動き出す物語1
{???side}
会談を終えた後、すぐに私は支配者の本第一研究所へと帰還していた。
室内に足を踏み入れると、相変わらず闇に包まれパソコンの淡い光だけが灯篭のように揺れていた。
「西村君。電気を点けて作業をしたらどうかね? やはり、暗い方が仕事がはかどるのか?」
助手の青年はキーボードを叩いていた手を止め、此方を振り向く。
「お疲れ様です。会談はどうでしたか?」
青年は私の問いには答えず、感情の篭っていない視線を投げかけてくる。
「ガンマのことは伝えた。しかし、たいした反応は見せなかったな――。まぁ、奴はギリス政府の中でもお荷物だったそうだからな」
「――なるほど。逆に厄介払いが出来て良かったと言うことですね」
「そうかもな。あと、此方からの提案で第二の支配者の実験場所であるデスワールドに部下を何人か送ってもらった」
「それは心強いですね。――その実験のことなんですが、荒れた大地を完全に修復することは叶いませんでした」
「やはり、まだ完全には支配者の本を掌握できていないのか」
「はい。しかし、面白いことが起きましたよ」
青年は不気味な笑み浮かべた後、パソコンを操作し始める 。私は彼に近づき画面を覗き込む。
「これは……?」
「実は支配者の本の実験の影響で、ある一人の青年の中に光が生み出されたんです」
「たしか……、あの世界の住人は光を持つことが出来ないはずだったな。なるほど――。これは面白いことになるかもしれん。引き続き観察の方を頼む」
「はい。博士はどうなさいますか?」
「私は少し気になることがあるのでな、一度現実世界に戻る」
「あのことを疑っていられるのですね?」
青年はそう言うと、再度不気味な笑みを浮かべる。私はその笑みから避けるように背中を向け、闇に包まれた部屋を後にした。
{神崎side}
手際よく寝床の準備をする西村を傍観していると、彼女は頬可愛らしく膨らませながら口を開いた。
「――もうっ! 神崎さんも手伝ってください! 真理奈さんに怒られちゃいます!?」
現在俺達はギリス政府の根城の目前にまで到達し、高崎があらかじめ用意していた仮拠点の中にいる。
仮拠点のため物資が不足しており、今は俺達は寝床の準備、葛西・雨宮は食料の調達、高崎は偵察をしている。
「――あぁ。すまんすまん。西村は頼りがいがあるから頼ってみたくなったんだ」
「ぇ……。そ、そんなことないでしゅよっ!」
西村は顔を真っ赤にしながら喋った。
「――ふふ。また噛んだな」
「はぅ……。恥ずかしいからやめてください。――――あの、神崎さん?」
「ん? どうした?」
「あの……。もし神崎さんがよかったらなんですけど――、神崎さんのこと名前で呼んでもいいですか……?」
西村はトマトように顔を真っ赤にさせ、上目遣いで見上げてくる。俺は少し心臓が速く脈打つのを感じながら首を縦に振った。
すると、彼女は目を輝かせ満面の笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます!! ――――大翔さんっ!」
俺 は西村の小動物のような可愛さに心引かれ、思わず口を滑らせる。
「――鈴は可愛いな」
西村は勿論のこと俺も自身の口から出た言葉を理解するのに多少の時間を費やす。
彼女のことを褒めるだけならまだしも、葛西や雨
宮が彼女のことを下の名前で呼んでいたことに影響されていたのか、無意識のうちに言葉が出ていた。
「大翔さん今なんて……? もしかして――下の名前で呼びました?」
「いや――。まぁ……、すまん。勝手に呼んでしまって――。嫌だったらやめるから!」
「――そんなことないです!! ぜひ呼んでください!! お願いしますっ!」
西村は急に興奮した様子で大きな声を出す。俺が頷くのを確認すると、これでもかと言うくらい幸せそうな顔をして頬を緩めた。
「大翔さん――。もう一度名前で呼んでくれませんか? さっきは驚いてちゃんと聞けなかったので……」
「別にいいが……。これからもよろしくな――――鈴」
「――はぅ。ふふふふ~。アハハハハ~」
鈴は最初とは打って変わって楽しそうに部屋の掃除を再開する。俺はそんな姿をぼんやりと見ていた。
――改めて考えると初めて女性を下の名前で呼んだな……。雨宮でさえまだ苗字なのに――。鈴は雨宮と違って親しみやすいからだろうか? どちらにせよ名前を呼ぶだけで喜んでくれるのなら悪い気はしないが――。
