのは紫遠だよね」

「……確かに調理するのは僕ですが、僕は梨々花さんの意見も仰ぎたいです」


 紫遠は微笑み、とんとんと冷蔵庫を拳で叩いた。


「……限られた予算、限られた食材で課題をこなす――これ、高校で調理の授業を受けたときにも教わりました」

「あっ、そういえば私も、フレンチやイタリアンを作れる人だけじゃなくて、今ある食材を駆使して素朴な料理を作れる人も、同じくらいすごい料理人なんだって聞いたことがある」

「そういうことです」


 うなずいた紫遠は冷蔵庫に貼り付けていたホワイトボードを外してテーブルに置き、ホワイトボードマーカーで食材の名前を書き連ねていく。


「……今、在庫に比較的余裕がある食材はこれだけです」

「ううーん……結構あるけど、高価なものは使えないよね」

「そうです」


 続いて紫遠は、値の張る食材に斜線を入れる。岡山県産のマスカットや清水白桃、ハウス栽培のため割高になっているイチゴなどは泣く泣くあきらめるしかない。


「あと、文ちゃんがお母さんのところまで持って帰ることを考えると、アイスとかは使わない方がいいかもね」

「そうですね。あやかしの国に帰るまでにどれくらいの時間を要するのかは分かりませんが、この暑さでアイスは溶けてしまうでしょう」


 メロンシャーベット、バニラアイスにも斜線を入れる。これだけで、食材はかなり限られてきた。


「……最近、ちょっとコーンフレークが高いんですよね」

「意外。コーンフレークって……その、嵩増しのために使っていると思ってた」

「それは否定はできませんが、仕入れ価格に関しては業者の都合やそもそもの素材の生産量によって左右されることが多いですね。というわけで、今はなるべく使用量を控えて……」

「生クリームは使えそう?」

「大丈夫です。どうしても生の果物は価格が高めになるので極力省いたとしたら――抹茶パフェ用の小豆、ストロベリーパフェ用のソース、カットした缶詰マンゴー、あとは……夜彦さん用の黒糖ソースがありますが――」

「……ゲテモノになりそうね」

「間違いなく」


 そうして話し合った結果、コーンフレーク少なめで生クリームで嵩を増し、果肉を取り除きイチゴソースを掛けた上にビスケットを差すという超ミニパフェを作ることになった。予算はもちろん、子どもである文が持って帰るということも想定に入れ、トッピングしたものが垂れたり零れたりしないように配置にも気を付けなければならない。


「すぐに作りますので、梨々花さんは文ちゃんの相手をして待っていてくれませんか?」


 エプロンを身につけた紫遠に言われ、梨々花はうなずく。


「分かった。……その、よろしく頼むね、紫遠さん」

「ええ、任せてください」


 紫遠の微笑みはいつもと変わらないはずなのに、今日はやけにまぶしく思われて梨々花は目を細めた。









 ホールに戻ると、文は相変わらずおとなしく待っていた。緊張していることに加え、もともと物静かな性格の子なのだろう。


「お待たせ、文ちゃん。今紫遠さんが作ってくれているから、もうちょっと待っててね」

「……うん。あの、これ、みてもいい?」


 おずおずと文が示したのは、テーブルの隅に立てかけているメニュー表。ちらっとパフェのイラストが見えるので、気になっていたのだろう。


 梨々花は微笑み、文の隣に座ってメニュー表をテーブルに広げた。


「これ、うちのお店で売っている商品一覧ね。……といっても、数は少ないけど」

「……これが、ぱーふぇ?」


 文のふくふくとした指が、季節のフルーツパフェを示す。


「そう。ここに人間の文字で、季節のフルーツパフェって書いているの。今紫遠さんが作っているのは別のパフェだけどね」

「……これは?」

「これは、メロンソーダって言うの。えーっと……甘くて、飲んだらお腹の中がしゅわしゅわするのよ」

「しゅわしゅわ……」


 文は目を見開き、さっと自分の腹部に手をやった。あやかしの国には、炭酸飲料がないのだろう。

 そんな仕草もかわいらしく、梨々花はふふっと笑ったが――


 ぱんっ


「お邪魔しまーす! 今日は人間向けには定休日……あれぇ?」


 勢いよく扉を開いて登場したのは、緑の鱗の肌とマリンブルーの髪を持つ美女。文と同じく、朝っぱらからここに現れるはずのない者。


「……こ、小春姫さん!?」

「おはよ、あんたに報告したいことがあってついつい朝に来ちゃった。……で、その子は何? 紫遠との子? 人間ってばほんと、生まれるの早いわねぇ」

「違います!」

「うん、分かってる。見たところ、何かの植物のあやかしね」


 フナのあやかしである小春姫は文を見、にっと微笑んだ。


「どうも。あたしはそっちのお姉ちゃんに用があるから、お嬢ちゃんの用事が終わるまではおとなしく待ってるからね」


 どうやら小春姫は、こんな朝早くに子どものあやかしがいるのを見て大体のことを察してくれたようだ。そんな彼女はカウンター席に座り、ふんふんと鼻歌を歌い出した。機嫌がよさそうである。


