出逢い1
{神崎side}
目の前には二冊の小説を俺の部屋の床に並べ、うーん。と腕を組みながら唸る綺麗な黒髪の女性が一人。
そう――雨宮真理奈だ。
俺は雨宮を尻目に、つい先ほど起こったことをノートにまとめていた。
あまりにも色々な出来事が連続したため、仕方なく
整理をしているのだ。
マジックワールドの世界から帰還した後、俺はすぐに雨宮に事情を尋ねた。
しかし彼女は「俺の家じゃなきゃ話したくない」 と駄々をこねて聞かなかったので、めんどくさくなり連れてきたのだ。
ちなみに俺は人暮らしをしてる。家はアパートなどに住んでいるのではなく、以前親と共に住んでいた一軒家に今は一人で住んでいる。
その親はもういないがな――。
――まさか俺が世界を救うなんていうとんでもない事のために行動を共にすることになるとは、屋上で寝ていた時は思いもしなかっただろう。
まぁ、今でもこれといった実感は湧かないのだが。
「雨宮。もう一度聞くが、この世界が危ないってことは確かなんだよな?」
「さっき話したことは全て真実だ。ある男が支配者の本を使い、現実の世界に干渉して世界を創り変えようとしているのだ」
それだけ返答する と雨宮は視線を二冊の小説に戻す。
彼女によると『支配者の本』こそが全ての元凶であり小説の世界を創造したと言われている本らしい。
さらには無理やり押し付けられた古めかし本――スキルブックも、支配者の本によって創られたというのだ。
そして、あるブックダイバーがこの本を利用し、此方の世界を滅ぼそうとしていると言うのだ。
真実味に欠けた話ではあるが、俺には疑う権利もないだろう。
なぜなら異世界に連れ去られ、さらにはあんな想像を凌駕する力を目の当たりにしたのだから。
俺は雨宮に「何故こんとんでもない事に加担するのか」と尋ねたが、「自分の世界が壊されそうなのだから、当たり前だろう」と真顔で言われてしまった。
確かに彼女の考えには一理ある。しかし、俺にはそんな簡単に行動できる気持ちが理解できなかった。
まぁ、俺の加担する理由も他人から見れば理解できないだろうけど。
俺の加担理由は雨宮真理奈だ。何故だか彼女を見ていると心が騒ぐ。
どうせ今感じている興味も、様々なことが唐突に起
こりすぎて心が動転しているだけで、すぐに興味も消え去ってしまうだろう。
しかし、一度承諾してしまった手前。この気持ち
が薄れたとしても断ることはできないのが難点だな。
「たしか……ドラゴンと戦闘したときに使った力は、ブックダイバー其々に与えられる力って言ってたな?」
「あぁ。そうだ。――そういえば、きみの能力をまだ聞いてなかったな?」
雨宮がドラゴンとの戦闘で使用した力。それはブックダイバー各々に与えられた特殊能力。
たしか、本にも書かれていたはず。屋上で彼女が何処からともなくこの奇妙な本。
またの名を『スキルブック』を出現させた方法も。
『3,ブックダイバーには一つの特殊能力が与えられる。能力の詳細は裏表紙に記されている』
『4,スキルブックは心あるいは声にだして求めることで出現する。消すときも同様に心あるいは声に出すことで消失する』
雨宮のダイバー固有能力は『風神雷神』と言う名前だそうだ。なんとも強そうな名前だ。
俺の能力は――――『封印 されし意志の強さ(パワー オブ ソウル』。
能力名を雨宮に見せると、彼女は何が面白いのか爆笑する。
俺が理解出来ないといった表情をしていると、能力名の下に羅列してあった説明書きを指差した。
俺は言われた通りに説明書きに視線を落とす。
『本人の意思の強さにより自身の身体能力を向上させるパッシブタイプの能力。何かを成し遂げようとする本人の強い意志、感情に反応して身体能力、思考能力、五感、といったあらゆる能力が上昇し、意志が強ければ強いほど能力は飛躍的に上昇する』
これを見ても雨宮が爆笑する理由を理解出来なかった。さらに問い詰めると、この能力の源は強い意志。
しかし俺は強い意志を持ったことがない無気力人間だからだそうだ。
俺は本を消し、いまだ笑い続ける雨宮の方に視線を向ける。
「いつまで笑っているんだ。ダイブする小説は決めたんだろうな?」
「アハハハ……はぁ、はぁ。ふふふ。きみはやっぱり面白いな~。――それとダイブする小説はまだ決まってないぞー!」
雨宮はこれでもかというくらいのドヤ顔をする。俺はそんな雨宮に呆れながらも淡々と喋る。
「いつまで迷ってるんだよ。結果的に二冊とも行くんだから、どっちでもいいじゃないか」
「まったく――。きみはわかっていないなぁ? 最初ってのは何においても肝心じゃないか! 君は自分の好物を後に食べるほうだな!?」
「意味のわからない例えを出しやがって。まず最初じゃないだろう」
俺の皮肉を無視し雨宮は二冊の小説を睨み付ける。今、彼女は『モンスターキングダム』と『デスワールド』のどちらの小説にダイブするかで迷っているのだ。
そもそも何故この二冊の小説なのか。それはこの小説には俺達の目的である、支配者の本の 痕跡が残されている可能性があるかららしい。
支配者の本はブックダイブの世界のいわばメインコンピュータのようなもので、この本によって小説の世界のバランスは保たれている。
そこに、あるダイバーが干渉しようとしていることで、バランスが保たれていた世界に異変が起き始めているんだと。
雨宮はその部分に目をつけ、異変が起きている世界に行けば、何か手がかりが掴めるんじゃないかと思ったそうだ。
そして現在手に入れている情報の中で、異変が確認されているのがこの二冊の小説ということだ。
結局、二冊ともダイブすることになるはずなのに迷う理由がわからん。
てか、こんなことで迷っている奴が世界なんかを救えるのだろうか?