「二人ともちゃんとやってるか~」
背後で雨宮の声がしたかと思えば、突然背中に軽い衝撃が走る。
何事かと振り向くと雨宮がジト目で俺を見据えていた。
「し~んざ~き――。きみは鈴にだけやらせて何をさぼっているんだ?」
「うわぁ……。神崎先輩それはないっすよ。鈴かわいそう――」
「大翔さんは悪くないんです! 私が勝手に一人でやるって言い始めたんです!」
俺はそんな事一言も言っていないはずなのに、鈴はかばうために嘘をつく。
そんな鈴を雨宮は疑った目で見たが、直ぐに驚いたような声を出した。
「――ん? 今……鈴は神崎のことを名前で呼ばなかったか?」
「――たしかに! 神崎先輩どう言うことっすか!?」
「別にたいしたことではないだろう? さっき鈴に下の名前で呼んでもいいかって聞かれたから、 承諾しただけだ」
「なるほど……。っておい! きみも鈴のことを下の名前で呼んでいるじゃないか!? ――私は苗字なのにっ!」
「鈴ならまだしも神崎先輩までいったい何の冗談っすか!?」
「鈴が名前で俺が苗字だったら変だろ?」
雨宮は非常に悔しそうな表情で地団駄を踏む。葛西はとても冷めた目つきで俺のことを睨んでいる。
俺はそんな二人の視線に耐えきれず口を開いた。
「――なんでそんな怒っているんだ? お前らも名前で呼ばれたかったのか? もしそうならこれからは名前で呼ぶが……?」
『そういうことじゃない(っす)!』
二人の声は重ねて否定した。俺はいったい何が不満なのか理解出来ずに困惑していると、少し篭った声が俺達に向けられる。
「――何をやっているんですか? 喧嘩……?」
「龍か。――ふんっ。別になんでもないさっ!」
雨宮はそっぽを向きながら高崎に返答した。彼は俺に視線を一度向けた後、首を傾げた。
「まぁ、いいですが。――拠点、食料の準備も終わったようなので、偵察の結果を話しましょうか?」
俺達は高崎を目の前にして腰を下ろした。彼は依然として口を曝け出すことはしないようだ。
「偵察の結果ですがはっきり言うと……非常にまずい状態です」
「――まずい状態?」
「その意味の通りですよ神崎さん。俺の掴んだ情報だと両組織とも明日には互いの拠点に乗り込むようです」
「やはりどちらも敵の情報は掴んでいたと言うことか……」
「そのようです。そこで俺達には三つの選択が残されています。一つ目は、今夜中に乗り込む。二つ目は、明日以降まで待つ。三つ目は、今回は諦めるかの三つです」
高崎の提案に俺達は誰一人として言葉を発しない。皆それぞれ頭の中で思考を巡らせているのだろう。
暫しの沈黙の後、先程までふて 腐れていた雨宮が真剣な表情で口を開こうとした。しかし、その直後、外からカタカタとけたたましい音が鳴り響く。
「――なんだこの音は!?」
「戦闘準備を!! これは俺が仕掛けた警報装置です! 何者かが此方に近づいています!」
俺達はパニックになりながらも武器を取り出し、葛西と西村を守るように立つ。
警報音は未だに止まることはなく、空気が張り詰めていく。突然のことで頭の中は混乱し、時間だけが過ぎていった。
そして、張り詰めた空気を切り裂くかのように破裂音が響いた。ドアが木っ端微塵に破壊され、それを見た雨宮が怒号を飛ばす。
「いったい何者だ! 姿を現せっ!!」
「――こっちには最強で天才の葛西りくがいるんだ! お前達には勝ち目はないっ!」
ドヤ顔で言い放つ葛西に俺達は呆れ果て、何事かわかっていない彼に西村が慌てて小声で喋る。
「りくちゃん! そんな簡単に自分の名前言ったらだめでしょっ!」
「ぁ――――。ふ、ふ、ふははははは! 葛西りくは仮の名前! 俺の本当の名前は――神崎大翔だあぁぁ!」
「――おいお前! 何をっ!!」
「神崎先輩は黙っていてくださいっす。俺がなんとかするっす!!」
俺の名前まで言い放った葛西に怒りをぶつけようとしたのを遮り、低く渋い声が響く。
「――なるほど。お前らもしやと思っていたがこの世界の人間ではないな?」
その声と共に俺達の前に姿を現したのは黒スーツを着込んだ三人組。
ガタイがよく顔のいかついおっさんを挟むように二人の若い男が立っていた。真ん中のおっさんは此方を見渡すと口を開いた。
「お前らエスポワールでもなければ、ギリス政府に入っているとも思えん……。無所属のダイバーか?」
――エスポワールだと? こいつらがブックダイブの世界に存在する組織の一つか……?
