表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Book Dive  作者: カオス
2/28

夢と現実1

 厳しい冬を越え、新しい生命の誕生が約束された季節――――春。



 三限目の授業を開始するチャイムが鳴り響く中、暖かい春の日差しが射す屋上に通学用のバックを枕にして寝転ぶ青年が一人いた。



 青年はムクリと起き上がると、少し痩せ気味の体を伸ばす。



体の関節からはコキコキと気持ちの良い音が響き、大きな欠伸を一つすると、コンクリートの床の上に再度仰向けに倒れ込んだ。




 上空には雲ひとつない青空が広がり、青年は先ほど見ていた夢に思考を集中させる。




 俺は夢の中でも屋上にいた。手には古めかしくて、厚さのある革製の茶色い表紙の本を持っており、さらには目の前には見慣れた制服を着た女子生徒の後ろ姿。




 顔は確認出来ないため誰かはわからない。彼女は黒い綺麗な長髪をなびかせ、言葉を放つ。








『きみは世界を救う気はあるか?』




その言葉を最後に視界はブラックアウトし、俺は現実世界へと引き戻された。



 夢の中の自分が、どのような答えを出したのかは今となってはわからない。



だが、もしあれが本当に俺自身だったならば、確実にこう答えていただろう。



『そんなことに興味はない』 と。



 この世界の殆どの大人達は言う。「今の時代の若者は、何事にも真剣に取り組まず、強い興味を持ったり夢中になることがない」 と。



俺はその若者の中でも特に物事に興味を抱くことができない。



 俺は幼い頃から何かに対して強い興味を持ったことがない無関心な性格。



特に叶えたい未来もなければ、これといった夢があるわけでもない。 



 俺にとってこの世界は中身のないプレゼント箱のようにつまらない。もはやつまらないと言う感情さえ生まれてこない。



 もしこの先、本気で夢中になれる事が目の前に現れたならば、面白みもない世界が少しは輝いて見えるのだろうか。



 少しの間夢について考えただけでさえ関心は薄れ、程よい眠気が全身を襲う。



重くなった瞼を閉じ、導かれるままに睡魔の世界

へとダイブする――――はずだった。



 ギィー。と老朽化により錆び付いた屋上の扉 が、不快な音をたてながら開いた。



 下の階の開けはなれた教室の窓からは、聞きなれた担任の声が聞こえることから、授業が終了したというわけではないはずだ。



自分以外に、授業をサボってまで屋上に来る生徒を知らないため、疑問を感じたがすぐに頭の中から消え去る。



 心なしか、スタスタと此方に歩いてくる足音がコンクリートを通して耳に伝わる。



足音は俺の頭上で止まり、春のポカポカとした気持ちの良い日差しを遮った。



 目を開けると――俺の視界には、世界中の男子高校生が求め、狂うであろう魅惑の布きれが飛び込んできた。



微かに垣間見える絶対領域を守るそれは、透き通った海のように美しい水色と、雪のように穢れのない白色のシマシマ模様をした――――――



「パンツ」



「あぁ。パンツだ」



 澄んでいてとても綺麗な声が耳の奥へと侵入する。


 普通の男なら泣いて喜ぶだろうが、俺には別段興味もないためパンツから目を逸らし起き上がる。



当の本人は恥ずかしがる素振りをいっさい見せず、依然としてその場に仁王立ちを決め込んでいた。



 それはまるで荒れ果てた大地に芽吹くイチリンソウのようであった。




風になびく癖のない黒い長髪は、春の暖かな日差しを吸収してキラキラと輝いている。



きめ細やかな白い肌。その透明さに相反して二つ

の大きな瞳の奥底には、何事も受け付けぬ決意の炎が燃え滾り、渦巻いているように感じられた。



「雨宮真理奈……」



 春の季節には似ても似つかわない強い風が屋上を流れた。



 雨宮は「おっ。知っているのか」 と驚きの混じった声を出す。



 知っているも何も、雨宮真理奈のことを知らない生徒は少なくともこの高校にはいないだろう。



かく言う俺も、学校中の男子生徒が雨宮真理奈のことを『もったいない美少女』 と、崇めていることくらいは知っている。



「きみが私のことを知っているのは驚いたが、私もきみのことは知っているぞ!」



 彼女は、外見からは想像もつかないような馴れ馴れしさで話しかけてきた。そう。彼女が『もったいない美少女』と言われている理由はこれだ。



彼女はまるで薄毛が気になり始めたおじさんのような性格をしているのだ。



「へー」



 俺があからさまに適当に返事をすると、彼女は俺の瞳をじっと見詰め、言葉を漏らした。



「流石だな。マインドブレイカーの異名は嘘じゃないらしい」



「マインドブレイカー?」



 俺の発した疑問に彼女は呆れ果て、ぶつぶつと独り言を漏らした。



その姿を傍観していると、彼女は勝手に一人で納得し、ビシッと此方に人差し指を向けて命令口調で言い放った。



「私は決めたぞ! きみを私の仲間にしてやろう! そして私と一緒に世界を救うのだ!!」



 彼女は片腕を腰に当て、何者をも取り込んでしまうような強烈な微笑を向けていた。



 その笑みに視線を合わせた途端、ドクン。と心臓が高鳴る音が鮮明に聞こえた。



初めての感覚に動揺し、何も言い返そうとしない沈思黙考の態度の俺に、雨宮真理奈は、グンッ。と体を近づける。



「疑問は色々とあるだろうが、理由は後で話そう。まずは、この本を受けとってくれ! 私の見込み通りなら……」



 彼女は、何処からか取り出した分厚い本を強引に押し付けてきた。



晴天の霹靂とはまさにこのこと。なんとその本は――先ほど夢に出てきた本とまったくもって同じものであったのだ。



 ――さっきの言葉といい、この本といい、正夢…?



