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0杯目 東京にて

※この物語はフィクションです。倉敷を題材として作ってはおりますが、登場する人物・団体などは実在のものとは関係ありません。


※実際の倉敷の町並み・様子などとは異なる点があるかもしれませんが、ご了承ください。


※西日本豪雨をきっかけに書いた小説ですが、物語の舞台は、2018年の夏ではありません。パラレルのような何かだと思ってお読みください。


岡山行ってみよー、桃うまそー、と思ってくだされば幸いです。

 たたんたたん、と車体が一定のリズムを刻む。


「ねぇ、どーしてでんしゃにのったら、たたんたたん、っておとがするの?」

「えーっとね……確か、線路と線路が繋がっている部分を電車が通るときに音が出るんよ」

「へぇー」


 近くの席に座る親子がそんな話をしている。

 梨々花 りりかは目を細めて、車窓を流れゆく田舎風景を見つめていた。









『先日は弊社にお越しいただき誠にありがとうございました。

検討をいたしました結果、誠に残念ながら、このたびは採用を見送らせていただくこととなりました。

ご応募いただきましたことに御礼を申し上げますとともに、高橋様の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます』


「で、出たぁー。お祈りメールぅー」


 パソコンの画面に浮かぶ無機質な単語の羅列に、梨々花ははっはっは、と乾いた笑い声を上げた。


「お祈りメール数、こうしーん……いっそ専用ボックスでも作ってやろうか」


 大学三年の夏から就職活動を始めて、早一年。企業の内定は一つも取れず、パソコンのメールフォルダにはいわゆる「お祈りメール」がたまっていくばかり。


「この前のはいい感触だったと思うのに……うまくはいかないかぁ」


 頬杖をついてぽちぽちとメールをフォルダに分け、梨々花は深いため息をついた。

 先日、梨々花と同じ大学四年生の友達に就活状況を確認したのだが、「内定もらった」は三割程度。ほとんどは梨々花と同じく「お祈りされた」で、ごく一部は「教員採用試験を受けるから、就活はしない」などとのことだった。


 興味のある分野を活かせる企業に勤めて、ばりばり働きたい。

 そんな夢は早々に諦めている。何しろ、えり好みしている場合ではないのだ。就活生こちらは選ばれる立場、企業あちらが選ぶ立場なのだ。「この業種はなぁ……」なんて言っている場合ではなかった。


「今日も今日とて、フォルダにお祈りメールがたまってゆくー……ん?」


 パソコンの「更新」ボタンをクリックすると、メールフォルダに「新着」の赤印が浮かんだ。


「……またお祈りか?」


 ぼやいてメールアイコンをクリックした梨々花だが、フォルダの一番上に現れたメールの送り主名を見て目を見開く。


 ――高橋由理子。


「……由理子おばさん?」


 由理子おばさんとは、梨々花の父親の従妹だ。梨々花の地元である岡山県でシングルマザーとして暮らしている。「父親が誰か分からない子を産むなんて!」と祖父母世代からは白い目で見られてきた由理子おばさんだが梨々花の家族との仲は良好で、小さい頃は倉敷にある彼女の家に何度か遊びに行ったことがあった。


 ただ、それも十年近く前のことで、おばさんにメールアドレスを教えた覚えはない。なぜ最近作ったパソコンアドレスを知っているのだろうかと思いながらメールを開いた梨々花だが、理由はすぐに分かった。アドレスを教えたのは梨々花の母だったようだ。




 ――お久しぶりです、リリちゃん。


 メールアドレスは、優子さんに教えてもらいました。リリちゃんは東京で頑張っているかな?


 いきなりメールしたのには理由があります。

 リリちゃんは今年の夏休み、こっちに戻ってくる予定はありますか?


 私は今、息子と一緒に倉敷でカフェを経営しているのだけれど、この夏だけちょっと人手がほしい状況になりました。

 事情があってバイトを雇うわけにもいかないのだけれど、かといって息子一人だと不安なことも多いので、もしよかったら大学の夏休みが終わるまででいいから、リリちゃんに手伝ってもらいたいのです。もちろんお給料も払います。


 リリちゃんには就活があるだろうから、無理は言いません。でも、一度寄るだけでも店に来てくれれば嬉しいです。


 今年の夏も猛暑らしいから、体には気をつけてください。

 お返事を待っています。


 高橋由理子




 メールの下方には、由理子おばさんが経営しているらしきカフェの住所が記されている。興味を惹かれてネットで検索すると某飲食店紹介サイトがヒットし、岡山県倉敷市美観地区の地図の一点が示された。親子で経営している小さな店だからか、ホームページはなさそうだ。


「カフェねぇ……」


 梨々花も、就活を始める前は駅前のカフェでウエイトレスのバイトをしていた。接客に向いていたのか店長や客からの評判もそこそこよかったし、梨々花自身も楽しかった。由理子おばさんと息子の二人で経営しているのなら、バイト同士の関係や雇用主からのパワハラなどに悩むこともないだろう。


「……由理子おばさんの息子って、どんな子だっけ?」


 ふと、梨々花は呟く。

 由理子おばさんに最後に会ったのは高校生の頃。当時はカフェを経営しているなんて聞かなかったから、きっとこの四年間で立ち上げたのだろう。独特の雰囲気を持っており、いろいろな意味で四十歳には思えない女性だった。


 未婚で子どもを産んだというのは知っているが、その子に会った覚えはない。確か年齢は梨々花よりも少し下で、そういえば男の子って言っていたな……という程度だ。


 あの由理子おばさんの息子というのがどんな人なのか、結構気になる。バイトをするかしないかは別として、遊びに行くだけでもいいのではないだろうか。就活で煮えたぎった頭には、ちょうどいい気分転換にもなるかもしれない。


 そう思った梨々花は早速、由理子おばさんへの返信を打ち始めた。

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