雨宮が代表して言葉を放った。
「まずは自分の正体を明かしたらどうだ?」
「――ははっ。気の強い女の子だな。まぁ、いい か。俺はエスポワールの幹部の一人黒津
地 銀だ。さぁ、お前らも名を名乗れ」
黒津地銀と名乗る男は、両サイドに立つ男達に命令する。
すると此方から見て右側の男は直ぐに口を開いたが、左側の男はなかなか喋ろうとはせず、彼に再度催促されるとやっと言葉を口にした。
右側の男の名は永遠 幸良。左側の男の名は内村 隼人。どちらも明るい髪色をしている。永遠は金髪、内村は赤髪といった具合だ。
彼らの自己紹介が終わると、雨宮も含め俺達も簡潔に名だけを名乗り、またなんとも言えない空気が部屋に流れる。そんな中、葛西が質問を投げかけた。
「結局あんたらは何しに来たんすか? 人の家のドアまで壊して」
「――ドアに関してはすまないことをした。後で必ず直すことを約束しよう。俺達が来た理由は、ギリス政府がこの小説にダイブしていると言う情報を手に入れて、周辺を探索していたのだ。そんな時にこの拠点を見つけたもんだからつい勘違いしてしまったと言うわけだ」
「へー……。ってことはあんたらはギリス政府と戦闘するつもりだったんですか? ――てか、敵の拠点を間違うなんて本当っすかね~?」
「――何を言いたいんだ?」
「またまた~。知らないような顔しちゃって」
「何が言いたい小僧?」
葛西の挑発するような態度に内村が鋭い声を出す。葛西はそんな視線を気にすることなく話を続けた。
「だ~か~らっ! あんたらがそう簡単に敵の拠点を間違うはずがないんだよ。だってずっと俺達の事を観察していたんだろ?」
「――どう言うことだりく君? あいつらが観察していたって……?」
「雨宮さんは気がつきませんでしたか? 俺達が食料を探している間、時々だけど微かに人の痕跡があったんすよ。最初は野生動物だと思ったすけど、途中で自然ではありえない物が落ちていた んすよ」
「怪しい物――?」
「――タバコの灰っすよ。本当に微かな量でしたっすけど」
「私はまったく気がつかなかったな……」
「俺は雨宮さん達のように気配を察知することは出来ないっすから。――って言うわけっすけど、どうだいおっさん達?」
内村が反論しようとするのを制止して黒津地が口を開く。ちなみに、永遠はと言うと初めからニヤニヤと面白そうに此方を見ているだけである。
「――俺としたことがしくじったな。ふぅ……。そこのガキが言う通り俺達はお前らを観察していた。だが――、敵か味方か確認するにはしょうがないことだろう?」
「――葛西の言うことを認めるんだな?」
黒津地は俺の問いに素直に頷く。
「なるほど。だが一つ分からないことがある。観察しておきながら襲い掛かって来ようとするってことは、俺達が危険分子だと考えたからか?」
「――いや、それにはちゃんと理由があるんだ」
「理由だと? 何だそれは??」
「実は……俺達に力を貸してほしいんだ。共にギリス政府と共闘してほしいと思ったんだ」
黒津地の言葉に俺は顔をしかめる。
「――ってことは、俺達が共闘する者に値するか確認するために?」
「そうだ。どれほどの力を持っているのか知りたくてな。戦闘経験は殆どないと勝手に考えていたが、突然の襲撃にある程度冷静に対処できるとは驚きだよ。――そんなきみ達を見込んで頼んでいるんだ。どうかな?」
