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 日が沈むと地球軍は行動を開始した。地球軍と言っても俺と星野、星野パパしかいない。

「うむ。今日は雲もなくてUFOの観察にはうって付けの日だな。こういう日は向こうも行動を起こしやすいんだ。視界が開けるからね」

 星野パパは相変わらず変なTシャツを着ているがカチューシャはさすがに外していた。手に持った大きなボストンバッグからは受信できていないラジオのような高い音が絶えず聞こえている。


「星野さん、今日もUFO観察ですか? ほどほどにしてくださいよ」

 途中お巡りさんがパパに声をかけるとパパは頭を掻いて笑っていた。

「前に職務質問されちゃったのよ。ヘッド超音波受信機をつけていただけなのにひどいわよね」

 星野が俺にこっそりと教えてくれたが、俺はむしろ警察の仕事に安心を覚えた。


 暗くなった公園は前に来た時よりも人が少なかった。あの時はUFOの出る公園としてテレビで紹介されたばかりだったので、関心も高かったのだろう。

 ぐぅー。静かな公園に俺の腹の虫が鳴いた。時刻はすっかり夕飯時だ。

「ヒデ君、お腹すいたの? あとでママがおにぎり作って持ってきてくれるって」

「へぇ、お母さんも来るんだ」

「ママは後方支援担当だからね。ああ、やっぱり受信機がないと落ち着かないな。ママに持って来てもらおうかな」


 星野パパはカバンをごそごそとあさり、ママにメールを打つ。正直、星野ママが来てくれるのはありがたい。宇宙犬デザイナーとはいえ、星野ママは話しやすかった。星野ママにはすべてを受け入れてくれるようなおおらかさがある。まぁ、そうでなければ星野パパとは結婚しないだろうが。


「じゃあ、このあたりにしよう!」

 星野パパは広い公園の中でも小高い場所にあるベンチを指さした。そのベンチの後ろには茂みがあり、そのわきは階段になっている。

「杏はこのベンチに座って、ヒデ君はそこの茂みにボールを持って隠れてね。マルカヴ星人が現れたらヒデ君はスーパーボールを転がす。そしてそれに気を取られているうちに向こうの茂みに隠れている私が捕まえるから」

 そう言うと星野パパはバッグからフラフープのような謎の武器を手に取り反対側の茂みへと隠れた。そうして俺たちは来るかも分からないマルカヴ星人を待った。



 上を見上げれば息をのむほど美しい星空が広がっている。これだけ星があるんだから宇宙人がいてもおかしくはないが、これから宇宙人が襲撃にやってくるなんて想像もできなかった。

「ドキドキするね、ヒデくん」

 星野は少しだけ振り返り茂みの俺に話しかける。この前はなんだかんだいい感じになったのに、二人の関係は進展どころか迷走していた。

「俺はちがうことでドキドキしたいよ」

 手元にあるバケツいっぱいのスーパーボールからひとつ取り出し、ポンと弾ませてみる。するとスーパーボールは思った以上に大きく跳ねた。いつもなら宇宙オタク全開でマシンガントークをする星野が黙っている。

(今度からこの手を使おう)

 スーパーボールはポンポンと2、3度跳ねるとポンポンポンと小さく弾み、止まりそうなところで手の中に収まる。それを繰り返す音だけが二人の間に響く。


「私はヒデ君の隣にいるだけでいつもドキドキしているよ」

 ポン。思わず取り損ねたボールが階段の下へと転がっていった。


「い、いけね。取ってくるわ」

 俺の心臓が跳ねるスーパーボールのように勢い良く脈を打つ。


「なんなんだよ、アイツは……」


 階段の下で上を見上げると死角になっていて星野も星野パパの姿も見えない。ため息をつき、転がるボールを取ろうとすると目の前を素早い何かが通り過ぎた。そこにあったはずのボールもない。犬? いや犬にしてはトマトのように真っ赤だった。するとどこからともなくポンポーンとスーパーボールが転がり、得体の知れない生き物が現れた。


