夢と現実2
全身を容赦なく襲う風に妨害されながらも、なんとか体の向きを反転させる。それにより顔面に物凄い風圧がかかり、目を開けることも困難な状況に陥った。
あまりの風圧に耐え切れず、何か防ぐことのできるものがないかと思考を巡らせた瞬間。
右手に強く握りしめている本の感覚に気づく。
俺は即座に本を顔の目の前に持ってくることで、幾らか風圧を弱めることに成功した。
だが、俺はもう一つの事実に気づいてしまった。――――雨宮真理奈がいないことに。
俺は咄嗟に周りを確認する。しかし、何処にも見当たらない。叫び声を上げたところで風の音にかき消されてしまうだろう。
だが、俺は風に打たれながらも辺りに視線を飛ばす。すると、何処からか風の音に負けないくらいの大きな声が聞こえて来た。
「ここだああぁぁ!!!!!」
下から鮮明に聞こえた女性とは思えない大きな声。下に目を向けると、距離はだいぶ離れているが雨宮真理奈が確かにいた。
彼女は座布団一枚ほどの大きさしかない雲のようなフワフワした何かに、胡坐をかきながら座っていた。
刹那。その何かは突如として四方に大きく広がる。そして俺はその物体めがけて突っ込ん でいく。
雲のような何かに衝突する瞬間。俺は初めて死を覚悟した。
流石に感情というものが良くわからない俺でも、死を目前にすると生への感情が浮き出てくるらしい。
しかし、予想とは裏腹に一切の衝撃もなく、まるで新品の羽毛布団に飛び込んだ時のような気持ちの良い感触が全身を包んだ。
落下のスピードにより体はフワフワな物体の中に沈んでいき、やがて減速し止まる。
その後フワフワな物体に全身が下から押され、先ほ
ど雨宮真理奈が座っていた場所まで上昇していく。
上まで到達すると、彼女は「どうだ?楽しかったか?」と。腹の立つ皮肉を言い始めた。
「この状況を説明しろ」
俺は鋭い視線を向けるが、彼女はまったく気にする素振りをみせずに落ち着いている。
「まぁまぁ。そう怖い顔をするな。今から説明してやるから。そのまえに自己紹介からだな? 改めて私の名前は雨宮真理奈。名前で呼んでくれ。わかったな! 名前だぞ?」
説明を受けるには俺だけ自己紹介しないわけにもいかないので、渋々自己紹介をする。
「神崎大翔だ。どうとでも呼んでくれ」
雨宮は相変わらず無関心な俺の態度に手を叩いて笑った。
――何がそんなに可笑しいんだ?
「きみもこの状況に驚きを隠せないだろう。少しは心が揺さぶられたかね?」
――確かに雲に衝突する瞬間は初めて生を感じた気がしたが。
「きみの性格が変わるのは良い事だと私は思うよ。これでマインドブレイカーと言われなくすむだろうしな!」
「マインドブレイカーって何なんだよ。あとこの下の物体はなんだ」
「アハハ。きみも可笑しなやつだなぁ。この状況よりもそっちの方が気になるのか?」
俺が言葉を発しなくなると 、雨宮はけらけら笑いながらもマインドブレイカーについて説明してくれた。
どうやら説明によると。俺は女性の心をことごとく破壊しているらしい。
なぜなら、俺は何事にも関心を寄せることがない。勿論普通の人間なら愛してやまない恋愛にもだ。
自慢ではないが何度か女性に告白された経験はある。あまり覚えてはいないんだが……。
雨宮の説明によると、告白の断り方が適当すぎるゆえらしい。
さらにこの下の物体については『クラウディー』というマジックアイテム? らしい。
なんとも訳のわからない物だ。まぁ、このアイテ
ムのおかげで俺の命は助かったのだが――。
ついでにこのアイテムの機能としては、物体の上では風の影響を受けることがなく、いつも通りに会話などが可能だそうだ。
「その理由はわかった。次はこの状況の説明をしろ」
「逆に聞くが、君は何から聞きたい?」