「――ふざけるな。お前らの目的のために危険にを犯せって言うのか!? そんな奴らと誰が共闘なんかするか」
他の仲間に視線を向けると、皆苛立ちを顔に表わしながら同様に否定の意を示す。
黒津地は俺達を見て残念そうな表情をする。
「そうか……。強制をする権利は我々にはない――。ドアはちゃんと直すから心配しないでくれ。あと此処は直ぐに離れた方が良い。
俺達のようにギリス政府の連中がいつ襲撃してくるかもわからないからな。……俺達はそろそろ戻らせてもらおうか」
黒津地はそう言葉を残すと俺達に背中を向けるた直後――――
「ふせろおおおぉぉぉ!!!」
突如、内村の怒号が部屋に響き渡り、俺達は咄嗟に身を地面に投げ出した。様々な衝突音が室内に響く。
内村の素早い判断により誰一人として傷を覆うこ とはなかった。
「なんなんすかっ! いったい!?」
「――っち。ギリス政府の連中の襲撃だ……。お前ら! 戦闘準備だ! 行くぞ!!」
『了解!!』
そう言って黒津地達は外へと走り出す。俺達は地面に伏せた状態で彼らの姿を傍観しているだけであった。
鈴が消え入りそうな声で言葉を漏らす。
「これからどうしましょう……? ――神崎さん」
「――ギリス政府の連中は奴らに任せるしかないだろう。俺達は少しの間此処で身を隠そう」
「そうっすね……。わざわざ危険な目に会う意味もないっすから」
「雨宮さん……?」
西村は黙りこくっている雨宮に声をかける。すると、雨宮は意を決したようにとんでもない事を言い放つ。
「――私達も共に戦おう」
「お前……今がどう言う状況かわかっているのか? それに戦わないって事になったじゃないか!?」
「そうっすよ雨宮さん!」
「――きみ達は彼らにだけ危険を押し付けていいのか? このまま逃げて本当に悔いは残らないのか?」
「それは………………」
「私はそんな曲がったことはしたくない――。きみ達が来ないなら私一人でも戦いに行く!」
俺達は言葉が出ずに雨宮の真剣な瞳を見詰める。俺は初めて彼女を見た時のように、その曇りのない瞳に心が動かされていくのが感じられた。そして――――
「わかった。俺も戦おう・・・。あの時、俺はお前の我がままに付き合うと決めたからな」
「しんざき……! お前ってやつは――――」
「お二人が戦うというなら…………私も一緒に戦います!」
「すず……。自分が何言っているかわかっているのか!? わざわざ危険に飛び込まなくてもいいいだろう!」
「そんな事わかってるよりくちゃん。でも――、目の前で困っている人がいたら見捨てることなんて私は出来ない!」
「――本当にいいのか? あの化け物と戦った時のような危険が待っているかもしれないんだぞ?」
鈴は一瞬顔を歪めた後、力強 く頷いた。葛西は俺達に鋭い視線を向ける。
「――鈴が戦うなら俺も戦います。だけど一つだけ条件があります」
「なんだ? 言ってみろ」
「俺を……鈴と一緒に行動させてください!」
「――わかった。鈴はりく君に任せる。……皆! 私の我がままに付き合ってれた本当にありがとう! 私はきみ達が仲間で本当によかった……。最後に一つだけ、必ずまた一緒に笑い合おう!! さぁ、行くぞ!!」
『おう!!』




