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7 少女へと

急いで乗り込んだ車の中で菖蒲はなんとかうまくごまかせたと胸を()で下ろした。

翠子のことは宝珠には内緒にしておこう。

左大臣邸へと到着すると、屋敷の様子がどことなく慌ただしい。

新年の挨拶に客人でも来てるのかなと思っていると、忙しそうに指示を出しながは乳母の小栗が出迎えた。

帰りの早い菖蒲に驚きつつもまた小言でも言い出しそうに息をつく。

「仕方ありませんね、常葉様が呼んでおられますのでこちらへ」

と腕を引いて屋敷の中でも一番北の椿の(とう)の誰も住んでいない部屋へと案内された。

空き部屋だったはずの室内には見たことのある、むしろよく知っている調度品が配置され、その中央には祖母が座っていてどこか剣呑(けんのん)な笑みを浮かべている。

「おばあ様、ただいま戻りました。何かご用……」

言い終わらないうちに祖母が扇で床を叩く。

「菖蒲、あなたはもう幼子ではなく少女なのよ。大人の女性となるまであまり時間がありません」

昨日の昼には泣いていた祖母が、どこが(おごそ)かで有無を言わせぬ空気を(まと)っている。

言葉遣いはいつも通り優しいものの、何かがおかしい。

「お部屋の準備もまあまあ整ったわね。あなたは今日からこの北の椿の棟で生活し、大人の女性として必要な作法、教養など全てを身に付けてもらうことにしたの」

菖蒲は分けもわからず本能的に身を退く。

紅葉(もみじ)からは随分と前からお願いされていたのだけれど……」

孫可愛さについつい甘くなってしまっていたから、遅れた分を取り戻さないといけないわ。

そう呟く祖母の話も菖蒲は聞き流して、昨夜届いた母からの文を思いだす。

「婚約おめでとう。いつでも結婚できるようにしっかり教えますからね、もう安心よ」

嬉しそうな祖母に握られた手を振り払う事もできず菖蒲は「婚約」という言葉の意味を理解出来ずに考えた。

なんだか嫌な予感がする、そういえば昨夜は母からの文が届いていたわ。

めぐる思考の中で菖蒲は走りだした。



そもそも翠子決定の書状が届いたばかりの混乱のなか、その夜に外出が認められたことがおかしかったのだ。

そして新しい晴れ着、振り分け髪と続いて、同じ屋敷内とはいえ今まで住んできた東の桜の棟から北の奥の椿の棟へ移されるなんて。

急いで文を確かめなければいけない。

左大臣の屋敷には住居用だけで東西南北に8つの棟があり、それぞれに祖父母、母の兄弟、祖父の兄弟など一族が集まって暮らしている。

宮中に似せて作られた屋敷はあまりにも広く、北の棟はいくつかある玄関のどれからも遠く奥まっている。

椿の棟のほとんどは使われず空き部屋で、私が結婚したときに住む予定と言われた場所だ。

この国では結婚すると夫が妻の家に通うことが多く、男は実家を継ぐか、出世して屋敷を持つようになるまでは妻の実家にお世話になる。

叔父達のように祖父の仕事を支えている場合や、夫の家柄が妻より高い場合は夫の実家に住むこともあるのだけれど。

その椿の棟に住むということ、祖母の婚約発言、縁談の単語が頭を埋め尽くす。

椿の棟に移された荷物から文箱を見つけ出すと、母からの文を取り出して急いで文字を追う。

翠子の選定に選ばれたことで不安だろう娘の心中を案じることから始まり、連絡が遅くなったことへの謝罪。

翠子の選定については事情があり母自らが了承したこと、長くて数年その役目を受け入れる事で褒美として良い縁談が決まったと、またそれらの事は極秘であり他言してはいけない事が記されていた。

祖母に高貴な姫君としての(しつけ)と教育を頼んであり、これからはしっかり学ぶようにとあった。

最後になぜか宝珠に会うようにと締め括(しめくく)られている。

宝珠の家から勢いで帰ってきてしまったが、そもそもは宝珠に会わせる為のお膳立てであり、用件を聞く前に思考が暴走したあげく帰ってきた事で潰してしまった。

母の怒りに触れる事が案じられる。

「どうしよう……」

宝珠のお(まね)きへのお礼も書けぬまま、思い悩んだ菖蒲は頭が容量を超えたせいで1週間も熱を出し寝込んだのだった。


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