最後の選択4
{葛西side}
突如奪われる身体の支配。周辺は眩い光に包まれ、何も見ることは出来ない。
俺は咄嗟に掴んだ鈴の手を、強く握り締めながら目を瞑った。
そして、完全に支配権が戻った矢先、怒鳴り声が鼓膜を刺激した。
目を開けると――先程の戦場とは違い見慣れた景色が広がった。
昔から鈴と駆兄さんと遊んでいた公園だ。隣には鈴が、目の前には駆兄さんがいる。
「くそっ! 何がどうなっているっていうんだ!? 何故突然こんな世界に飛ばされた……!?」
駆兄さんは怒りに満ちた表情で地団駄を踏む。
そんな姿を鈴は悲しそうな目で見詰め、弱弱しく言葉を漏らす。
「――おにいちゃん」
「んぁ? ……なんだ鈴か。まさか…………お前らがこんなふざけた事をしたんじゃないだろうな!?」
勘違いをする駆兄さんに俺が慌てて否定の声を上げる。
「そんなわけないじゃないっすか! 俺達にはこんな事出来ないっす!」
「おまえは……葛西りく! …………そうか。まさか、きみともまた再開するとはね」
駆兄さんは幾らか落ちつきを取り戻した様子でぶつぶつと言葉を漏らした。
「それならいったい誰が? 普通の者が支配者の本に干渉 できるのはずはない……? ならもしや――」
刹那。駆兄さんの持っているスキルッブックが輝きを放ち、彼を包み込む。
そして次に姿を現した時には彼の両眼は虚ろになり
鈴が慌てて駆け寄ろうとするのを制止し、声をかける。
「大丈夫ですか? 駆兄さん……」
『――大丈夫だ』
帰ってきた言葉に俺達は驚愕した。その声色は彼のものではなく、低く渋い声色。
しかし、何処かで聞いた事があるような声であった。
俺達が言葉を出せないでいると、彼が思い出したように口を開く。
『おっと。そういえばきみ達とは少しの時間しか出会っていなかったな。私の名は渡辺――真理奈の父だ』
――そうだ! この声はあの時聞いた男性の声。雨宮さんが父と言っていた人の声だ。だけど、彼は……
俺の疑問を代弁するかのように、鈴が質問を口にした。
「貴方が何故ここに……? それに貴方はもう――」
『――あぁ。私は既に死んでしまっている。此処で西村君の身体を借りている事にも理由があるのだが、話している時間はなさそうだ。
私はもう直ぐこの身体から追い出されてしまう。そこできみ達に一つ頼みがあるんだが、聞いてはくれまいかな?』
俺達が頷くと、渡辺さんは嬉しそうに笑った。
『真理奈は良い友達に恵まれたな…………』
その言葉は優しさに溢れており、初めて見た時のような冷たさは微塵も感じ取れることは出来なかった。
「それで頼みと言うのは?」
『――っお。そうだったね。頼みと言うのは、西村君をあの男――ギリスの歪んだ考えから救い出して欲しいんだ。
彼はギリスを崇拝してしまっている。だから、今回このような行動に……。彼を救い出せるのはきみ達しかいない。どうか彼を救ってくれないか?』
――鈴の兄さんを救う。鈴ならまだしも、俺にそんな事が出来るのだろうか? いや、そんな事を考えなくてもいいんだ。
俺は鈴の気持ちを尊重する。鈴が助けたいと思うならば、どんなことになろうとも力を貸すって決 めたのだから……
俺達は彼の質問に力強く頷く。すると、彼はまた嬉しそうな声色でこう言った。
『そう言ってくれると思ったよ。それじゃぁ、私はもそろそろ限界のようだね……。最後に、西村鈴さんに葛西りく君。
真理奈と此処まで来てくれて本当にありがとう。きみ達なら必ずや彼を救ってくれると信じているよ――』
その言葉を言い残して、駆兄さんを纏っていた光は弾け飛び、消滅した。
駆兄さんは乗っ取られていた時の記憶がないらしく、困惑した表情をしている。
鈴が最初とは違い、力の篭った声で言い放つ。
「お兄ちゃん!!」
「――――っち。なんのようだ? 鈴」
「なんで私達の前からいなくなったの? なんでこんな酷いことしているの? 答えてよ! お兄ちゃん!!」
駆兄さんは声を張り上げる鈴に対して、無表情の顔で言い放った。
「何故居なくなったかだと……? ふざけた事を言うな。現実世界には僕の居場所なんてないからさ。こんな酷い事だって? 間違っている世界を正して何が悪い?」
「居場所がなかった……?」
「そうさ。お前は知らないようだが、あの世界に僕の居場所なんてなかった。僕は物心ついた時から、他の子供より頭が良く、所謂天才だった。
自慢じゃないがね。初めの内は囃し立てられていたが、次第に何もかも出来てしまう僕を妬む者や恨む者も現われだした。学校ではいじめられ、先生にまで僕は無視された」
「そんな………………」
「全て本当さ。だけど僕はそれでも仕方ないと思っていたさ。生憎子供ながらにして大人な考えを持っていたからね。
誰か一人でも僕を必要としてくれていれば良いってね。それが親だった。僕は両親だけはどんな事があっても、僕を見捨てないと思った。
だけど――その考えは間違っていた。両親は周りの評判を意識して早々に僕の事を見限ったのさ!」
鈴は目をうるうるさせながら否定する。
「うそだっ! お父さんと、お母さんがそんな事するわけないっ!!」
「――ふん。きみの前では仲の良い夫婦を演じていたが、僕の前ではあの二人は悪魔だった。いつもゴミを見るような目で僕を見て!
