人を呪(おうと思)えば(大きな)穴があり
人を呪わば穴二つ
意味:人を傷つけようとすれば、それによって自分が傷つくことになる というたとえ
わたしは幸せでした。
大好きな人は別の女性と結婚しましたが、わたしは幸せでした。
彼にもらったルビーの指輪を握りしめて、わたしは薄れる意識の中で、彼と彼の妻となる人が幸せになるよう祈りました。
どうか、わたしのことは忘れて幸せになってください。
そうして、わたしは愛する彼との思い出のルビーの指輪を手に天に召されたはず、だったのですが。
ふと、気づくとどこからか知らない男性の声が聞こえてきました。
「おい、本当なんだろうな?これが、歴史上有名なあの女の指輪というのは。」
「それはもう。子飼いのハンターに探させましたから。」
「話ではその女は指輪を握りしめたまま死んでいたためそのまま埋葬したと聞いたが、まさか、墓を荒らしたのか?」
「…そこは、ほら、ねえ?」
なんだか不快な話をしているようで、わたしは目を開きました。
そこにはスキンヘッドのがたいのいい男と、狐目の小柄な男がおり、よく見てみると、その男たちの目線の先にはわたしの大事な指輪が。
『ちょっと!あなたたちわたしの大切な指輪に何をしているの!』
知らない男たちで普段なら声もかける勇気が出ないけれど、あの指輪を取り返すためなら大きな声も出ます。
だが、男たちはわたしの声を無視しています。
『ねぇ!?聞いていますの?』
さらに大きな声を出したが返事はなく、行動に出ることにしました。
即ち、指輪を取り返すのです。
男たちの間に割って入り、指輪を抱え込みます。
そのルビーの石は相変わらず綺麗に輝いています。
『わたしの、わたしの指輪……。』
ほう、と息を吐いて男たちを睨みつけます。
すぐさま奪いにくると思いきや、何故が放心したようにじぃっと指輪を見つめていました。
『渡せと言われても、渡しませんからね!』
ですが、その言葉にも反応はありません。
人のものを盗っておきながら無視をするとはいったいどういう了見なのでしょう。
睨み続けていると、スキンヘッドの男が急にしりもちをつきました。
「ゆ、指輪が浮いてる!!」
何をおっしゃっておられるのでしょうか?
指輪はわたしが持っています。決して浮いてはいません。
『何をおかしなことをおっしゃっているのかは分かりませんが、返していただきます。』
毅然とした態度を崩さないようそう伝えても、なんの反応もなく本当に失礼な方々です。
「呪いだ!あの女の呪いだ!俺はこの件からはおろさせてもらう!まだ死にたくねえ!」
何を訳の分からないことを……
スキンヘッドの男はバタバタと大きな足音を立ててドアを開けて走ってどこかへいきました。
それを見ていると、狐目の男が近寄ってきました。
わたしは両手で指輪を握りしめます。
狐目の男は指輪を奪おうとはせず、じっと見つめながら少し顔をひねりどこかへ向かって声をかけました。
「おい、ゼクターいるか。」
「ここに。」
ふときづくと、狐目の男の顔が向いた方向に黒ずくめの男がいました。
どなたでしょうか。
「指輪を取れ」
「はい」
わたしは盗られまいと後ろ手に隠し持ちました。
黒ずくめの男はわたしの目をじっと見て、囁くように言いました。
「少しの間、お貸しください。見せていただくだけです。すぐお返しすることになるはずです。」
むっとしつつも、黒ずくめの男の腰に差してあるナイフが怖くて仕方なく渡しました。ですが睨むことは忘れません。
黒ずくめの男は狐目の男に指輪を差し出しました。
「いや、お前が持っておけ。俺にはそれは持てん。」
「わかりました。」
黒ずくめは懐に指輪入れました。
「またあとで呼ぶ。待機しておけ」
「はい」
黒ずくめの男が指輪を持って行くのでわたしもついていきます。
『ちょっと、早く返して下さい。』
そう言っても反応はしません。仕方なくついていくことにしました。
男は狭い部屋へも入っていき、ドアの鍵をしめました。
そして、わたしの方を向いてじっと見つめています。
『な、なんですか?』
黒ずくめの男は顔も隠していて、黒い切れ長の瞳だけが見えています。その目に少し怯みつつもどうにか声を絞り出します。
「いえ、どうぞ。」
指輪を差し出されて、すぐにつかみかかるように受け取りました。
あぁ、わたしのルビーの指輪…。
「貴女は、セリナ・ジョワンニですか?」
『えぇ、そうね。』
「第16代フィルフォルネ女王の婿になった、ルード・クルネ・S・フィルフォルネの、恋人だった。」
『そう、ね。』
「昔の恋人を呪い殺した、セリナ・ジョワンニですね?」