「ここは何処なのか。どうやって来たのか。なぜ俺を連れてきたのか。どうやったら帰れるのか……」
「わかったわかった。そう焦るな。一つずつ教える。きみも既に気づいているだろうけど、ここはさっきまでいた世界とは別の世界。言うならば、ファンタジー小説の世界の中だ」
俺は疑いの目を向ける。しかし、普通ならばありえないことだ がこの状況で言われれば反論もできないのは事実。
「理解がはやくて助かるよ。次にどうやってきたのだが。きみが持っている本のおかげだ。この本は別名スキルブック。実際には今回は私の本だがな」
「俺の持っている本ってのは、お前が屋上で無理やり押し付けてきたこの本か?」
「無理やりとは失敬な。まぁ、そうだ。見ただろう? 本の中身を。きみはでたらめだと思っていたようだがな」
俺は右手に持つ本に視線を落とし、表紙を開く。先ほどはふざけた内容だと思ったが――――
『1,ブックダイバーはどんな種類の本であろうと潜ることができる』
『2,本にダイブする場合、この本を持ちながら入りたい本に触れ、始動語を唱える。本の世界からの帰還方法は、この本を持ちながら帰還語を唱える』
『3,ブックダイバーには一つの特殊能力が与えられる。能力の詳細は裏表紙に記されている』
『4,スキルブックは心あるいは声に出して求めることで出現する。消すときも同様に心あるいは声に出すことで消失する』
『5,ブックダイバーにもランクの概念が存在し、最低ランクがG、最高ランクがSの8ランク存在する。ランクは多くの本を制覇する事であげることができる』
『6,現実世界では能力を使用することは出来ない』
『7,ブックダイブの世界で得た傷や病気は現実世界には適用されない。ただし、致命傷や命の関わる病気は適用される』
『8,ブックダイブの世界で得た道具を現実世界で出現させることはできない』
『9,ブックダイバーの力を持たない者がダイブする時、ダイバーに触れることで共にダイブすることができる』
『10,本の世界と現実世界では時間の流れが異なり、現実世界の10分が本の世界の一時間となる』
「ここに書かれてい ることは本当だったのか……。それでお前はあの時、意味のわからない言葉を言ったんだな?」
雨宮は満足げに首を縦に振り、平均より大きく膨れた胸ポケットから本を取り出した。
「これが今入ってる小説だ。どうやって帰るかという質問についてももうわかっただろう?」
――なるほど。始動語が確か『ダイブ イン マジックワールド』だから、帰還語はおそらく『アウト オブ マジックワールド』だろう。
「そして何故きみを連れて来たかだが……。初めて会ったとき言った通り世界を救うためだよ」
雨宮は真剣な顔つきで言う。俺には『世界を救う』という言葉に、いったいどれだけの意味が込められているのか想像もつかない。
この状況以外で言われていたならば、何の真実味や興味もわかなかっただろう。
目の前には胡坐をかきながらも妖艶な魅力を秘めた女性。
不思議なことに雨宮真理奈が俺の前に現れた時から、いつも見ていたつまらない世界が、価値ある何かに感じられているようだ。
これが興味を持つという事なのだろうか? もしそうならば、なんと可笑しな感覚なのだろう。
俺の砂漠のように干からびた心が水という探究心を全力で求めているようだ。
彼女とこの先も共に歩むことで、この溢れんばかりの感覚の答えを見つけることができるのだろうか。
俺は暫く思考を巡らせた後、雨宮の美しい輝きを秘めた大きな目 を見つめ、力強く頷いた。
些か簡単に肯定してしまったが、この時の俺は既に雨宮の魅力に取り込まれていたのだろう。
雨宮は「ありがとう」 と、声を絞り出して言った。
しかし、俺は何故だがその時の彼女の表情に、一瞬だが悲しみが混じっているように感じてならなかった。
