4 誘い
自分の部屋で夕餉に箸をつけることもなくボーっとしていると、乳母の小栗が届いたばかりの文を二つ文机に置いて食膳の盆を手に立ち上がる。
「たまには食べなくてよろしい。姫様も少しは物事をよく考えていただかないと、いつもいつも遊ぶことばかりで我が儘にお育ちになって。あげくこのまま姫巫女としてお役目が回ってきても小栗は知りませんよ」
小栗は悲しいですと当て付けるように言い捨てた。
もっとも自分が我が儘だなどと考えた事はなったものの、考えが足りないことも遊ぶ気にばかりなることも反論はできない。
文机を見ると1つは母からの文で、白い紙が折り畳まれた簡素な文に嫌な予感しかしない。
その文を文箱に入れて視界から追いやり、もう1通の薄紅の薄様の紙が重ねられた文を留める金の水引を解き文を開く。
その文からは梅の香りがし、名を見ることもなく相手が分かり嬉しくなった。
「宝珠からね」
落ち込んでいたことも忘れて胸が弾み知らずに微笑むと、優しい人柄だとわかる文字を目で追う。
「あやめちゃんへ、新年を寿ぎ御挨拶申し上げます。
お祝いでお菓子をたくさん頂きました。食べきれないので一緒ににと思い、雪のうさぎを作って待っています。宝珠」
嬉しいお誘いに菖蒲はさっそく行くと返事を書いた。
9歳になる菖蒲はまだまだ子供、小栗に色の付いた薄様を選んでもらい、透かしの入った白い和紙に丁寧に文字を書く。
「姫様、もう少し字を練習しなければ数年後には笑われますよ。あちらの方に失礼とならないよう文の香や色のあしらい方も学ばなければなりませんね」
口うるさい小栗に適当に返事をしつつ、唯一の友達で気も合い仲良くしてくれる宝珠に会えることが楽しみで仕方がない。
遊ぶ事となると他はどうでもよろしいのだからと、小栗の小言は続いていたが、耳には入らなかった。
「宝珠に会ったら、父上から頂いた本を読んであげよう」
父から送られてくる異国の本は、菖蒲に異国の言葉を学ばせるためにと集められたもの。
子供向けの物語で挿し絵も多く菖蒲のお気に入りだ。
この国、光翠国の文字や言葉とはまったく違う異国の言葉は、勉学を嫌う菖蒲にとっては難しすぎて覚えることはできないだろうと思われていた。
しかし、父恋しさと物語への興味から子供向けの簡単な本を訳す程度の知識を得ることには成功したのである。
それは父をとても喜ばせ、また父にもっと喜んでもらいたいという思いから菖蒲には珍しい「努力」が今も続いている。
祖父の協力もあり、帝に謁見する異国からの客人を、左大臣自らが屋敷へと誘い込み菖蒲の語学の相手をさせる力の入れようである。
菖蒲は読み終わったばかりの騎士と姫の物語の本を選ぶと、明日が楽しみで仕方がないのだった。