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森永のおじさん  作者:
2/5

 ある休日、森永のおじさんは大学のときの友人と出会った。大きな駅の中にある喫茶店で待ち合わせることになっていた。待ち合わせ時間の十分前に森永のおじさんが、そして待ち合わせ時間ちょうどに友人の平戸さんがやってきた。おたがいに大学を卒業してから十年もあっていない。それぞれ別の会社で働いている。森永のおじさんはあの丘の上の小さな会社でのんびりと、そして平戸さんは大都会の大きなビルにある会社でせわしなく。平戸さんは世界を相手にした国家規模の、なにやら大きな仕事をしているらしい。

「やあ元気だったか」

と平戸さん。

「ああ、元気すぎて娘が産まれたよ。そっちはどうだ」

と森永のおじさん

「こっちも元気すぎて息子が産まれたよ」

なんて喫茶店で近況を話してから店を出て、駅を出て、二人は学生時代によく行ったファミリーレストランに歩いて向かった。社会人なのだからもう少し値段の高いところでも良かったけれど、昔の思い出話をするのだから思い出のあるそこが一番いいのだ。

 レストランに入るとウェイターに案内されて森永のおじさんと平戸さんは箱型の禁煙席にこしかける。森永のおじさんは若鶏のしょうが焼き、平戸のおじさんはステーキのレアと生ビールを頼んだ。ウェイターが去ると平戸さんは森永のおじさんに問いかける。

「まだお酒は飲まないのをつづけているのか」

「そうだよ。アルコールを飲むと頭がぐるぐるとなっちゃうのさ。頭痛と吐き気にたえながら食事なんかしたくないからね」

「そうか、じゃあ悪いけど俺だけ酒を飲ませてもらうよ」

そう平戸さんが言うとふるふると森永のおじさん、首をふる。

「いいって。大事なことじゃない。酒は酒が好きな人が好きな時に飲めばいいんだ。それにしてもおまえ、変わったな。学生のころはそんなこと言わなかったのに」

すると平戸さんは不思議な顔。

「会社の飲み会とかでひとりだけ飲まなかったらその人に悪いだろ。自然とその習慣がついちゃったのさ」

ああ、と森永のおじさんはうなずいた。

「うちの会社、飲み会とかやらないんだよ。忘年会とかもないし打ち上げもしない」

平戸さんは驚いた顔した。

「そんな会社なんてあるんだね」

「うちの会社は酒を飲む人間と運転免許を持つ人間はやとわないんだ。社長が決めたとか言う規則なんでね」

平戸さんは不思議そうな顔をしているのか驚いているのかよくわからない表情をした。しぶいものでも食べたみたいな顔だった。

「なんで、そんな条件があるんだよ?そんな人間はそんなにいないだろう。それで優秀な人材が集まるのか?」

「さあね。少なくとも社内から飲酒運転で逮捕されるやつが出ないのは安心だよ。小さな会社だからそんなことがあったらすぐにつぶされてしまう」

「その会社の社長は昔、飲酒運転でひかれでもしたのか?」

平戸さんの生ビールがきた。話が中断される。森永のおじさんは水の入ったコップをかかげる。平戸さんは生ビールのグラスをかかげる。二つのグラスがカチリとふれあう。

「再会に乾杯」

「再会に乾杯」

中断された会話を森永のおじさんは続ける。けれど中断された前に出された質問には答えない。

「実はその社長に会ったことがないんだ」

平戸さんは飲みかけたグラスをおいた。

「なんだって?」

「社長に会ったことがないんだ。そもそもうちの会社に社長がいるのかさえわからない。多分いるんだろう。でも、その多分いるであろう社長が出した規則はちゃんとあるんだ」

平戸さんは絶句している。

「でもいい会社だよ。仕事は単調だけど給料だってそんなに悪くない」

と森永さんは言う

「森永、おまえって大学卒業してから就職先が決まったよな。その会社って大丈夫なのか?やばい仕事とかしてないのか」

「たぶん大丈夫だよ。あんなのんびりとしたやばい会社があったら、世の中の会社のほとんどはやばい仕事をしているさ」

とあまり自信なく冗談まじりに森永のおじさんは答えた。実はどんな仕事をしているのかも分からない、とは言わないでおいた。話がややこしくなりそうだから。

「調べといてやろうか?おまえの会社のこと。会社のつきあいをあたればわかるかもしれない」

「いいよ。給料さえもらえればどんな会社だっていい」

「そうか」

ウェイターが若鶏のしょうが焼きとステーキを持ってきた。二人は黙々とナイフとフォークで肉を切り分けて食べ始めた。

「ところで、おまえの仕事の方はどうなんだ?」

と森永のおじさんは口をひらいた。

「仕事か?来年度、俺、年収一千万円はいくかもしれん」

と平戸のおじさん。

「そりゃすごいな。で、その年収一千万円の男がやる仕事はどんな、なんだ?」

「選りすぐりの部下が三十人はついて、なんでも社運をかけた仕事らしいぞ。その責任者に俺が抜擢されたというわけだ」

「一個小隊並だな。もしかしたら国だって動かせるかもしれないな。で、どんな仕事なんだ」

はははと平戸のおじさんは笑った。

「国は動かせないけど、その仕事は二十ヶ国にまたがる仕事のようだぜ。おれも世界デビューってことだ」

「そりゃまた大きく出たな。で、その世界デビューする仕事はどんな仕事なんだ?」

「そうだな。なんでもその仕事のためにいろいろな銀行が数億円は出資してくれるらしい。成功すればうちの会社は、数十億はもうけるかもしれない。そんな仕事だ」

「そりゃ世界を相手にした仕事だからな、金の規模もでかいわけだ。で、それはどんな仕事なんだ?」

平戸さんは目をぱちくりさせて森永のおじさんを見る。

「どんなって。今、言ったとおりの仕事だぜ」

「そうか」

森永のおじさんはもう何も言わなかった。二人はナイフとフォークでの食事をつづける。ただ黙々と。それから大学時代のバカ話やしんみりとした思い出話をしてレストランを出た。

「実夏ちゃんは元気か?」

と平戸さんはレストランから駅に向かう途中の道で森永のおじさんに聞いた。実夏ちゃんとは森永のおばさんのことだ。

「ああ元気だ」

「役所はやめたんだって?」

「娘が産まれる前にやめた」

「そうか。じゃあな、三人で仲良く暮らせよ。ほんとにおまえはまったく変わっていないよ」

「ああ、おまえもな。まったく変わっていない。じゃあな」

大きな駅の改札口で森永のおじさんと平戸さんは別れた。

 森永のおじさんはすぐに改札口には入らず、腹ごなしに一駅だけ歩くことにした。駅前には多くの男性や女性であふれかえっている。みんな仕事帰りだろう。森永のおじさんは思う、この中の何人が自分の仕事が持つ本当の意味を知っているのだろうか?


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