「はい、特製超ミニパフェお持ち帰りのお客様――って、声がすると思ったら小春姫さんですか」

「やあ、紫遠。今日も美男子ね」

「……ありがとうございます」


 紫遠はへらりと笑う小春姫に少しだけ引きつった笑みを返し、手に提げていた紙袋を文の前に置いた。


「これ、持ち運びがしやすいようにプラスチックの容器にして、厚紙で支えているんだ。あまり激しく揺さぶらなかったら無事に持って帰られるはずだから、気を付けて持って帰ってね」

「……! う、うん、ありがとう!」


 紙袋を覗き込んだ文はぱあっと笑顔になり、紫遠に宝石を渡してはにかんだ。


「あの、あの。すてきなぱーふぇ、つくってくれてありがとう!」

「どういたしまして。もしお母さんが元気になったら是非、一緒に来てね」

「うん! おねえちゃんも、ありがとう!」


 文は紙袋を誇らしげに提げ、ととっと戸口へ向かった。両手が塞がってしまっているので、慌てて梨々花も席を立って文のために戸を開ける。


「それじゃあ、文ちゃん。気を付けて帰ってね」


 冷房で冷えた店内に熱気が入らないよう、後ろ手に戸を閉めて梨々花が声を掛けると、橋の手前までとことこ歩いていた文が振り返り、こっくりうなずいた。


「うん、きをつけてかえる。……あのね、おねえちゃん」

「うん?」

「さっき、文にこえをかけてくれて、うれしかったの」


 文が微笑む。

 夏の風が吹き、梨々花のスカートと文のおかっぱ金髪を優しく梳る。


「文ね、にんげんとおはなししたの、はじめてなの。ほんとうは……ちょっとこわかったの。でも、おねえちゃんはやさしくしてくれたの。……ありがとう」

「文ちゃん……」

「文ね、おかあさんにもおはなしするの。おねえちゃんのこともおはなしするからね」


 そう言うと、すうっと文の体が宙に浮いた。えっ、と思ったのもつかの間。文は心底楽しそうに笑いながら宙に浮かび、川辺に生えている柳を越え、そして夏の空へと消えていった。


 梨々花はしばらく、文の消えていった空を眺めていた。それまでは少しだけぼんやりとしていた周りの喧噪が耳に届き、梨々花のすぐ側を地元の人らしき中年男性が汗をハンカチで拭きながら通っていく。


「……ありがとう、か」


 梨々花はいたずらな夏風にかき乱された髪を掻き上げ、くるりときびすを返した。









 文を見送るために梨々花が店を出て行く姿を、小春姫は頬杖をついて見守っていた。そして彼女は首をひねり、閉ざされた戸を同じように見つめていた紫遠に気づいて小首を傾げる。


「……紫遠。あんた、雰囲気変わった?」

「そうですか?」


 紫遠の濃紺の目を向けられ、小春姫はマリンブルーの髪を掻き上げてうなずいた。


「なんていうのか……十日くらい前に来たときと比べると、表情が豊かになったような気がするのよ。やっぱり、梨々花のおかげ?」

「……もし僕の表情に変化が表れたのならば、それは間違いなく梨々花さんのおかげでしょう」


 思いがけず素直に肯定され、小春姫は軽く瞠目した後、おもしろがるように口の端をつり上げた。


「ふぅん? 叩いてもつねっても顔色一つ変えない紫遠が、十日そこらの付き合いの子に振り回されるなんてね」

「……人とあやかしのハーフとして生まれて十八年。彼女は母以外に、僕の本当の姿を見ることのできる初めての人間でした」


 紫遠は静かに語る。

 表の方で、文が楽しそうに笑う声がかすかに聞こえた。


「僕はずっと迷っていました。でも、梨々花さんなら……迷う僕に道を示してくれるかもしれないと期待してしまったのです」

「……それは、恋とか愛とかじゃなくて?」


 恋愛体質の小春姫が真面目な顔になって問うと、紫遠は苦笑した。


「恋や愛だ、と断定できたなら、僕はきっと――」


 紫遠が言葉途中で黙った直後、戸が開いた。


 小春姫は、店内に戻ってきた梨々花を見てそれまでの態度が嘘のような笑顔で「おかえりなさい、梨々花さん」と言った紫遠を見ると、わざとらしいほどの笑みを浮かべて梨々花に駆け寄った。


「聞いてよ、梨々花! 新しい恋人がさぁ――」

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