「それじゃぁ。きみも信じてくれたことだし現実世界へ帰るぞ!」
「まだ世界を救う理由を聞いてないぞ?」
「フフフ。今はヒ・ミ・ツ」
雨宮は全身をくすぐるような妖艶な声を出す。急激な態度の変化により、見とれてしまった俺の手をダイブした時と同じく握って帰還語を唱えようとした。
刹那、今まで聞いたことのない恐ろしい叫び声が、俺と雨宮の全身を震わせた。
「ギャアアアアァァァァァァァ!!!!!」
真上から聞こえたおぞましい叫び声。
俺達は咄嗟に元凶の主に目を向ける。真っ赤な鱗を全身に纏い、トカゲのような顔には鋭さを秘めている巨大な二つの目玉。
そして山をイメージさせるほどの巨体を自由自在に操り飛ぶ姿は、例えようがないくら壮観である。
その正体は圧倒的な力を有する異世界の覇――――ドラゴン。
「おい雨宮!! あれはいったいなんだ!?」
「見ればわかるだろう? ドラゴンだよ」
俺は突然の出来事に雨宮の手を離し後ずさる。しかし、雨宮は少しの焦りも感じさせない態度で返答した。
その間にもドラゴンは俺達の真上を掠めるように飛んでいった。
ドラゴンは一定の距離を取ると、旋回して口に溢れんばかりの炎を溜め、此方を凝視する巨大な目と俺は視線が合った。
俺は、ドラゴンが近づいて来るのをただ呆然と見つめていることしか出来なかった。
しかし、雨宮はそうではなかった。彼女は自身のス
キルブックを頭の上にかかげ声を張り上げる。
「雷風を操りし神々よ。迫り来る脅威を消し去る力を我に与えよ!! ダイバー固有能力――風神雷神!!!」
本が一瞬輝いたかと思うと、雨宮を中心 に視認できる程の高電圧の雷と風が纏わりつくように渦巻いていくのが見られた。
雨宮は制服をはためかせながらドラゴンを見据える。
そして、右腕をドラゴンに合わせるように上げ、掌を広げた。
すると、雨宮の周りに纏わりついていた雷風がさらに力を得て混じり合った後、雨宮の右腕から掌にかけて雷が巻きつく。
視認することはできないが、どうやら周りに渦巻いていた風も腕に纏うように吹いているように感じられる。
俺はそんな姿を呆然と見詰めていた。
――なにやってんだ雨宮は!! すぐに逃げなければ!
ドラゴンとの距離は約80メートル。
依然として同じ態勢を保っている雨宮にドラゴンはさらに接近し、ついに自身の攻撃範囲内であろう場所にに入ると、口に最大限まで溜めた炎を俺たちに目掛けて噴射した。
紅色の炎は激しく暴れ狂い、襲い掛かってくる。俺は本日二度目の死を覚悟し、雨宮の方へ視線を移す。
すると雨宮は余裕の笑みを浮かべドラゴンを見据えていた。
そして何時の間にか雨宮の腕は先ほどよりもはるかに膨大な雷風を纏っていたのである。
「ハッ!!!」
業火の炎が目前に迫った瞬間。雨宮は女性とは思えぬ気合の入った掛け声を一つすると、腕に纏わりついていた雷風が前方に波のように放出された。
圧倒的な力と力が衝突したことで周りの空気が圧迫され、少しの間互いの攻撃は一歩も引かず均衡していた。
しかし、次第にドラゴンの放出した炎は雨宮の攻撃に飲まれてゆき、完全に消し去った。
さらにその勢いのまま雷風は無防 備となったドラゴンに直撃する。
「グギャアアアァァァァ!!」
雨宮の攻撃はドラゴンの右翼を貫き、巨大な穴を開ける。
翼を傷つけられたことにより浮遊が困難になったのか、ドラゴンは呻き声と共に地上へ夥しい血を撒き散らしながら落下していく。
俺はハイスピードの状況変化に頭が追いつけず、何が起きたのか理解するのに暫くの時間がかかってしまった。
「神崎! 何をぼおっとしてる。今のうちに帰還だ!」
そう言うと雨宮は再度俺の右手を握り帰還語を唱える。
『アウト オブ マジックワールド』




