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19 大納言邸にて

大納言邸に到着すると、未婚の姫だけで20人は集まっていた。

他にも既婚者らしき女性も集まり、とても賑やかで華やかな会になっている。

広い庭には敷物が敷き詰められ、そこかしこにお菓子やら飲み物が準備されていて、各々(おのおの)知り合いを見つけてはいくつかに固まって座っている。

久しぶりに会う撫子の姿も遠目に見つけられたが、どうにも近寄りがたい。

まるで場違いのような、自分が浮いているように感じた菖蒲は()()づいて(きびす)を返した。

「あら、どこの誰かと思えば左大臣家の菖蒲殿ではありません?随分と久しぶりですこと」

瑠璃様の高飛車な声に一気に注目が集ってしまう。

一瞬だけ固まっていた菖蒲も仕方なく向き直ると挨拶をする。

「ご無沙汰ですね瑠璃様。お誘いの文のおかげで、こうして顔を出すことができました」

あなたの文のせいで来なければならなくなったと含ませた挨拶に、怒るでもなく悠然と頷いている。

そこへ撫子が近づいてきて

「菖蒲様?本当に来てくださるとは、とても嬉しく思います」

嬉しそうに菖蒲の手を繋ぐと、二人ともこちらへと席へ案内してくれる。

久しぶりに会うのに、前と同じように扱ってくれることが有り(がた)い。

「今日のご招待、ありがとう」

なんとか挨拶も済ませると、撫子は扇を広げて内緒話のように声を潜めた。

「全然出てこないのですもの。瑠璃様にも協力をお願いしたのだけれど、効いたようね」

含み笑いを堪えるように閉じた扇を口元に当てて肩を震わせる。

しばらくして落ち着いたのか、撫子は瑠璃様に向き直ると頭を下げた。

「ご協力ありがとうございます。瑠璃様がいらしてくださり、この会もきっと盛り上がりますわ。」

瑠璃様は飲み物手に取ると、撫子と菖蒲に手渡した。

「気になさらないで、お友達ですもの。(わたくし)も懐かしい顔に会えて嬉しく思っていてよ」

それから顔を見知った姫達に引き合わせてもらい、空白の間の出来事を教えてもらった。

時折(ときおり)花を眺めたり、用意していた歌を披露していると、瑠璃様には大きなため息を付かれてしまう。

「あなたって本当に和歌の才能がありませんのね。もっとよく精進なさい」

結婚は親が決めるか、自分で恋人を見つけるかの二種類しかない。

趣味の良い文の香や色のあしらい方、美しい文字に心を掴む和歌の技術は恋愛には欠かせないのだ。

祖母の尽力(じんりょく)でも修正しようがない菖蒲の和歌には、技巧(ぎこう)情感(じょうかん)も|余韻《よいん」もない。

詠んでいる風景しか()み取れるものがない出来だった。

そのうち姫達の話は色恋のことに移り、父親が部下を連れて帰ってきた時にたまたま姿を拝見して好きになったこと。

兄の友達に見目の良い殿方がいて恋をしているとか。

なかでも行儀見習いとして宮仕えをしている姉を持つという姫が披露した、宮中の公達(きんだち)の順位付けの話が盛り上がる。

菖蒲には興味のない話ばかりでお菓子が進んでいると、不意(ふい)に聞いた名が飛び出した。

「若い殿方の中でも一番の人気は近衛中将(このえのちゅうじょう)様。権大納言(ごんだいなごん)家の三男で、凛々しくて帝の覚えのめでたい出世頭(しゅっせがしら)よ」

興味のないふりで果実水を飲みながら聞き耳を立てる菖蒲の横に、突如入ってきた姫が呟いた。

「その方って冬継(ふゆつぐ)様じゃないかしら」

中納言家の五の姫である雛菊がおっとりと笑いながら座り、菖蒲を見て嬉しそうに手を(つな)ぐ。

久しぶりに会うのに、雛菊もまたあまり変わらない様子だ。

「冬継様のその眼に射殺(いころ)されたいという方も多いそうよ」

少し顔を赤らめて、どこからの情報なのかわからない話を続けた。

射殺されたいなどと、どんな殿方なのか菖蒲は知るのが怖くなる。

冬継の名前に大きく反応したのは瑠璃様の子分達で

「冬継様といえば、雪解けの頃に瑠璃姫様に恋文を送っていらした方じゃないかしら?」

瑠璃様に視線が集まると、誰ともなく事実なのかと先を促した。

「まあ、そういう文なら頂いたことがありますわ」

肯定の声に黄色の声が上がると、瑠璃は困ったように笑う。

「あの方、どうもそういう感じではなさそうよ。実は御簾越しに会ってみたことがあるのだけれど……」

瑠璃様は眉を寄せて

「兄上に紹介されたけれど冷たい印象で、何を話してもまともな返事が返ってこないんですもの。色恋という雰囲気ではなかったわ」

瑠璃姫様を前に緊張していらしたのではとの声に首を振ると、瑠璃は思い出して腹が立ったのか顔を反らした。

もうこの話は終わりにしてちょうだいと扇を閉じると誰も聞けなくなる。

もしかしたら何か情報を得られるかもしれないとは思っていた菖蒲も、まさか縁談相手が他の姫に恋文を送っているとは考えてもみなかった。

そういえば菖蒲は冬継から文を貰ったことがない。

縁談があることも知らないでいるのだろうか。

もし本当に瑠璃様を好きなら、冬継にとっても望まない縁談の可能性がある。

他に分かったことは、凛々しくて、射殺されたい女性が多くて、冷たい印象。

なんだか人としても嫌な相手になってきた縁談相手に、それでも直接会って確かめてみたいと思うのだった。

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