流石に頭の整理が追いつかず、雨宮真理奈に説明を求めようとした刹那――本の表面から強い光が溢れ出した。


 俺は驚きのあ まり後ずさり、手に掴んでいた奇妙な本を手放してしまう。



地面に落下した本は数秒の間光を放出し続ける。しかし、途端に光は弱まり、そして消え去った。




俺は彼女に鋭い視線を向け、言葉を放つ。



「おい。これはいったい何の真似だ?」



 雨宮真理奈は俺とは対照的に満面の笑みを浮かべる。



「アハハ。やはり私が見込んだ通りの男だったな! きみは!」



 俺が反論しようとするのを手で制止し、光輝いていた奇妙な本に視線を落とした。



そして中身を見るように促す。その有無も言わさ

ぬ瞳に逆らうことができるはずもなく、地面に落下した本に視線を合わせた。



すると――何も書かれていなかったはずのおもて表

紙に、横書きで白い文字が刻まれていたのだ。



白く刻まれた文字は――――『Book Dive』



「ブック…………ダイブ?」



 何故かはわからないが、本からは圧倒的な存在感のようなものを感じ、視線を逸らすことができなかった。



俺は恐る恐るその本を手に取る。



 ザラザラとした革特有の表紙に刻まれた白い文字。



いつしか俺の意識は本に奪われ、無意識のうちに手が伸びた。そして、表紙を開く。



1ページ目にはクリーム色の紙に、黒くはっきりとした文字がびっしりと書かれていた。



 最上部には、おもて表紙と同じ文字が横書きで書かれている。



さらに、一行空けて説明文が。またさら に一行空けて、1から10までの数字が最下部まで続いており、其々の数字の横に文章が羅列してあった。



説明文には以下のように書かれていた。



『Book Diveとはその名の通り、本の中に潜る行為。そして、潜る行為を行う者をBook Diverと呼ぶ』



 ――このふざけた本はなんだ??



 中の内容を読んだ途端に俺の本への関心は一気に冷める。



正体のわからない未知の感情もだんだんと薄れていく。



まるで急激に真夏から真冬へと季節が移り変わったかのように心の中は氷河期を迎える。



何時の間にか元の無関心な性格へと俺は戻っていた。




 俺の心情の変化に気がついたのか、雨宮真理奈は浮かべていた笑みを崩し、ため息をつく。


「まさかここまで物事に興味を示さないとは…。一つくらいこの状況についての疑問があってもいいと思うのだが?」


 雨宮真理奈は、風になびく絹のような黒髪を払いのけ、「実際に体験するのが一番か……」 と。



ぼそっと意味の理解できないことを言う。



 すると彼女は俺が持っている本と瓜二つの本を手元にマジックのように出現させる。



そして大胆にも俺の手を握り、ある言葉を漏

らした。



『ダイブ イン マジックワールド』



俺と雨宮を中心に渦巻くように強い風が吹き荒れる。しかし、俺達は吹き飛ばされることはない。



まるで台風の目の中にいるような感覚だ。さらに、雨宮真理奈の持っていた本が突然パラパラと捲れ、中腹あたりで止まった。



刹那。本から強い光が溢

れ出し、俺の視界はホワイトアウトした。

 


 眩しさにより反射的に目を瞑る。すると周りに渦巻いていた風がピタリと止み、さらに体の平行感覚を突如失う。



身体の殆どの感覚が奪われた状態。唯一感じるのは雨宮真理奈の手の感触だけ。



俺は体験したことのない不思議な感覚に身を委ね

る。



 すると、頭の中に無機質な声が流れ出した。



『魔法が発達した世界――マジックワールド。主人公ルエルは平穏な生活をおくっていた。しかし、世界では様々な異変が起き始めていた。夢である一人旅に出ようと決心したルエルに立ちはだかるいくつもの試練。ルエルは乗り越えることができるのか――』



 ――なんだこれは。いったいどうなってるんだ?



 この感覚が永遠に続くように感じられたまらず目を開けようと試みる。



しかし、瞬刻の間に体の支配権が戻り、嵐のような風の音が鼓膜を刺激した。



さらにはあらゆる方向から風が全身を襲い、浮遊感に見舞われる。



まるでスカイダイビングをしてるような感覚。



いや――現に俺は空を飛んでいた。




 恐怖を感じながらも目を開ける。



するとそこには――――今まで見たことがないくらいの広大な空が目の前に存在していた。



 目の前の空に圧倒されながらも、現在の自身の状況について理解するのは簡単であった。



あるはずの地面がなく、仰向けの状態で空を見ている。そして感じる落下の感覚。



そう――俺は今、落下している。



 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