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11杯目 イケメン店員は鈍感

 昼間の接客は、人間相手。


「……つーかさ、あの店員、超イケメンじゃね?」

「分かる。なんかきらきらしとるよな」


 女性グループが会話する声に、客を見送っていた梨々花はふと耳をそばだてる。


 時刻は昼過ぎ。四人テーブルを使っている二人組の女性客は、昼前からそこにいた。方言をしゃべっていることからして、遠くから来た観光客ではなく比較的近場から来た女性客だろう。


「連絡先教えてくれると思う?」

「どうだろ。ってか、うちらより年下じゃね?」

「っぽいなぁ。彼女おるんかな?」

「聞いてみりゃぁええが」

「えー、恥ずかしっ」

「きもっ」

「うっさいわ」

「……梨々花さん。これ、三番テーブルにお願いします」


 紫遠に呼ばれたので梨々花はカウンターを回って、彼からパフェとジュースが載ったお盆を受け取った。


「もう一つのパフェは、もうちょっとしたらできると伝えてください」

「了解です」


 料理を客のもとに運んだ梨々花は、先ほどからきゃっきゃと声を上げる女性客をちらっと見やった。


 なるほど、やはり紫遠はモテるようだ。

 オオカミのあやかしである父親譲りらしき色は、彼女らには見えない。だが整った美貌は汗一つ掻かず涼しげで、背も高い。当然手足も長いのでバスケットボールの選手などが向いていそうだ。ただ、本人は運動は好きではないようだが。


