サクラサク
ある先輩に感化されて、王道ラブコメを書いてみました。短い作品ですが、よろしくお願いします。
面倒なものを押しつけられたな、と謙也は思った。
高校二年の一学期の始まりのことである。クラスの係・委員会決めの時、謙也はジャンケンに負けて、図書委員会になってしまった。本なんて普段あまり読まないし、学校の図書室にも高校に入りたての時に利用の説明を受けて以来行っていない。この高校の委員会は男女二人でやることになっており、女子の方はある女子が真っ先に手を挙げて決定したものの、男子の方は誰からも手が挙がらなかった。結果、ジャンケンとなり、謙也は敗北、貧乏くじを引かされたのである。
「まあ、図書委員会って何やるか知らないんだけどな」
仕事の内容は知らないが、面倒臭いことのように、謙也は漠然と感じていた。単に、訳のわからないことをやらされることが嫌なだけかもしれないが。
嫌なことだろうが、サボるのは何だかばつが悪い。放課後、謙也は委員会の当番の日に図書室を訪れた。図書室はそこそこ広く本棚も多く並んでいるが、人気があまりない。本棚よりも手前に置かれた長机で勉強する生徒がチラホラと居るくらいだ。
謙也は徒労感を覚えながら、カウンターに向かう。カウンターには二人分座れるスペースと椅子があり、すでに同じクラスのもう一人の女子の図書委員が座っていた。彼女は頭ごと視線を下に向けている。どうやら、本を読んでいるらしい。
謙也はそっともう一つの椅子を引きながら、彼女に声をかけた。
「すまん、遅れた」
謙也が詫びると、彼女は本から頭を上げないまま、
「いや、構わない。私が早く来ていただけだし、見ての通り人気もない。それに、」
と、彼女は栞を挟んで本を閉じ、顔を謙也に向けた。
「むしろ、キミがサボらなかったことに、少しばかり感動を覚えている」
瞳を細め、唇を綺麗な半月状にして、彼女は微笑んだ。
謙也は一瞬、息ができなくなった。
彼女の名前は櫻井愛美というらしい。一年の時に同じクラスでなく、二年の自己紹介もあまりちゃんと聞いていなかった謙也は、この時初めてしっかり彼女の名前を覚えたーー忘れまい、と思った。
「ところで、キミの名前を改めて訊いてみても良いかい?」
愛美がショートカットを揺らして、首を傾げる。当たり前の疑問であるが、嫌也は頬を指でかきながら、
「俺は謙也だ。苗字は…………、名簿を見ればわかるんだろうが、あまり名乗りたくない。下の名前で呼んでくれないか?」
と、嫌也は苦笑と共にはぐらかした。それを聞いて、愛美はククンと喉の奥で笑いながら、
「そうか。……名前の時点ですでに十分面白いんだけど、わかった。キミの意見を尊重して、今後は謙也君と呼ばせてもらおう。それで良いかい?」
「ああ、助かる。よろしくな、櫻井」
謙也がそう言うと、愛美は眉をひそめた。何か不快にさせるようなことを言ったのか、と謙也が慌て始めると、愛美はひそめた眉のまま、
「キミだけが下の名前で呼ばれるのは、何だかフェアじゃないと思わないかい? この際だ、私のことも下の名前で呼んでくれないか」
歯を見せて笑った。謙也は戸惑った。自分のことはさておき、下の名前で呼ぶほど親しい女子が今まで彼には居なかったからだ。そんな慣れないことはしたくなかったが、愛美を不快にさせたくない。謙也は何かに流されるように、愛美の言に従うことにした。
「わかったよ、…………愛美」
謙也が彼女から目をそらしながらそう告げると、またククンという笑いが聞こえた。そして、「うむ、よろしい」という心地の良いメゾソプラノボイスもまた、謙也の耳に届いた。
女子に対して、不快でない気まずさを感じたのは、嫌也にとって初めてのことだった。
それからというもの、謙也は愛美とよく会話をするようになった。図書室という場所柄小声での会話だったが、それによってより親密さが感じられた。謙也にとって、図書委員の仕事は苦に感じないどころか、憩いにも似た時間と化していた。二ヶ月ほど経つと、二人はこのような会話を交わすようになっていた。
「この前勧められた短編集、読んだぞ。最初の短編が一番好きだけど、最後の短編も今までの話が伏線になっていて凄かった」
「そうだろうそうだろう。キミは読書慣れしていないだろうから、一つ一つの話が短い短編集から読み始めた方が良いと思ってね」
「ああ、見事に愛美の術中に嵌ったよ」
「そして、じきにより多くの言葉に飢えてくると思うから、その時は言って欲しい。また本を紹介するよ」
