少女は日常に溶け込む(挿し絵注意)
≪少女は日常に溶け込む
「ラブレター?」
古臭さが一周して逆に新鮮味すら帯びてきた
その単語に、自前のパンを貪る友人はオウム返しに
そう聞き返した。
「そう。ラブレター。貰ったの、今日の朝」
「マジで?! うわーキモ過ぎでしょ! てか、誰?」
ラブレター1枚で大袈裟なリアクションを
返す彼女に、私はくすりと笑みを零す。
確かに、朝早くに学校に来て私の靴箱に手紙を
入れるなんて、よっぽど暇人か、でなきゃ変人だ。
給食時間の教室は、昼食も早々に切り上げた男子達がバスケに行った所為で結構静かだった。
みんな、男子は煩いって言うけれど、
案外どうでもいい噂話に没頭する女子達の方が
騒がしいんじゃないか、って最近思う。
ラメ入りの髪留めでミディアムの金髪を
右側だけ括った彼女の派手な髪型は、強気な
喋り方に似合っていて、なんでこんな活発な子が
私みたいな写真部員とつるんでいるんだろ、と
今更ながらに不思議だった。
「それがね、解らないの。封筒には何にも
書かれてなくて」
そんなのどうでもいい、っていうのが
本音なんだけど。
それより、彼女がいきなり来たお陰で慌てて
教科書に挟めたままの写真達の方がまだ
気になった。
かくんと小首を傾げてみせた私に、彼女は
何ともいえない堪らない顔をして、いきなり私の
ほっぺをぷにぷにと揉む。
「そっか~~! 恵那は可愛いもんねぇ~!
羨ましーぞ、このぉ!」
指先によって波打つ頬の感触と共に、彼女の甘くてむわんと広がるシャンプーだか香水だか
解らない蠱惑的な香りがした。
それに嫌悪感はないけど、 普通のを使えば
いいのにって偶に思ったりする。
別に可愛くないよ、私。
そんな事言ったって「うんそうだね」なんて
言っちゃう非常識な人、少なくとも私の周りには
いないんだ。
だからといって黙ってたら肯定してる
ナルシストだとか思われちゃうかもしれないから、
取り敢えず一応、形だけの否定をする。
正直、何が「可愛い」で何が「可愛くない」なのか解らない。
子犬を可愛いと思う気持ちはあるけれど、
流行りのモデルやタレントなんかを可愛い、と思う
気持ちは実はあまり理解出来ていない。
理解出来ていないし、理解したいとも思わない。
そんなもので人の態度やクラス内の地位が決まる
この学校という世界を憎たらしくも諦めたくも
思いながら、「可愛い」と認められた事に
安心している自分がいる。だって、今だってほら。
わざわざ友達の机に椅子を持って行って、ご飯を
食べて、今朝のラブレターの事だって、
こうして内輪での笑い話として、充分利用した。
どうでもいいと宣いながら、独りになる事を恐れて周りと同じじゃなきゃ怖くて仕方ない
ありふれた最近の女子中学生だ。
誰かに自慢できる様な事も無くて、趣味だって
無いに等しい。
部活には一応入っているけど、
「あ」
雫が零れ落ちるみたいに、不意に彼女がぽつりと、
声を漏らす。
カラーコンタクトで偽られた薄茶色の瞳は、
教室に入ってきたたった1人の男子生徒に
見事に奪われていた。
「…柳瀬くんって、やっぱりかっこいーなぁ。
ね、恵那はいないの? 好きな人」
白いとも黒いともいえない肌を麻実はピンク色に
染めて、頬と同じ色のリップを塗られた唇は
幸せそうな曲線を描く。
明らかな「恋しちゃってます感」を滲み出す彼女に私は返す言葉が思い付かなかったので、
取り敢えず笑った。
笑った。
何が面白かった訳でもなく。
何の目的があった訳でもなく。
本当に何の意味も無い、強いて言えば
現状維持、の為だけの薄っぺらい笑顔だった。
砂時計の砂が流れ落ちるのを眺める様に。
目まぐるしく変化していく周りの人達を、
私はただ、笑って見ていた。
「私、好きな人とかいないなぁ。麻実ちゃんは
すごいよね、男子とも気軽に話せて」
こう言えば、彼女は機嫌を良くする。
「そんな事無いって!あたしだって、肝心の
柳瀬くんとは全然話せてないし。
…あぁ~柳瀬くん、超かっこい~!」
語尾を伸ばして、死んだ真似みたいに机へ
突っ伏した麻美は、地面へ放り出された魚みたいに、身体をバタつかせた。
「あ~恵那って写真部だよね?! 今度
柳瀬くんの写真こっそり撮ってきてよ!」
「あはは、無理無理。それって隠し撮りでしょう?」
突拍子も無い麻美の提案をさりげなく
断りながら、私は麻美が夢中になっているらしい
柳瀬くん、とやらを何となく見てみる。
真っ黒の染めてない髪に、黒縁眼鏡で無口そう、
という事以外特に印象が無かった。
よく言えばクール、悪く言えばただの暗い人。
派手な麻美には似合わないタイプだな、
どうやら麻美の恋は叶わなさそうだな、とも
思った。
同じクラスメートなんだろうけど、ほぼ全く会話を交わした事が無い。
というか、唯一行動を共にする麻美の恋を
応援しようとも思わない。
悠長にも「叶わなさそうだな」なんて
推測すらする私にはきっとこれからもずっと、
本当の友達とか親友とか信頼関係とかを
築けないで得られないで
過ごして行くんだろうなぁ、多分。
別に、それを虚しいと思うのも、もう飽きたけど。
昼休みの終了を告げるチャイムが響いて、
滑り込むように男子達は汗だくで教室に
入ってくる。
学ランの中のシャツはボタンが何個か
外されていて、よっぽど激しい運動に明け暮れた事を想像させた。
昼休み終了と授業開始までは5分ある。
そろそろ戻るね、と彼女に告げて自分の机に
目をやると、見に覚えのないプリントが、
そこに静かに置いてあった。
近付いて手に取る。
別に、近付かなくたってプリントの文字は読めた。〔写真部入部届〕と無機質な明朝体で印刷された、
何の変哲もないただの入部届。
だけどその入部届には、何だか聞き馴染みのある
名前が、見慣れない綺麗な字で書かれていた。
「…柳瀬 昴?」