『……………え?なんですか、それは。』
「ルード・クルネが王城に入ってから、ずっと呪っていたと歴史書には残っているが?」
『ルード様が呪われていたの?幸せではなかったの?わたしは身を引いたのに?どうして、そんな。
彼が女王と幸せになるのならばと、彼の嘘を信じたふりをして最後の贈り物を受け取ったのに。』
彼はわたしの恋人だったけど、本当に愛するべき人に、フィルフォルネ女王と出会ったのです。
初めから出会うはずだった運命の相手の二人、彼らは愛し合っていた。
この指輪を受け取ったとき彼は言いました。
「この指輪は君を必ず幸せにしてくれるから。これを受け取ってほしい。
愛しているよ、ごめん。必ず迎えに行くから。」
この指輪は確かに最期までわたしを幸せにしてくれていました。
彼との最後の思い出だったから何があってもずっとこれだけは持っていました。
指輪を持っていることで、わたしはいつも幸せでした。いえ、幸せだった思い出に浸っていることができました。
彼の『愛しているよ』が嘘なのは分かっていました。
彼の『迎えに行くから』が嘘なのは分かっていました。
なにも知らないふりをして、小さく笑顔さえ浮かべて「はい」と答えた。
「待っています」 とも 「信じられません」 とも言わずに、ただ 彼の言葉にうなずくだけ……。
彼が王城に行ってから、わたしは食べ物が無くなろうとも、他のすべてのものが無くなっていこうとも、この指輪だけは持っていました。
この指輪だけがわたしの幸せの象徴。
でも、彼はルード様は呪われていた、と?
『わたしが彼を呪うはずもありません。彼は女王様とお幸せになられるためにわたしの元を離れたのです。そんなことはわかっています。』
「では、史実が嘘 だと?」
『史実…?先ほどから歴史書とか史実とか、なんのお話ですの?』
「フィルフォルネ王国は既に存在しない。
セリナ・ジョワンニの呪いにより世継ぎも生まれず、そして黒き流行病が蔓延しルード・クルネが王城に入って3年のうちに民の多くが死に、生き残った者も別の場所へと移り住んだ。」
黒ずくめの男は淡々と語ります。
『…多くが死に…?存在しない?流行病…?…では、わたし、は。』
呆然としていると、黒ずくめの男は小さな鏡を掲げるようにわたしに向けました。
不思議に思いつつも鏡を見ると、そこには何も映っていません。
いえ、後ろのドアは映っているのですが、わたしの姿が映っていません。
『え…。』
わたしはふと指輪を持つ自分の手を見ました。手が透けています。
あぁ、そうか。わたしは死んでいるのね。
『あら。そう、なのね。』
黒ずくめの男を見据えて、先ほどのスキンヘッドの男と狐目の男がわたしの言葉になんの反応もしなかったことを思い出します。
『彼らには見えていないし、聞こえてもいなかったのね。
でも、なぜあなたはわたしが見えるのかしら?』
「そういうものが、見える性質と言っておく。」
『そう。……えぇと、それは難儀ですわね。』
「………!……いえ、貴女に言われるとは思いもしなかった。」
『そうね。わたしはそのおかしな存在そのものですものね。ところで、あれから何年たっているのかしら?』
「………200年ほど。」
『そう。』
わたしが生きていたころは、もう200年も前の話になるのですね。
それにしても、わたしったら200年の間永眠っていたというのになんで今さら起きてしまったのでしょうか。
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生きていたころのわたしは貴族でした。ルード様とも幼い頃よりお傍におり、婚約という形はとっていなかったもののいずれそうなるのだろうと父親の話や彼のお父様もおっしゃっていました。
ですが、わたしが14歳になった時わたしの叔父が国に多大なる被害をもたらして、その責任を問われ我が家は貴族のしるしを奪われました。
ルード様と未来をともにすることは永遠に無くなったのだとわかりました。
それでも、ルード様はとてもお優しい方だったので次々と家の者たちが去っていく中、心配して手紙をくださりました。
家で働いていた者たちには退職金代わりにと貴重な本や幼い頃に亡くなった母の遺品の髪飾りなどを差し上げました。
父はいろいろな手続きをして後、叔父の責任をとるために処刑されました。
家にはわたしだけが残され、その家も国へと返すことになりました。
わたしが家から出ていくときに、ルード様にルビーの指輪をいただきました。
綺麗な髪飾りも首飾りもドレスももう無く、残されていた侍女の古い服を着ていたのによくわたしだとわかってくださったとうれしく思いました。
