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つながりを求める理由

 厄介なことに、物語の登場人物が私自身の考えを覗き込み、それを口走ることがあります。しかも、それが一人じゃない……。故に、「自分VS自分」みたいになることもしばしばあります。

 簡単に言えば、自問自答、難しい言葉で言うと、弁証法ですね。

 目を開けると辺りは暗くなり始めていた。一時間ぐらいか、眠っていたらしい。鞄をもちあげようとする。しかし、それはできなかった。鞄は消えていた。慌てて周囲を見渡す。

 とられたか。自らの失態を恥じていると川の側に人影が見えた。先程の少年ではなさそうだ。手に見慣れた鞄を持っていた。慌てて駆け寄る。

「何か用か。」

 近くまで寄ると、こちらを見ずに語りかけてきた。男は180センチ位で、肩まである黒い長髪だった。声に重みがある。

「すいませんが、その鞄、見せてくれませんか?」

 落ち着いている自分に驚いた。初対面の人、それも得体の知れない男を前にした心情じゃない。男は手に持っている鞄を持ち上げ、しばらく眺める。

「ああ、これはお前のだよ。悪かったな。」

 男はあっさり鞄を差し出した。手を伸ばしたら反対の手に持った刃物で俺を刺すんじゃないか、と疑ってしまうぐらいあっさりしている。

「どうした。いらないのか。俺もいらないんだが。」

 警戒して手を出さないでいると、男はそう言った。俺はゆっくり手を伸ばし、鞄をつかむと思いっきり引っ張った。男はタイミング良く手を離した。そこで俺は走り出す。つもりだった。

「いらないなら、とらないでください。」

 なんだそれ。

「ちょっとした演出だ。許せ。」

 男の顔は整っていた。目にかかるくらいの前髪、切れ長の目、スラリ伸びた鼻、そして、薄い唇。どんな人でも一度は気に掛けるだろうな、と思ってしまうほどだった。

「せっかく話せたのに、なぜ黙りこむ?」

 我に返る。男に見とれていたことに気づき、戸惑う。

「あなたは、誰なんですか。」

「誰なんですか、って何を答えるべき質問なんだ?」

 そう言われても困る。そんなこと聞き返さないだろ、普通は。そんなことを考えていると男は納得したのか、口を開く。

「ああ、俺がお前と何らかの関係があるのかどうかを聞いているのか?それなら、ない。赤の他人だ。それとも―」

 男は言葉を切ると、少し笑ったように見えた。

「俺がお前にとって特別な存在だと思ったのか。」

 またしても戸惑うしかなかった。そんなこと考えてなかった上に、そう言われるとそんな気がしたからだ。

「もし後者なら、それはYESだ。なぜなら、お前はこんな出会い方はしたことがないはずだからだ。特別じゃないわけがない。」

 さっきから何かずれているな。そういう意味でも特別だな、と思う。自然と笑みがこぼれる。

「ここで何をしてたんですか?」

 ああ、と男は声を漏らした。

「郷愁にふけっていた。ここの景色には懐かしさを感じる。」

 男の後ろに目をやる。夜の闇で黒色に染まった川が流れている。いつもの河原とは雰囲気が違う。

「おまえは何をしてたんだ?」

 男が問いかける。友人に尋ねるような、ごく自然な口調だった。

「寝てました。」

「その前だ。」

「ずっと見てたんですか?」

「見てなかったから聞いている。」

 見てなかったなら、何かがあったことも分からないはずだろう、と思ったがとりあえず寝る寸前のこと、つまり松本と喧嘩したことを話した。話して初めて、俺は松本と喧嘩をしたのかと実感した。

 男は黙って話を聞いていたが、話が終わりに近づくにつれ、うなずく回数が多くなった。

「面白いな、松本って奴は。」

「どうすればいいんですかね。」

 しばらく沈黙が続く。男は目の前の暗い川を見ている。この人と話しているうちに、なぜか自分の全てを打ち明けてみようと思い始めた。日常で口にすると、大抵は冗談で済まされるか、変な目で見られるだろう質問があった。俺は何度か深く呼吸すると、決心した。

「どうして人はつながりを求めるんですかね?」

 男は川に目をむけたまま、わずかに目を細める。

「生きるためには、必要だからだ。」

「でも、もし、つながることが苦痛と感じたら。つながって、傷ついて傷つけられるのが苦痛と感じたら―」

 そこまで言って言葉が詰まる。いつもの考えが頭をよぎる。俺は友達を持ったせいで何人裏切り、何人に裏切られた?男は次の言葉がないと悟ると、口を開いた。

「だから、つながることをあきらめたのか。でも―」

 男は、そこで言葉を切る。俺はなんとなく、この男が次に口にする言葉が分かっていた。

「もっと辛かったんじゃないのか?」

 男は前を向いたままだった。俺は黙ってうなずいた。頬に何かがつたった。

「拒絶しているはずが、いつの間にか拒絶されているように感じ始めた。実際、そうかもしれないし、思い込みかもしれない。」

 男は俺の代わりに言葉を続けた。その通りだ。もう顔を伏せるしかなかった。

「別にいいんじゃないか。」

 男は大きく伸びをしたようだった。俺は顔をあげた。男の雰囲気に対して、その動作は少し滑稽だった。

「人って不思議なもんでな。そう力まなくても、生きていれば知らず知らずつながってしまうんだよ。」

 男がこちらを見る。目があった。澄んだ黒い瞳がはっきり見えたが、そこまでしか見えなかった。その奥に何かがあるのか、それとも暗闇が続いているのか、分からなかった。

「実際に、俺とおまえはつながったじゃないか。」

 そうですね、と言ったつもりが言葉にならなかった。黒い川を見る。わずかな光を集め、反射している。

「行かなくていいのか。」

 何の事を言っているのかすぐに分かった。どこに行ったかもわからないが、とにかく動きだそうとしていた。

「友達。」

 立ち止まり、男を見る。男は微笑んでいた。

「いや、なんでもない。」

 最後までよくわからない人だ。しかし、俺は大きくうなずいた。男に背を向けたとき、声が聞こえた気がした。

―羨ましいな―


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