まず本当に世界の危機なんて迫っているのだろうか。と言う疑問まで生まれてくる始末だ。
俺は一抹の不安を感じながらも、必死に悩む雨宮を傍観する。
「よし! 決めたぞ。最初はモンスターキングダムにしよう!」
「やっとか……。俺もまだ色々と実感が湧かないからさっさと行こう。小説の世界にまた入ればまた変わるかもしれないからな」
「ほーほー。ふふふ。この世界に興味を持ち始めたというんだね? あの何事にも無関心な君がね~」
雨宮はニコニコと笑うとスキルブックを右手に出現させ、モンスターキングダムの小説を大きく綺麗な膨らみを得た胸ポケットへと差し込んだ。
「さぁ。行こうか。神崎大翔君?」
雨宮は怪しい輝きを秘めた微笑を向け、此方に左手を差し出す。
その微笑に冷めて固まりかていた心がまた鼓動を打つのが感じられる。
俺は彼女に魅了され、無意識のうちに女の子独特の可愛らしい手を握っていた。
雨宮の透き通った美しい声が耳の奥へと進入する。
『ダイブ イン モ ンスターキングダム』
『多種多様のモンスターが支配する世界――モンスターキングダム。人類は凶暴なモンスター達によって絶滅の危機にあった。
そんな中。モンスター達に対抗するため、世界ではある組織が結成される。
その名も――ギルド。己の力を武器に荒れ狂うモンスターの巣を駆け巡り、人類の希望を背負った者達――ハンターが集う組織。
彼らは混沌が溢れた世界を救えるのか――――』
雨宮の本からは強烈な輝きが発せられ、俺はゆっくりと目を瞑る。
再度体の支配が奪われが、二回目という事もあり、
すぐに体の支配権が戻る。
そして、俺の部屋にいた時には感じることのなかった香りが鼻を刺激した。
目を開くと、自身の身長よりもはるかに高い巨木が何本も生い茂っていた。
さらに、目の前には全身が岩で覆われた四速歩行の亀のような巨大な化け物が、ゴロリとした黒い二つの目玉で此方を凝視していたのである。
「なぁ……雨宮。なんでいつもダイブした先がこんなに危ないんだろうな?」
「ハッハッハ。それは私が出現ポイントを設定してないからさ! ――あと、このほうが面白いろ?」
「――――死んでくれ」
聞いたこともないような叫び声が森の中に響き渡る。
「グググググガアァァァァ!!」
俺たちは咄嗟に化け物に背中を向け、全力で後方へ逃げる。
しかし、化け物は地面を震わせながら追いかけて来た。まるでトラックに追いかけられているようだ。
恐怖が全身を突き刺す中、眼前に広がる深い森へと駆け抜けた。
高く伸びた植物を掻き分け、奥へ奥へと脇目も振らず侵入していく。
暫く走り続けた後、先ほど まで感じていた地響きも収まり、後ろを振り返った。
「はぁ、はぁ、はぁ…。なんだよあの化け物は? ――どうにか逃げきれたが、もう少しで死ぬところだったぞ」
「ふぅ、ふぅぅぅー。フアハハハハ……。なかなかのスリルだったな……!?」
雨宮はそう言いながらしゃがみ込む。そしてスカーフを抜き取り、制服のボタンを開けた。
それによってたわわに実った二つの果実によって出来た谷間が露になる。
俺は思わず目を逸らし、息を整えながら周辺に視線を向けた。
俺達が出現した場所は度木々などが少ない場所だったが、今は様々な植物や木々が周りを覆い隠すように茂っている。
――雨宮がダイブ位置を設定していればこんなことにならなかった。
まず、そんなことが出来るのかよ。こんなことなら別々にダイブした方が良かったんじゃないだろうか…?
