FLY
最終回です。挨拶は後書きに回します。
松本は意外に早く見つかった。街のほうに出ると、長身の男と一緒に歩いている姿を発見した。
―どうやら、デートらしい。デートなら邪魔したら悪いな。帰るか?本当にお前が羨ましいよ。……待てよ。お前はそいつと何を共有してんだよ。天使か?気になるな。でも、ここで追いかけたらストーカーじゃないか―
そこまで考えたところで、思わず笑ってしまう。明らかにおかしい。ここまで思考する必要ないだろ。
―考えすぎたか―
ゴチャゴチャ考えているうちにいつの間にか、松本カップルが視界から消えていた。視線を右にずらすと、しきりに手を横に振っている松本と、その松本の手を引っ張る彼氏がいた。視線を上にずらして二人の今夜のデートコースを知った。
―なるほど、今日はお泊まりか。明日遅刻すんなよ―
二人のやり取りは終わりそうになかった。俺もその場から離れなかった。疑問があったからだ。
―なあ。ほんとにそいつ、彼氏か?―
街中の小さな綱引きはまだ続く。それを見ている観客は、おそらく俺ひとりだ。
―なあ、ほんとはお前も一人だったんじゃないか?―
どうやら、男が優勢らしい。松本が徐々に力を緩め始めた。
―力を貸そうか―
ふと、空を見上げる。そこには何もない。星ひとつ浮かんでいない。
―俺は一人で戦う。でも、これは独りよがりじゃない。……はず―
松本が男に従い始めた。俺は考えることなく、走り出した。
「奇遇だな、松本。」
松本が振り返る。あっ、と小さく驚き声を上げる。男は一瞬驚きの表情を見せ、すぐ眉間に皺を寄せた。男はよく見ると茶色と赤色が入り混じった独特の髪をしていた。
「誰だ、お前。」
間髪いれずに、俺は松本の腕を引っ張り走り出した。男の怒鳴り声が追いかけてくる。
「ちょ、なにすんのよ!」
そうは言っているが、抵抗する気配がない。それが何よりの救いだった。ここで立ち止まりたくは、ない。
「逃げるぞ。」
九回裏ツーアウト満塁。3対2。どちらにとってもここが正念場だ。河原に緊張が張り詰める。空には雲が立ち込めている。
「またここにきたの?」
あきれたような、諦めたような声が後ろから聞こえてきた。
「俺は一人だからな。」
松本が隣に座る。今日は女の子らしい格好だった。
「この間は、ありがとう。」
この間とは、偽彼氏事件のことだろう。あの日、俺たちは近くの駅まで逃げ切り、そのまま松本と別れた。偽彼氏とその後どうなったか気になったが、松本の顔を見る限り全て解決したようだ。いつ染め直したのか、松本の黒い髪が風に揺れる。
「どうして、人は空を飛べないのか?」
いつもの、例の学者のような口調だった。ボールが鋭い音をたてミットに入る。ワンストライク。
「必要がないからだ。」
それ以上言葉が続かない。人が空を飛んだっていいじゃないか、それが本音だった。答えに詰まっていると松本が口を開いた。
「守れるものも守れなくなるからだよ。」
バッターが大きくバットを振る。しかし、小さな少年の体は勢いのついたバットに体をもっていかれる。ツーストライク。
「は?」
「遠くから眺めているだけじゃダメってことだよ。ところで―」
松本が身を乗り出す。俺は思わず松本のほうを見る。よく見ると、きれいな黒い瞳だった。
「天使には会えたかな?」
ふと、あの日この河原で会った人のことを思い出した。いま思えば、あれは夢だったのではないかと思ってしまう。記憶の中にあるあの情景は、あまりにも現実味がなかった。けれど―。
「ああ、会った。」
「嘘!いつ?」
鋭い音が響く。思わず前を向く。ボールはどんどん高度を上げる。フライだな、とは思ったが二人でボールの行方を追う。
「あ、あれ!」
松本が声を上げる。指をさす方向を見ると、雲の隙間からいくつもの光の筋が漏れていた。
「天使の梯子か。」
「私も見た。」
松本の顔を見る。視線が合うと、松本が微笑む。センターが一度キャッチしたボールを落とした。一気に歓声が巻き起こる。
もしかして、天使って、天使の梯子のことか?たしかに、珍しいかもしれないが、別にここじゃなくても見られるだろう。
「っていうか、早く言え。」
「何を?」
「いや、なんでもない。」
二塁のランナーがホームインする。少年たちの声に交じって、二人の笑い声が河原に響く。
「松本。」
「何?」
「やっぱり、俺はお前の友達じゃないのか?」
すると、松本が右腕を伸ばす。松本の右手が俺の顔の前まで来ると、思い切り両頬を掴まれる。それを見ていた松本が、笑う。
「教えないよーだ。」
短いですが、この物語はここでおしまいです。この物語が大藪鴻大の原点かと思うと、感慨深いものがありました。
人は誰かと何かを何らかの形で共有する。それは生きる上で重要なものかもしれないし、どうでもいいものかもしれない。でも、たしかにつながっている。私はそう思います。
それでは、またどこかで会いましょう。バイバイ!