「な、なんなんだよ、コイツは……」

 タコのような犬、犬のようなタコ……。それは星野ママが考えたマルカヴ犬の実写版だった。そいつがスーパーボールを転がせと犬のようにねだっている。


「マ、マルカヴ犬?」

「モーモー」

 マルカヴ犬が野太い声で応えた。

「鳴き声は牛かよ!」

 俺の突っ込みにマルカヴ犬は嬉しそうにモーモー飛び回っている。


「ナゼ マルカブケン ヲ シッテイル?」

 突如として現れたのは星野のママだった。星野ママは無表情でどこか様子がおかしい。

「星野のお母さん?」

「ホシノ ノ シリアイカ?」

「デハ ヒメハ ドコダ?」

「チカク ニ イル ハズダ。カクレテ イルノカ」

 幾重にも重なり増えていく声の方を見て俺は腰を抜かした。そこには何人もの星野ママの姿があった。


「オマエ ヒメガ ドコニ イルカ シッテイルノダロウ?」

 一人の星野ママが俺に手を伸ばす。

「姫? 姫って誰のことだよ」

「ヒメ、ヒメ、ヤクソクダゾ」

 その目は焦点が合わず正気ではない。ゾンビのように力のない手が俺に触れようとしたその時、カーブのかかった艶やかな髪が俺の前で揺れた。

「彼に触らないで!」

 気づくとマルカヴ犬を抱いた星野ママが俺を守るように立ちふさがっている。

「ヒメ ヒメ」

 ゾンビのようなママたちが一斉に一人のママへと手を伸ばす。

「ワタセ」

「ハヤク ワタセ」

「ヤクソク ダゾ」

 その異様な光景に俺は後ずさりをしたが、目の前のママは微動だにしない。

「何を渡せって言っているんですか?」

「彼らが欲しがっているのはあの人の大事な―—」

 星野ママはちらりと階段上を見た。あそこには星野がいる。


(まさか! 星野を?!)

 俺の体は勝手に星野の元へと動き出す。彼女を守らなければ! 俺は無我夢中で階段に向かい走った。

「モーーーッ!」

 しかし走り出した俺の足にマルカヴ犬が絡みつきその場に倒れ込んでしまった。マルカヴ犬のねっとりとした舌が俺の顔をなめ回す。マルカブ犬の唾液には何か特殊な成分でもあるのか、舐められていると抗えないほどの眠気が襲ってきた。

(逃げろ! 星野! 逃げるんだ!!)