「俺はお前の掌の上か! ……わかった、その時は頼むよ」
「うん、心得た」
謙也は一呼吸おいてから、
「なあ、愛美。前から気になってたんだけどさ。本読みのお前が、そうじゃない俺と話していて楽しいのか? まだ全然そういう話題に付き合えないし」
勇気を振り絞ってそう言った。顔が強張っているのを感じる。しかし、それを聞いた愛美は肩をすくめて応えた。
「キミ、そんなことを考えていたのかい? 私は結構楽しいつもりだったんだけどねえ。私はこの通り、ちょっと変わった性格のせいで、今まであまり他の誰かと向き合って会話する機会がなかったんだ。本を読むか妹を可愛がるかしか、日々することがなくて」
妹が居たのか、と思いながらも、謙也は黙って話を聞き続ける。
「本読みじゃないとキミは言ったけど、そうでもないと思うよ。本なんて、人から強いて読まされるものじゃない。……まあ、キミにはついつい勧めてしまったけど、キミの方から関心を持ってくれて嬉しいんだよ。むしろ、こちらこそこれからも私と付き合って欲しいな」
そう言って、愛美ははにかんだ。謙也はまた違った意味で何も言えなくなってしまった。が、愛美が聞き捨てならないことを言っていたので、
「愛美、その、今、付き合って欲しいって……」
ついつい、訊いてしまった。愛美はみるみる頬を赤らめ、
「い、いや、違うぞ。そういうんじゃない! 友だちとして、よろしく頼む、という意味だ!」
「わかったわかった、これからもよろしく。それと、図書室ではお静かに」
愛美は小作りな顔を本で隠してしまった。
「ばか」
謙也は口もとに手を当てて、笑いが漏れそうになるのを抑えた。やっぱり、可愛いな、愛美は。謙也は、心の中の器がもうすぐ満杯になりそうなことを感じた。
そろそろ伝えたいな、そう、思った。
その日以降、愛美は謙也に妹の話もよくするようになった。妹の可愛いところを聞くたびに、彼女がいかに妹を可愛がっているかが謙也にはよく伝わった。彼女の意外な一面を知ることができたのは嬉しいものの、あまりの妹への溺愛ぶりに自分への方が不安になってしまうので、複雑だ。一方、謙也は長編の小説も読むようになり、前よりも本の話で盛り上がれるようになった。彼女の気を引きたいという思い以上に、嫌也は本を読むことが好きになり始めていた。
この日も、愛美は妹が自分の作ったハンバーグを美味しいと言ってくれたことを喜びながら嫌也に話していた。
「……。良かったな。俺も、お前が可愛い可愛い言ってる、お前の妹に会いたくなってきたな」
「会わせても良いが、……手を出すなよ?」
目元の陰を濃くしながら、愛美は凄んだ。思わぬ反応をされて慌ててしまったのだろう、…………謙也は口を滑らせてしまった。
「いやいや手は出さないよ! 俺は愛美が好きなんだから!」
言ってしまってから、謙也は頬を引き攣らせた。やってしまった。もっと、ムードのある時間と場所で伝えようと思っていたのに。事実なことには変わりないから、訂正の入れようもない。
謙也はあまりの気まずさに両手で顔を覆って俯いていたが、その時、愛美の肘に当たってしまったので詫びようとしたら、愛美も同じようにして俯いていた。
「…………ま、愛美さん?」
「……ふ、不意打ちはずるいよ、キミ」
覆っている手の指の隙間から見える彼女の顔は、いつかのように真っ赤になっていた。
「愛美……その、こんな時に言ってしまうのも何だけど、俺、お前が好きなんだ。俺と付き合ってくれないか?」
謙也は愛美を真っ直ぐに見据えて、想いを告げた。愛美もゆっくりと顔を上げて、真っ赤な顔のまま、瞳を濡らしながら微笑んだ。
「こちらこそ、よろしく、謙也」
その日、謙也と愛美は図書室委員の当番が終わった後に、一緒に帰った。
「私が謙也の彼女か……。彼女……、彼女ね、…………ふふっ」
「あんまり可愛い反応をするなよっ。……そういえば、さっき言った、妹に会いたいっていうのはどうなんだ?」
「やけに妹に会いたがるじゃないか? 早速浮気か?」
「違う! 元々愛美の話を聞いていて興味があったし、それに今はほら、……お前の彼氏として挨拶しておきたいから」
「ダメだ」
「即答⁉︎ なんでダメなんだよ」
「だって…………、」
「だって?」
「…………今、私幸せ過ぎて、こんな緩みきった顔を妹に見せるのが、……恥ずかしい」
読了ありがとうございました。
二人は末長く爆発してください。




