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phase2

 症状を説明したところ、とりあえず来て下さいと言われた。――またか。今朝持って帰ったばかりの入院キットを持ってタクシーを呼ぶ。玄関でタクシーを待つ間、夫にメールをした。定時を過ぎており、病院に直行すると返信が来た。


 再び病院に到着する。――通常の診療時間を過ぎていたので、インターホンで呼んで開けて貰った。今朝行ったばかりの産科病棟に行く。入って左手の長椅子に、顔色の青白い旦那さんが所在なさげに座っていた。右手の分娩室のランプが点灯中。――使用中。


 廊下を走り歩きしている助産婦に案内され、今朝入院していたのと同じベッドに横になった。――彼女の説明によると、個室が四つと五人部屋が一つあるのだが、出産が立て込んでおりすべて個室が埋まっているとのこと。……彼女も相当忙しそうだった。わたしのお腹にNST装置をつけると、カーテンを閉め、慌ただしく病室を出て行った。


 不定期にやってくる痛みに耐えながら数値を見ていた。NST装置には、赤ちゃんの心拍と自分の心拍らしきものが数値で表示される。100いくつを前後。


「ぐ」


 肩に力が入りすぎていると昨日の助産婦さんに言われた。そのとおりだ。歯を食いしばるのをやめ、ひぃ、ふぅー、と痛みを逃すようにする。頭のなかに南の島の海をイメージする。マタニティヨガのDVDで学んだ呼吸法をしようとする。


「ふぅ~」


 見回すと、五人部屋のカーテンが他に三つ閉まっていた。すると、慌ただしい気配が訪れた。はす向かいの病床に、出産されたばかりの方がいらしたようだ。がらがらとストレッチャーで運ばれる独特の音。足音が連なる。呻く産婦。小さい声だが付き添いの方に説明をする深刻な医者の声。夫の相槌。再び足音。助産婦の動く気配。足音。……ものすごく大変なお産をされたようだ。帝王切開どころかそれ以上の雰囲気。


「どしたの」

「わ」


 夫が来た。ちらと向こうを見てカーテンを閉める。「産まれんの? 今日?」

「知るわけないじゃん。お医者さんにまだ見て貰ってすらないんだからさ」

「あそ」かばんを床に置き、丸椅子に座った。「大丈夫?」

「……つぅうう」

「ひ、ひ、ふぅう~力抜いて」

「腰が、痛い。痛い」

「力抜いて」


 力抜いて力抜いてとおまいは処女を相手する男かと突っ込む元気も出なかった。


「ひぃ、ひぃ、ふぅう~」


 夫とひたすら繰り返す。汗だらだらだ。


 そのうち、NST装置の心拍が、ものすごい数値をたたき出した。すごい痛みの波がやって来ると同時に、数値が跳ね上がり、真っ赤になり、数値の横のハートマークも赤くなるのだ。どがん、という感じ。


 歯を食いしばるしか脳が無くなり、なにより、赤ちゃんの状態が心配で、ナースコールをした。


「あの。すごい痛いのがやって来て、NSTの数字がすごくて、赤ちゃんの心拍が大丈夫、なのか、」痛みが来て言葉が詰まった。「心配、なんですが、……」


「分かりました。すぐ向かいます」


 だいたい、こっちに来てから診察すらして貰ってないじゃないか……。


 助産婦が来た。NST装置からは、心電図で見かけるような紙がはき出され(実際心電図なのだが)、彼女はその波を見ながら言った。「この様子でしたら大丈夫ですね。すこし待ちましょう」

「はい、……」

 また待つのか。


 その後もひ、ひ、ふぅ~は続く。


 もしかしたらまた空振りで家に帰らされるのかもしれない。不安と痛みとの戦いだった。


 そのあいだ、ずっと夫はわたしの腰をさすり続けてくれていた。

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