「そういえば、なんで毎回雨宮の本でダイブするんだ? 俺のスキルブックじゃダイブ出来ないか?」
「ふふ。理由を知りたいか? それは…………私がきみと手を繋ぎたかったからさ!」
雨宮は意地悪な笑みを浮かべ此方を見た。俺は冗談だとわかっているため無反応である。
「それは別として、ダイブするポイントを設定していないとランダムな場所に出現してしまうんだよ。だから一緒に同じ本でダイブするってわけさ」
「なるほど。それってつまり……出現ポイントを設定すれば全て解決だよな?」
「――何々? 私のスリーサイズが聞きたいって? ったく。しょうがないな奴だ。いいだろう。上から90、59、87のEカップだ! どうだ?」
依然として無反応な俺に雨宮は自身の胸を手でわざと寄せ、見せ付けてくる。
「はぁ……。もうそれはいいから、この 先どうするか聞かせてくれ」
雨宮はションボリとした表情を見せた後、スキルブックを呼び出した。
そして、何も書かれていない真っ白なページを開き
、右手を上にかざして「ここら周辺の地図よ現れろ」 と言った。
すると、様々な方向から光り輝いた緑色の粉が現れ、雨宮の本に吸い込まれるように集まっていく。
それらが全て本の中に入り込むと、一瞬強い光を放出し消え去った。
俺が驚いて本の中を覗き込むと、先ほどは何も書かれていなかったはずの真っ白なページに、周辺の地図が描かれていたのだ。
同様に俺たちの現在地も記されていた。
「な、なんだ? 何をやったんだ?」
「あぁ、これはスキルブックの機能の一つなんだが、半径五十キロ圏内をサーチしたんだよ。きみも見ただろう? ホタルのような緑のものを。あれは周辺のBDエネルギーで、それを集めて地図を作成するんだ」
「――BDエネルギー? なんだよそれは?」
雨宮は一瞬ポカーンとした後、納得したように頷く。
「そういえば、きみにはまだ教えていなかったか。BDエネルギーっていうのはブックダイブエネルギーの略称で、簡単に言うと私達が持つ能力の源といったところだな」
「能力の源?」
「そうだ。例えるならファンタジー小説で魔法を使用する時の魔力と同じようなものだろう。このエネルギーがなければ、能力を使用もできない」
――魔力と言われてもピンとこないな。まったく…………理解に苦しむ事ばかりだ。
俺にも同じ力があるんだよな……?
「前に話したと思うが、この世界は支配者の本の能力によって創造されている。すなわち膨大なBDエネルギーによって全てが造られているのだ」
「だから周辺のBDエネルギーとやらを集めることで、地図が作成できるというのか。――――本当にふざけた力だな」
「きみは本当に理解が早いな? もう既に三度も死を目前にしていると言うのに、焦ったりしないのも驚きだ」
それはこんな性格ゆえ、人より恐怖に対しても鈍いんだろう。
こんなところで俺の性格が役に立つとは皮肉なもんだが。
俺は雨宮の隣に腰を下ろし口を開く。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
数秒の間雨宮は地図と睨めっこした後、何かを見つけたらしく可愛らしい声を上げた。
「これを見てくれ……。どうやら私達は運が良いらしい。これは数少ないハンター達の村。しかも、距離も近いぞ!」
「やっと安全な場所に行けるんだな。――BDエネルギーを使って武器とかは出せたりしないのか?」
雨宮は立ち上がり、開けはなれていた胸元のボタンを閉める。
「それは残念ながらできない。武器はどこかで調達しなければならないだろう。武器が欲しいのか?」
「まぁな。武器もBDエネルギーで形作られているんじゃないのか?」
「そうだ。だが、何もないところからBDエネルギーを掻き集め、生成することは流石に不可能だ。そんなことが出来るなら全てが可能になってしまう。だけど、元々存在する武器をBDエネルギーに変換させて、本の中に収集することは可能だぞ?」
「――本当に色々な機能があるんだな」
俺は服についた土を払い立ち上がり、額にかいた汗を拭う。
「まだまだ知る必要がありそうだ。よし……、またあんな化け物に襲われる前に行こう 」
「ふふ。そうだな! またあの怪物が現れて、きみが泣いてしまう前に出発しようか? ――ふふふ」
雨宮は小馬鹿にしたように笑うと、持っていた本を消し歩き出す。俺は呆れながらも彼女の後ろに続いて足を踏み出した。
{???side}
とある研究所内部の一室。
デスクの上に置かれた何台ものパソコンから漏れた青白い光が、闇に支配された部屋の中をぼんやりと照らす。
室内には、慣れた手つきでパソコンを操作する青年と、壁に設置された巨大なモニターを厳しい表情で見つめる男が一人。
キーボードをカタカタと叩く音だけが、室内に反響していた。
青年は動かしていた手を止め、後ろを振り返る。
「データの収集も最終段階に移行しました。近いうちに支配者の本の秘密も解明できるかと。これである程度の使用は可能になったと思われます」
モニターを見つめていた男は、不気味な笑みを浮かべ頷く。
「あぁ。ご苦労だった」
「あの方にも連絡を致しましょうか?」
「そうだな。私が連絡しよう。きみは使者を送る手配をしてくれないか? 第一実験のあの世界がどうなったかを調べたいんでね」
「――モンスターキングダムの世界にですか?」
「あぁ。そうだ」
男はそう言うと、右手をポケットに突っ込み、上部に穴の開いた小さな灰色の球体を取り出す。
それを手のひらに乗せると、球体上部からは白い光が溢れ出た。
徐所に溢れた光は人間のシルエッ トを形作ってゆき、シルエットが完成すると男は口を開いた。
「…………私だが」




