6 雪の舞う日
宝珠が住むお屋敷へは牛が引く車でゆっくりと向かい、到着するとお屋敷の正門から玄関へと直接乗り付ける。
今までなら馬でお屋敷の横の門から入り、庭と廊下を繋ぐ階で靴を脱いでいたので部屋までの道が分からない。
仕方なくしずしずと歩く品の良い女房に案内されて向かった部屋には、いくつもの火鉢に囲まれた宝珠が笑顔で迎えてくれた。
思わずいつものように駆け寄ろうとしてハッとする。
いつもと違う装いに、気恥ずかしさと変ではないかとの不安から声も小さくなる
「宝珠、半月ぶりね……あの、新年おめでとう」
おずおずとそれだけ口にすると扇を開いて顔を隠す。
耳まで赤くなってる事を感じながら、部屋が暑いわねと火鉢のせいにすると招待の礼を口にした。
「あやめちゃんいらっしゃい、新年おめでとう。今日はとてもきれいな姿だから驚いたよ、とってもかわいいですね」
来てくれて嬉しいと微笑む宝珠もまた今年で9歳になる同じ歳の男の子。
髪は背中に届くというのに幼子のような尼削ぎのままにしていて、紅色の袴に二つ色という襲の袿を着て汗衫を羽織っている。
まるで少女のお人形さんのような少し古風な衣装がよく似合う宝珠は菖蒲の自慢の友達だ。
出会ったのも3年前の雪の舞う冬で、翌年の夏になるまで女の子だと思い込んでいたほどに可愛いらしい。
顔立ちは珠のようだとよく称されるらしい。
扇を手放し宝珠の手を握り
「宝珠の方がずーっと可愛いわ」
宝珠と出会うまで、美しいとか可愛いなどと容姿について考えたこともなかったのだ。
菖蒲にとって宝珠はその絹のような濃紺の髪に長い睫毛に縁取られた藍色の瞳も、桜色のぽってりした唇も薄く朱がさす頬も初めて羨ましいと思った。
その日は慌てて帰って鏡を覗きこみ、自分の容姿をマジマジと眺めてガッカリしたものだ。
父親に似ていない顔は平凡な黒髪黒瞳で髪は太く真っ直ぐで宝珠のような柔らかさが無く、睫毛は短かくも長くもなく、目は大きめだけど眼差しはキツめで眉毛はやや太く凛々しく美しいとか可愛いの範疇にないことは菖蒲でも理解できた。
後日、落ち込む菖蒲に宝珠は優しい笑みで
「お日さまの下で見ると黒い瞳が夜空のように輝いて見えるのですね、あやめちゃんの方がとってもきれいです」
以来、菖蒲にとっては自慢の瞳となった。
「僕も振り分け髪にしようかな」
近頃の宝珠は男の子の衣装を着たいようでいつまでも幼子扱いはされたくないようだけど、娘のようだと溺愛する母にされるがまま幼い女の子の衣装を着せられている。
「それはお母様がさぞさびしがるでしょうね」
宝珠は困ったように笑う。
それから雪うさぎの並ぶお庭を眺めながら一緒にお菓子を食べたり、屋敷の欄干に積もった雪でうさぎを作ったり、父の絵本の話をした。
いつまでも、こうして二人で遊んでいたいと思ったとき、菖蒲は翠子に選ばれたことを思いだしそのまま口にしようとした。
「あのね、宝珠……わたし」
翠子になったから、神殿に入るまではいつでも遊べるのだと言いかけて、翠子になったことを宝珠が哀しむのではと思い至り慌てて口をつぐむ。
宝珠はいつだって話を聞いてくれて、いつも柔らかな笑顔で優しく答えてくれる。
大好きだから悲しませたくない、宝珠の笑顔を守りたい。
ぐるぐると考えるうちに菖蒲の思考は跳んだ。
「わたし、宝珠の騎士になるわ」
目をパチクリさせて
「な……いと?あの絵本にあった確か騎士でしたか?」
戸惑う宝珠に気づかないまま菖蒲はよく分からなくなった頭で思いつくまま言葉を繋げた。
「そう、強くてお姫様を守る騎士よ。私はほら、お祖父様から教えてもらえるから強くなれると思うの」
手を刀のように振り回してみせる。
宝珠はお姫様という言葉を反芻し
「でも、僕は男だからあやめちゃんより強くなると思いますが……お姫様はあやめちゃんの方ですね」
菖蒲は詰まりながら手をバタつかせる。
思わぬ返答に頭の中もまた大混乱だった。
「そ、そうね。私は女だから……そう、背よ」
宝珠が苦い顔をしたことに気付かず菖蒲は言いきる。
「宝珠が私より大きくなるまでよ、小さくてかわいい宝珠は私が守るの。だから心配しないでね」
何が「心配しないでね」なのか自分でもよくわからないまま、菖蒲は逃げるようにそそくさと帰りの挨拶をして左大臣邸へと引き返した。
茫然とした宝珠が立ち直って追いかけた時にはすでに雪が舞いはじめ、風邪をひくと心配した女房たちに外出を止められたのだった。