表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/21

プロローグ

ごきまるというユーザーネームでハーメルンにも投稿しています。

 少年は懸命に走っていた。

 少年の知識ではこの世界の重力は地球の六分の一。

 そして大気は限りなく真空に近い。

 日光がまともに差せば最高表面温度は百℃を超え、逆に最低温度は地球南極のブリザードが可愛く思えるほどの極寒地獄。

 だが少年は特殊な装備など身につけていない。

 生身の、シャツにジーンズとスニーカーという姿だ。

 一応、ここに送り届けられた直後に、肺にたまっている空気が肺胞を破裂させないよう、少年は思いっきり息を吐いたが、数十秒経過した今も、窒息死する気配すら微塵もなく、少年の意識はハッキリしている。

 どうやら少年の体は、『窒息する』ということを忘れてしまっているようだった。

 しかしながら、走り続けている少年の体は自然と酸素を求めて喘ぐ。

 取り込む酸素など無いのだが。

 トランポリンで飛び跳ねているのに似た足から伝わる感触。

 そして、全身で感じている浮遊感。

 忌々しいSFで得た忌々しい半端な知識のせいで、様々な疑問が次々と湧いてくるが、少年はそれを必死に押しとどめ、ただただ、灰色の砂が積もった地面をがむしゃらに走り続けた。

 少年は追いかけていた。

 視界に映る、一人の少女を。

 服装は、漆黒の空に映える、白い薄手のトレンチコートに、ショートプリーツスカート。

 靴は履いていない。

 裸足である。

 少女は空中に浮かんでいた。

 少年が近寄ればその分、少女は少年と距離を取る。

 地面の数十センチ上をスーッと水平移動して、遠ざかる。

 その度に、トレンチコートの肩ボタンの部分ついている羽衣のような布がふわりと揺れた。

 少女が空中を飛翔している事も相まって、少年にはそれが天女――否、天使の羽のように思えた。どれだけ追いかけても、決して、絶対に手の届かない存在のようにも……。

「ちょっ! 待てって!」

 少年は叫ぶ。既に何度も呼びかけているが、その度に、返事が彼の頭の中に響いてきた。

 ――いや!

 振り返った少女の艶やかな黒髪に縁取られた少女の面立ちは、少年が今まで見たこともないほど美しかったが、その顔は青ざめていた。

 瑞々しいブルーベリーのような青みがかった黒い瞳には涙が潤み、下唇は震えていた。

 少女は明らかに怯えていた。

「とにかく止まれ! 話を聞いてくれッ」

 ――お願いだからほっといて!

 少女はその場で、舞うようにくるりと身を翻した。

 少女の姿は揺らぎ、黒い空と灰色の大地に溶け込んで、姿が消えた。

 少年は呆然と立ちつくした。

「おい!」

 ……返事はない。

 少年は両手で頭を抱えて周囲を見渡す。自分以外誰もいない、何もない、無機質な世界を。

「……おい」

 ドクンドクンと、脈打つ己の心臓の鼓動だけが頭の奥で響く。

 猛烈な孤独感に襲われ、少年は空を仰いだ。

 過去に写真で見たことがある。

 NASAが公開していた『月から見た地球』的な光景が頭の中をよぎる。

 だがそんなものが見えるはずもなかった。

 ここは月の裏側だからだ。

 ここからでは、地球は永遠に拝めない。

 少女は消えてしまった。

 少年は言われてきたのだ。

「彼女に説得してみろ」と。

 そして、こうも言われてきたのだ。

 ……助けが得られなければ、人間世界は破滅したままだ、と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