お別れして、森へと入り小さな崩れかけた小屋で少しの間過ごしましたが、間もなくそこで息絶えたのです。
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わたしの過去を見ず知らず(しかも名前どころか顔も姿も知らない)の男に話していました。
わたしにとっては近しい記憶であっても、彼にとっては200年も前の話です。さほど興味もないかと思われましたが、なぜか付き合ってくれていました。
見た目に寄らず良い方なのかもしれません。
「そう、か。だがそれではあの方の目論見が……。」
『目論見ってなんですの?わたしにできることですの?』
どうやら、わたしのこのルビーの指輪を使って何かをしようとしていたようです。
狐目の男には何の恩もありませんが、黒ずくめの男はわたしの過去を大人しく聞いていてくださったことですし、できる事なら何かをして差し上げても良いかと思いました。
「あ……いや。でも、貴女は誰のことも呪っていなかったのだよな?」
『えぇ。わたし、ルード様と別れて少しして天に召されましたもの。
生きている間も彼と女王様の幸せを祈っても、呪うなんてとんでもありません。』
だいたい、14歳の貴族であったわたしに呪うなんて力があろうはずがありません。
「グリッツァ様は、その呪いのルビーの指輪で国の中枢を崩すとおっしゃっている。」
グリッツァ様というのはどうやら狐目の小柄な男の事のようです。
『この指輪にはそんな力がありますの?
確か、ルード様がこの指輪をくださった時は「婚約式の時に渡そうと思っていたもの」で「今日出来上がったばかり」とおっしゃっていたので、そんないわくつきではないはずですが……。』
「いや、あなたが呪いをかけたからこの指輪が呪われていると……。」
黒ずくめの男は少し困ったようなそぶりを見せています。
わたしも困ります。
『わたし、呪うことなんでできません。』
「そのようだな……。」
二人して困ってしまいました。どうなるのでしょうか……。
とはいえ、ただの幽霊のわたしはこの大切なルビーの指輪を持つことはできても、黒ずくめの男の差し出した鏡も持てません。呪うことなんてできようはずがないのです。
そんな無理難題を押し付けられても困ります。
ぷかぷかと黒ずくめの男の部屋の中でルビーの指輪を持って浮かぶことしかできませんでした。
黒ずくめの男も墓を荒らして指輪を持って来たのに、効果は無し。
狐目の男の目論見はすでに破綻。
何故だか200年越しに目が覚めたセリナ。
『わたしは常世の住人の幽霊ですし。現世のことはの生きている方々で考えてくださいな。』
わたしにはこのルビーの指輪が手の中にあれば、それだけでずっと幸せなのですから。
現世の方々がお考えになればよいと思いますわ。
でも、人を呪わば穴二つと申しますので、呪うだなんてそんなことを考えずに別の方法を取ったほうが良いのではないですかしら?ねぇ?
セリナ・ジョワンニ 没14歳
ジョワンニ家の一人娘。箱入り娘。
ルード・クルネ一筋だが、ルードが幸せならそれでいいと思っていた。
ルードに最後にもらった(婚約指輪になるはずだった)ルビーの指輪を大切にしすぎて、幽霊になってもまだ大切にしている。
ルード・クルネ 18歳
セリナと結ばれるはずだったが、女王からのお召(?)で強制的に婿入り。
セリナのことはいづれ結婚することになると思っていた。
妹のような存在だったが、横やりが入らなければいづれ愛が生まれるはずだった。
女王 17歳
フィルフォルネは代々女系である。女王がトップに立つ。
母が退位するということで、婿が必要になったので適当に見繕ってもらった結果、婚約していなかったのでルードに白羽の矢が立った。
ほぼ婚約状態とは知らなかった。
セリナの叔父
何者かの悪意で無実の罪で処刑された不憫な人。
ゼクター 黒ずくめの男
グリッツァの配下。子飼いのハンターらしい。
200年前のフィルフォルネ王国の生き残りだったりする。
グリッツァ
狐目の男。国の中枢で働いているが、現在の政治に不満がありちょっと呪いでかき乱そうとしている。
貴族制度とかよくわからないので、セリナやルードが どの位なのかとかは書いていません。
ファンタジー世界とか中世って、そういうのを調べないといけないのが大変ですよね。
ところで、ルビーの指輪に宿った女の子とその指輪を手にした男性との切ない恋愛的な話を思い浮かべて書き始めたはずが、どうしてこうなってしまったのでしょうか…?