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灰色の路上

 悟は薄暗い山道バイパスの路上に立っていた。

 地面の黒い血痕を、悟は呆けたままボーっと見つめていた。

 まるで眠りから覚めた直後のような状態から、ゾンビに襲われたことを思い出し、悟はハッと顔を上げた。

 シボレーはいなくなっている。

 慌てて見回すと大勢のゾンビ達は、周囲をうろついていた。

 あるゾンビは開けっ放しになってるドアやガラスの割れた車に入り込み、獲物がいないか漁っていた。

 人間くさい化け物の行動をガチガチと震えながら悟は見つめていた。

 恐怖で硬直している悟のすぐ横を別のゾンビがフラフラと通り過ぎていく。

 ビクッと体をすくませ、悟は本能的に歯を食いしばった。

 だが、そのゾンビは悟に気づいている様子もなく、通り過ぎていった。

 妙だった。

 すぐ近くにいるのに、ゾンビ達が襲いかかってきもしなければ、悟に興味を示すこともない。

 悟はコンビニで、そして車に乗っている自分を襲ってきたゾンビ達のことを思い出す。 あの容赦のない、恐ろしいどう猛さと、攻撃性を。 

 だが今、ゾンビ達はまるでこちらの姿が見えていないかのように悟を無視していた。

 地面にはUターンした黒いタイヤ痕があった。

 奈弥文達は、来た道を戻ってどうやら逃げたらしい。

 悟は息を殺し、音を立てないようにその場を離れることにした。

 ゆっくりと、慎重に、曲がり道から遠ざかる。

 どうやらあれからこの道を通ろうとした車の数はかなりあったらしく、長い車列が下り道の終わりまで続いていた。

 ……つまり、かなりの時間があれから経過していることになる。

 何体ものゾンビとすれ違った。

 間近で、しかも完全にこちらに顔が向いている奴もおり、悟の存在に気づいていないわけがない。

 しかし、やはり全く興味を示さない。

 でも、なぜだ? ありえない。

 一瞬、そろりそろりと動くことに意味がないようにさえ思えたが、悟は刺激を与えないように細心の注意を払うに越したことがない、と考え直した。

 何度も何度も前後左右、を確認しながら悟は下り道を徒歩で降りていく。

 歩いていくうちに、車の列もゾンビ達の姿も見えなくなった。

 僅かばかり恐怖心がおさまり、かわりに膨らんだいくつかの疑問が悟に思考力を取り戻させた。

 自分は襲われて、それからどうなったのか?

 女のゾンビに首を噛まれたことは覚えている。

 ――そう、首だ。

 思わず首に手を当てる。 

 強烈な痛みと、歯が首筋に食い込む生々しい感覚が脳裏によみがえる。

 だが――。

 相当な傷であることを覚悟していたにもかかわらず、指から伝わる感触は、いたって普通のものであった。

 痣にすらなってなさそうだ。

 そういえば痛みもない。

 そして、自分の視界がおかしなことになっているのにも気づく。

 最初は日が暮れたのかと思った。

 しかし、どうも違う。

 まるでモノクロ映画の世界に迷い込んだかのように、周囲の色彩がないのだ。

 しかし、悟自身の手や衣服にはいつも通りの色彩があった。

 ――なにがどうなってるんだ。

 悟は携帯を取りだした。

 時刻は夜七時を回っていた。

(もう夜なのか。いやでも夜ならなんでこんなに明るいんだ。視界は白黒だけど……)

 悟は父・健吾に電話をかける。

 電話は繋がったがなかなか出ない。

 もどかしい思いで悟は電話を切り、今度は奈弥文に電話をかけた。

 が、繋がらない。

 悟は今度は伊津子の番号にかけてみた。

 鳴り響くコール音。そしてやっと繋がる。

「母さんッ」

 小声で安堵の声を発する悟。

 だが、反応がない。

 電波が悪いのか、ザーーっと言う雑音がひどい。

 悟は声が届いているのか不安になり、再度呼びかけた。

「母さん?」

「悟ッ」

「みんな、奈弥兄さんの別荘? 俺、車から引きずり出されそうになったところまでは覚えてるんだけど、そっから先が全然思い出せなくて……」

 話しているうちに、だんだんと語気が強くなり悟は怒りの感情が沸き上がってきた。

 ――置き去りにされたからだ。

 自分は車の外に引きずり出された。

 あの状況では助けるために車を止めて外に出るのは自殺行為だったかもしれない。

 理屈では分かっていても……それでも悟は憤りを感じずにはいられなかった。

「ねえッ、何で置いていったのさ。一体あの時なにが――」

「あの、どなたですか? その携帯、拾われたのですか?」

 伊津子は切羽詰まったヒステリックな声で、悟の話を遮った。

「は? なにいってんの」

「……その携帯は息子のものなんですが、路上に落ちてました? 息子はいますか? 無事でしょうか」

「だから俺だよっ。悟だってば」

「何とかおっしゃってください!」

 どうしたんだ、という男の声が小さく聞こえる。健吾だ。

「もしもし、電話をかわりました。えー、あー……」

 続きをいいあぐねて、歯切れの悪い健吾にやきもきしてたまらず悟は周囲をざっと見回した後、少しだけ大きな声を出した。

「父さんッ」

「私、その携帯の持ち主の仁々木悟の父で、健吾といいます。もし――し、聞い――ますか」  

「だから俺だって――」

 雑音がさらに酷くなり、健吾の声が途切れ途切れになり、電話は切れてしまった。

 なぜだ。

 悟は戸惑いながら一端携帯をポケットにおさめた。

 伊津子や健吾の声ははっきりと聞こえていた。それなのに悟の声が全く向こうに届いていないようだった。

 携帯の調子がおかしいのか?

 携帯の電池の残りも気になる。

 場所を変えて電話をかけ直そうかと思案していたその時――。

「やあ」

 突然の後ろからの声。

「うわぁッ」

 悟は声を上げ飛び上がるほど驚いた。

 ぱっと振り返ると、そこにいたのは、黒いコートを身に纏った長身の女性だった。

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