目撃証言
全く関係ありませんが、ペンギンが空を飛べない理由は、「地上に餌がないから」以外にもあるのかもしれません。
みなさんのご存知の通り、南極は寒いです。南極の上空は、それ以上に寒いです。そんな中、空を飛ぶと、肺の中まで凍ってしまうのではないでしょうか。(あくまで、私の推測ですが……)。
まあ、なにはともあれ、ある環境で生物が生き延びているのには何らかの理由があるということですね。
松本とは、小学校が一緒だった。中学は別々になって、どういうわけか高校でまた一緒になった。俺たちが通う高校は一応、地元で有名な進学校だから、あいつが頑張ったということか。
「受験勉強なんて、一時の流行のラーメン屋の行列に並ぶくらい無駄だよ」と親が言っていたのか、当時の俺には理解できないこと(今でも、いまいちよく分からないが)を繰り返し言っていたことからは想像しがたい事態であった。
その宇宙人でもしないようなたとえ話をする松本が、俺に会う度に言うセリフがあった。
「福島君って、おもしろいね。」
これは松本に限ったことではない。小学校のころ、みんなからよく言われたことだった。どこがおもしろい?
「おい、なにボーっとしてるんだ?」
後ろからプリントを突きつけられる。どうやら、提出物を後ろから回しているらしい。俺は慌ててプリントを受け取り、前に回す。
―友達らしい友達もいない―
昨日、松本から聞いた言葉が浮かぶ。確かに、このクラスには友達らしい友達がいない。ここにいないということは、他の場所にいる可能性も極めて低い。
だから?何が悪い?人並みの付き合い、たとえば学園祭の運営ができるくらいの付き合いがあれば、十分だろう。
そこまで考えたところで、ベルが鳴る。今日の授業は終わりだ。教室はとりとめのない会話で埋め尽くされる。遊びの予定、部活の話、デートの結果報告……。俺は一人、教室を出る……前に気になる話が耳に飛び込んできた。
「ねえ、天使を見た人がいるって本当?」
「そういう話があるらしい。」
「くっだらない話すんなよ~。それより、その彼女なんだけどさ……」
本当にくだらないな。そう思いながらも、その場を離れなかった。くだらないと思うのはのは、デートの話だけだからだ。
「どんな感じだった?」
「えっと、割と控えめな感じで―。」
そっちじゃない。
「その話じゃない!」
意外な反応だった。天使の話に興味を持つ人は、自分を含めて多くても二人しか知らなかったからだ。デートの自慢話をする奴も、天使の話を持ち出した奴も目を丸くしていた。
「質問を変える。どこで見たの?」
言い寄られて、明らかに困惑している。笑い話にでもするつもりだったのだろうか、話を持ち出した経緯は分からないが、高校生が天使の話でこんなことになるとはだれも想像しない。
「知らない。ただ、見たとしか―」
「なんだ、役に立たないわね。」
なんだ、所詮笑い話か。何言ってんだ、天使なんているわけないだろ、という自分がいる。勢いよく天使に興味を持った奴が振り返る。見慣れた顔だった。
なんだ、松本か。
「福山君さ、頭はいいし、顔も……そんなに悪くないから、自分に自信持っていいんじゃない?」
「いきなり何の話だ。それに、今の間はどういう意味だ。」
学校からの帰り道、夕焼け空になる前の河原沿いの道を松本と歩いていた。松本は、人差し指を俺に向ける。
「その口うるさい性格は直すべきだ。」
「それはお互い様だ。」
それを聞いた松本は頭をかく。違う、そうじゃないんだよ、とでも言いたそうだ。
「だから、友達がいないんだよ。」
「またその話か。」
俺に会う度に同じことを言う。
「何?福山君は、一人で生きるのがかっこいいと思うタイプの人なの?」
この発言は、いつもと違う。だからといって問題は、ない。
「一人で生きることと友達がいないことは、全く違う。」
反論はなかった。正面を向く。しかし、これで松本が納得するとは思わない。俺も、これ以上言葉が続かない。河原にいる少年たちの声だけが聞こえる。今日は試合じゃなく、練習をしているらしい。
「同じだよ。」
しばらくして、隣から声が聞こえる。松本の顔を見る。しかし、松本はこちらに顔を向けなかった。
「他人と共有するものがないなんて、一人で生きているのと同じだよ。」
「共有?」
「理由は分からないけど、君は他人と自分を共有するのを恐れている。」
少年たちの声が途切れる。休憩しているのか。それとも、俺がこの場所から切り離されたのか。口を開こうとするが、発する言葉が思いつかない。
「ねえ。どうして君は変わっちゃったのかな。」
そう言うと、松本は道を逸れて土手の斜面に座った。
「帰らないのか?」
「待ってみる。先に帰っていいよ。」
何を?天使をか。俺はしばらくその場に立っていたが、帰れと言われたら帰るしかない。
途中、二、三度振り返ったが、空を見つめたまま動こうとしない。空に目をやる。ボールが飛んでいる。一瞬の歓声の後の、落胆。ボールが高度を下げる。
ファールボールか―。ボールの動きを目で追っていると、沈みかけた夕日の光が目に射し込んだ。
なあ、おまえには今の俺が見えていたのか。あの日の俺に問いかける。