 あやかしの血を引いているとはいえ、これほどのハイスペックな彼が自分にとってはとこという間柄であることが未だに信じられない。


「……あの、すみませーん」


 少しだけぼうっとしていたら、例の女性客に呼ばれた。


「はい、ご注文でしょうか?」

「いえ、注文じゃなくて……」


 そう言って恥ずかしそうに目線を逸らすのは先ほど、紫遠に恋人がいるのかを気にしていた女性。向かいの席の連れが、「さっさとせぇ」と面倒くさそうな顔で促している。


「……えっと、これをあの店員さんに渡してくれませんか!」


 意を決したように告げると共に、彼女は梨々花に折りたたんだ紙を渡してきた。

 これは、もしかしなくても。


「あの、もしよかったら連絡くださいって言ってください! だめならその、全然いいんで!」


 女性客は真っ赤になりながら言い、連れが「まじウケる」とからかう。

 梨々花はしばしぽかんとしていたが、すぐに営業スマイルを思い出して紙をポケットに入れた。


「……分かりました。渡しておきますね」

「ありがとう!」


 女性客はぱあっと笑顔になる。連れの女性はそんな友人の横顔をスマホで撮影し、「拡散しよ」と呟いていた。


 まもなく、会計を済ませた二人組はなにやら言い合いをしつつ店を出て行った。風圧でのれんが揺れるのを眺め、梨々花はそっとポケットに手をやっていた。










「……僕に手紙?」

「ええ、昼間の女性客から」


 その日の夕食時、梨々花が預かっていた紙を差し出すと、その中身を見た紫遠は困ったような顔になった。


「うーん……」

「あ、あの、連絡があればいいけど、だめなら全然構わないって言ってたから」

「それはそうでしょうが、かといって無視するのもよくないかと思って」

「あんた、昔からやたら女の子に好かれとったよなぁ」


 紫遠の隣でシーフードパスタを食べていた由理子おばさんが、おもしろがるように笑いながら言った。


「最初は同じ幼稚園の茉莉まりちゃんだっけ? あんた、『しおんくんがすきです!』って言われたのに、『いや、ぼくはべつに』って返して相手の子を泣かせとったよねぇ」

「……当時は馬鹿正直だったんだよ。今はそれなりに分別が付いている」


 そう言い返す紫遠の白皙の頬は、ほんのり赤く染まっていた。


「とにかく、このお客さんを無下にするわけにもいかないし……ああ、そうだ。梨々花さんならどう思いますか?」

「え、私?」


 ほんのりレモンの香りのする水を飲んでいた梨々花は、きょとんと目を丸くした。


「どうして私なの?」

「同じ女性として、梨々花さんならどう思うかご意見を聞きたくて」

「うーん……彼氏がいたのもずっと前の話だし、参考にはならないかも」

「えっ」

「え?」

「あ、いえ。……その、梨々花さんならどう思うかが聞きたいので、忌憚ない意見をお願いします」

「えーっと……私がそのお客なら、ってことよね。そりゃあ、返事がもらえたら嬉しいよ。でも――」

「はい」

「……私の個人的な見解になるけど、そのお客さんはどちらかというと、紫遠さんに彼氏になってほしいというより、純粋に連絡がほしい、一言言葉を交わしたかったんじゃないかな、と思うんだ」


 なぜそう思うのか、と聞かれれば、「女の勘だから」としか言いようがない。だがあの女性客は、「紫遠から連絡がもらえる」ことを望んでいるのではないかと思うのだ。

 遊びに行こう、付き合おう、というのよりももっと段階が低くてもいい。格好いいと思った人とほんの一時でいいから言葉を交わしたいという思いは、梨々花もよく理解できた。


「だから、メールだけでも送ってみたら? 電話だったら切るタイミングとかに困るかもしれないけれど、メールならその気になれば事務的に終わらせることもできるから」

「……どのような文面がいいでしょうか」

「そうだねぇ……ご来店ありがとうございます、是非また来てください、そのときによかったらパフェの意見を聞かせてください、でいいんじゃない?」

「そんなのでいいのですか?」


 梨々花よりも身長が高くて大人びた印象のある紫遠だが、恋愛ごとには奥手で経験も浅いようだ。その隣では母親の由理子おばさんがハンカチを噛んで笑いを堪えているということに、彼は気づいているのだろうか。


「だって、紫遠さんにはそのお客さんに特別な感情はないんでしょ?」

「それはまあ、僕はその人の顔すら分かりませんし」

「だったら、ほぼ事務的な内容でいいじゃない。最後に一言『またのご来店をお待ちしております』みたいに紫遠さんの一言を添えておけばいいと思うよ。もしそのお客さんがまだ紫遠さんに興味があるなら、また来るはずだし」

「……なるほど。分かりました、ではそのように返信しますね」


 納得いったようにうなずき、紫遠はポケットからスマホを取り出してメールを打ち始めた。


「……リリちゃん、こっちこっち」


 名を呼ばれて顔を上げると、つい先ほどまで紫遠の隣でぷるぷる震えていた由理子おばさんが空になった皿を手に、調理場ののれんの前に立っていた。


 梨々花も自分の皿を手におばさんの後を付いていくと、彼女はシンクに皿を置いた後、くつくつと笑い出した。


「ねえ、分かったでしょ? うちの息子の天然タラシ具合」

「え、ええ。格好いいとは思ってましたが、やっぱりモテるんですね」


 由理子おばさんと二人、シンクの前にしゃがみ声を潜めて話をする。


「そうなのよ。旦那もそうなんだけど、あの子も結構硬派でね。幼稚園から高校までひっきりなしに告られてきたのに、全部お断りしてんの。しかも、へたくそな理由で断るものだから相手の女の子を泣かせるし怒らせるし。女の子に殴られて帰ってきたこともあったっけ」

「うわぁ……」

「普通に育てたつもりなんじゃけどなぁ。あたしとしては、リリちゃんが来てくれて本当に助かったんよ」

「え、どうしてここに私が?」

「リリちゃんはあたしと同じで、あやかしを見ることができる。あんたは知らないと思うけど、あんたが来てから紫遠は明るくなったんよ」


 あやかしを理解してくれる人がいるからかな、と由理子おばさんは少しだけ悲しそうに笑った。


「……リリちゃん。ここでバイトをしてもらうのは夏の間だけだけど、よかったら新学期になってからも、紫遠と連絡を取り合ってくれんかな」

「私が、ですか?」

「よかったら、でええからな」


 由理子おばさんはそう言い、よいしょっと腰を上げた。

 もう、その黒々とした目に憂いの色は残っていなかった。

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