話しかけても決して答えてはくれなかった! 頭の良い僕は直ぐに理解したよ。
この二人は僕を必要としていないと……。僕に与える愛を 全てお前に与えていたんだよ――鈴。
僕はお前が憎かった。何も特質していないお前が僕より愛を貰っている事が憎かった……! そ
んな時にあの方が現われたんだ。
ギリス様は幼い僕を必要として下さり、彼の考えを聞いた瞬間。これが僕の使命なんだって気がついたよ。
だから俺に愛を与えてくれない間違った世界を正そうと思ったのさ!!」
――駆兄さんはずっとそんな事を考えていたのか? 俺達と共にこの公園で遊んでいた時も、俺達が、鈴が憎くてたまらなかったって言うのか?
鈴は俯き、言葉を漏らす。
「やっぱりそうだったんだね。実は私も少なからずお兄ちゃんの気持ちに気がついていたんだ……」
「――なんだと? お前が気づいていただと?」
「うん。お兄ちゃんはいつも悲しい笑みを浮べていたから。でも、私はその事実や気持ちを信じたくは無かった――。今までお兄ちゃんの気持ちから逃げてきた。お兄ちゃんをこんな風にしたのは私のせいだ…………」
俺は言葉が出せずに鈴の姿を見詰めた。駆兄さんが憮然とした顔で言葉を放つ。
「お前が僕の気持ちに気がついていたはずがない! それに僕自身の意思でやっているんだ。僕は愛の失われた現実世界を……」
「そんな事じゃ何も変わらない」
駆兄さんは眉を潜め、返答する。
「何も変わらないだと? 部外者のお前に何がわかる?」
「あぁ。たしかに俺は部外者さ。あんたらの事情を良く知っているわけでもない。だけど、これだけは言っておく! 今の現実世界を変えた所で何も変わりはしない!!」
「ふざけたことを抜かすなっ! ギリス様は変わると言ってくださった!!」
「――どうやって? 例え駆兄さんの望み通りの世界になったとしても、今の駆兄さんではいずれ愛を失う。兄さんもわかっているんでしょう? 本当に世界を変えたいのなら、まず自分が変わらなければいけないって!」
「――ふざけるな! お前に何がわかるって言うんだ! 人がそんな簡単に変われるものか!!」
「変われるさ!! 俺達は今まで側で変わって来た人を見て来た。彼は最初はまったく感情のない人だったけど、必死に自分を変えようと諦めずに頑張ってきた。人は諦めな ければ変わることが出来るんだ!!」
「――――」
「お兄ちゃん……。もうやめよう?」
駆兄さんは顔を悔しさに歪めて言葉を漏らす。
「――ふざけるなっ。例え変わったとしても俺に愛を与えてくえる人はもういない!」
『いるよっ(っす)!!』
俺と鈴が同時に言葉を放つ。
「私はお兄ちゃんの事が大好きだよっ! 誰がなんと言おうと、お兄ちゃんは私の自慢だよっ!!」
「そうっすよ! 鈴がいつもあなたを慕ってきたように、俺もあなたを本当の兄さんのように慕ってきたっす! それに――鈴の両親も本当は貴方が大好きだったと思うっすよ?」
「――――なんだって?」
「貴方がいなくなってから、俺は何で駆兄さんが消えたのかと馬鹿な質問した。
そうしたら彼らは泣きながら言ったっす。『駆はとても頭の良い子。何か理由があるに違いない。あの子は必ず帰ってくる。だってあの子は――――私達の自慢の息子だもの』って。
その時の表情に嘘はなかったっす。本当に優しい顔で言ってたっすよ!!」
俺の言葉を聞いて、駆兄さんは唖然とした。そして、次第に今まで溜めてきた重荷を全て放出させるかのように綺麗な涙を流した。
その時の彼は何度も何度も謝罪の言葉を漏らしていた。
俺と鈴は互いに目を合わせ、目に涙を浮べながら飛びっきりの笑顔で頷いた。




