夢
私は夢を見る。とあるファンタジーな夢。
大きな世界。平らな世界に僅かな海と広大な大地がある。それはとある大河を隔て2つ別れており、それぞれを魔族、そして人族が支配している。
人族には勇者がいて、信頼すべき三人の仲間がいる。
魔族には魔王がいて、それに従う四天王がいた。
剣と魔法が交差し、覇を競い奪い合う。
それはそれは美しい生物のあり方。
喰らい合う、泡沫の夢。
私はそれを、ずっと見ている。
目を覚ます。また夢の余韻が脳裏をゆらゆらと揺れている。
今日は勇者くんが勝った。ここ最近は勇者くんの一人勝ちが続いている。パーティの1人であり恋人でもあった精霊士を殺されてからは、鬼神もかくやといったような戦いを続けている。肉を切らせ骨を断つ。それを躊躇せず実行し、身体の体積のほとんどを抉られながら戦う姿は痛々しく悍ましく、そして圧倒的だった。ただし、まるで勇者には見えない。
その圧倒的な勇者くんの力の割りには、侵攻のペースがそれほど早くない。物語は順々と規定通りに進んでいる。
勇者くんの手にしている力は最早魔王にも届きかけている。実際、魔王に出会えば勝利する可能性すらあるだろう。
そんな一方的な状況でも侵攻が遅々として進まない理由。
それは勇者くんが魔族の殲滅を掲げ、ありとあらゆる魔族を殺して回っているからだ。空の上に隠れようと土の中に隠れようとあらゆる手段を用い、侵攻が為されたエリアの魔族はすべて殺している。精霊士のことが思ったより堪えたみたいだ。かわいそうに。
兎に角、今の彼には人族の勝ち負けよりも、魔族をいかに減らすかが至上の命題であるみたいであった。
「んー。全体の物語のペースは悪くないんだけどなー」
悪ふざけが過ぎたかもしれない。最前線から離れ、平穏のなかで色恋にかまける勇者にイライラした私は、かなり突発的なイベントを起こした。
精霊士を殺すシナリオを立てたのは私だ。操作できる駒のうち、親魔族派であるグループを誘導し、勇者くんの恋人である精霊士を罠に嵌めた。物語を進めたかっただけで意味なんてなかったから、彼女は悲劇のヒロインとして惨たらしく死んでもらった。勇者くんのくだらない初恋で停滞していた状況への苛立ちもあったのかもしれない。
一応本人と分かるよう、適当なところで介入したけど、生きていた当時の彼女の面影はまるでなく、無残に食い散らかされたそれは人の形もほとんど残していなかった。それを見てやりすぎたかなと思いつつも、さらに駒を動かし、勇者くんへ精霊士の残骸を届けてあげた。
勇者くんは、『それ』を見た時しばらく茫然としていた。何が起こっているのかわかっていなかったのかもしれない。黒曜のような目を見開いたままふらふらとその死体に近づくと、傍に置かれた青いバングルを手に取る。たぶん勇者くんの送ったプレゼントだったんだろう。そうして、ひどく悲しそうな表情が、初めて彼の顔に浮かんだ。
けれどそんな悲しみも一瞬。勇者君はすべてを振り払うように、消し飛ばすように、喉が裂けんばかりの咆哮をあげた。
怒りや悲しみ、ありとあらゆる負の感情をごちゃまぜにしたようなその咆哮は街に潜んでいた魔族たちを一瞬震え上がらせた。それほどに彼の感情は昂っていた。
その後、結果だけいうと親魔族派は壊滅。勇者くんは魔族一掃後に、さらに自殺まがいの修練を己に課した。そしてその甲斐あってか、彼の天稟が完全に覚醒した。
やっと物語は動き出す。停滞は終わり運命の歯車はゆっくりと回り始める。動き始めた歯車は、かみ合うように、次々と各地で必要なストーリーが進み始め、世界全体に活気を促している。
私はいま、そこそこ満足している。『物語を進める』という当初の目的にも大凡沿っている。
ただその中心にして、最も大きな歯車である勇者くんの動きが早すぎる。
もう既に四天王が2人潰された。交戦なんてものじゃない。出会い頭の一太刀で溶けてしまった。
魔王に次ぐ魔族の頂点がこの有様。全く持って予想外である。
これではいつか物語のどこかで軋みが出るだろう。勇者くんの強さの歪みはそれほどまでに大きい。
それになにより、こんな一方的な展開は。
『私』が、面白くない。
「難しいなぁ」
このままでは勇者があっさり魔王を食う。
たしかに魔王は強い。技術や身体能力はおおよそ人の敵うものではない。そう作った。
だが、対する勇者くんの強さの上限が読みきれない。人の強い感情は全てをひっくり返す怖さがあることが体験して初めて分かった。
「天秤は、釣り合わないと。これじゃあ、不公平だもんね」
私は魔王の強化を決意する。でも、強化の形はどうしよう。この物語に魔族への支援は存在しない。魔族は完成され完結した種族なのだ。成長なんてないし、神といった偶像に頼る程弱い存在ではない。そこに神の祝福なんて奇跡を取り入れたら物語のバランスが取れなくなる。
「なんかないかなー」
ぱっと思いつくいいアイディアもない。とりあえずダメそうな案を並べ脳内で検証しつつ、出る準備をする。
取り留めのない思考とは裏腹に手はさっさと動き準備が終わる。
「いってきまーす」
そうして今日も、私は家を出た。