 朦朧とする意識の中、星野ママがつぶやく声が聞こえる。

「しょうがない子ね」

 その言葉を最後に俺の意識はテレビを消すようにぷつりと途絶えたのだった。



 香ばしいコーヒーの香り、楽しく談笑する声、柔らかな枕。柔らかな枕? ゆっくりと目をあけるとそこには満点の星空が広がっていた。

「あ、ヒデくん、目が覚めた? ママがおにぎり持って来てくれたよ」

 俺はぎょっとして跳ね起きた。ベンチで俺が枕にしていたのはマルカヴ犬クッションだった。思わずクッションを投げ飛ばすと星野ママが笑いながらキャッチする。


「ほ、星野! 大丈夫だったのか?」

 当の星野はおにぎりを片手にキョトンとしている。

「ヒデくんこそ大丈夫? 階段の下でママに会って、驚いて伸びちゃったんでしょ?」

「突然声かけちゃってごめんなさいねぇ」

 ママは相変わらずニコニコと微笑んでいる。俺が見たのは夢だったのか。パパが茂みに隠れてコーヒーを飲んでいるところを見ると、まだマルカヴ星人は現れていないらしい。


 星野ママは俺におにぎりとコーヒーをくれた。アルミホイルに包まれたおにぎりはまだほんのりと温かい。

「おにぎりにコーヒーなんてごめんなさいね。パパはコーヒーじゃないとだめなの」

 恐る恐る食べたおにぎりの具は梅干しと昆布で、素朴だがとてもおいしかった。

「そういえばママ、あれを持って来てくれたかい?」

 パパが茂みから顔をのぞかせるとママは白い革のバッグからヘッド超音波受信機を取り出した。

「これよね」

「そうだよ! これこれ! これを光らせればUFOとも交信ができるからね! ん、あれ、電気がつかないぞ」

 星野パパはスイッチを入れたり切ったりするが銀の玉が揺れているだけで何も起きない。


「パパ!! 見て!!」

 星野が空を見て叫んだ。その指さす先には怪しい光が蛇行を繰り返している。

「あ、あれは――」

 星野パパは近視なのかUFOをよく見ようと眼鏡の奥の目を細めた。頭上を飛ぶ青い光。それは俺たちが待っていたUFOではない。

「星野、マルカブ星人は赤だろ」

「カズ君、赤い光って言っていたよね?」

 星野も首をかしげている。

「カズの見間違いじゃないか? あいつならあり得る」

「見間違い……」

 星野は光を見上げながら少し残念そうだった。星野パパはヘッド超音波受信機を装着すると茂みから出て、大きなバッグを広げる。バッグの中にはどう使うのか分からない機器がたくさん入っていた。そしてパパが取り出したのはアンテナ付の双眼鏡だった。

「これは興味深い! あの光、あの透明感、海のように深いブルー! アル・スハイル・ムーリフ星人の観光船を幾度となく見てきたがあんなに美しい青は初めてだ!」

「あれは青色LEDよ。今までのはパワーがなくなると赤くなってしまうタイプだったの。だからマルカヴ星人はずっとLED電球が欲しかったのよ」

 UFOを前に興奮するパパにママは世間話でもしているみたいな調子で言う。パパは双眼鏡を外し、ママのことを見た。パパの真剣な顔がふにゃっと笑顔になる。

「ママの冗談はやっぱり面白いなぁ」

「ふふふ」

 二人は微笑み交わしていた。いつものことなのだろう。パパは何も気に留めない。


『ホントウノコトナノニネ』

 頭骸骨ストレートにママの声が響く。パパも星野も聞こえていない。俺はたくさんの星野ママは夢じゃなかったと確信をした。マルカヴ星人が欲しがっていたもの、それは……青色LED……。

 夜闇の中、星野パパの壊れたヘッド超音波受信機が風に揺れた。


「受信機が壊れているのが残念だが他に何か道具があったはず! あのUFOとの交信を試みてみよう。ママも手伝ってくれるかい?」

「はい、パパ」

  星野パパが再び双眼鏡で空を見上げる。傍らにいる星野ママの視線が俺とぶつかると、マルカブ犬クッションで顔を隠した。タコ頭の怪人が暗闇に浮かび上がる。

(!!)


「あっ――」

 言いかけた俺の手を星野が掴む。

「どうしたの?」

 手をつなぎながら星野が首をかしげた。マルカヴ星人だろうがなんだろうが、この上目遣いを目の前にすればそんなことはどうでもいい。

「なんでもない……いや! なんでもなくない! おい、星野! パパとママの前だぞ!」

 小声でそう言いながらも俺は小さな手が逃げないようにしっかりと握り、繋いだ手を背中に隠す。

「大丈夫、パパはUFOに夢中だし、ママはパパに夢中だから」

 見ればさっきこちらを見ていたママもパパの背中を見つめている。星野の言う通り二人に俺たちは映っていなかった。


「私ね、宇宙の話をしていないとヒデ君とまともに話せないの」

「お前、なんかずるいな」

 目の前にUFOが現れたのに彼女が俺のことを話している。俺はそれで充分だった。 


「そういえば落としたスーパーボールってどうしたの?」

 頭の中でマルカヴ犬がスーパーボールにじゃれている姿が浮かんだ。

「マルカブ犬に持っていかれた」

「え?」

 星野は聞き返したがすぐに笑った。

「ヒデ君の冗談っておもしろいね」

 青い光はピュンピュンと楽しそうに飛び回っている。マルカヴ星人は悪い奴らじゃない。俺は星野にどう説明しようか手を繋いだまま考えていた。

挿絵(By みてみん)



お読み頂きありがとうございました!

ネットで調べたらキュア=対策・治すという意味だったので無理やりですが(^^;

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