天使が来る場所
初めての方、はじめまして。そうでない方、ありがとうございます。大藪鴻大です。
今回の作品は、私が大学一年のときに書いたものです。「こんなの書いていたんだなあ」と懐かしく思いながら、訂正等を加え、投稿するに至りました。そういえば、青春ものを本サイトに投稿するのは、今回が初めてです。
この物語は、そんなに長くはならないと思います。『この』物語は、長くないです。
『天使の梯子 -FLY-』を最後まで楽しんで読んでいただけると幸いです。
「こんなところで、なにしてるの?」
青い空が見慣れた顔で覆われる。俺は驚くことなくため息をつく。いつものことだ。
「また訳分かんないこと考えてたんでしょ。」
「とりあえず、どいてくれ。」
「どうしてペンギンは空を飛べないのか?」
俺の顔を覗き込んだまま、どこかの偉い年配の学者のような口調で質問をぶつけてきた。質問と一緒に、軽く息がかかる。いつものことだ。
「必要がないからだ。南極の氷の上に餌はないが、海の中には魚がいる。だから、あいつらは飛ぶことをあきらめて、泳いで生きていくようになった。」
納得したような、腑に落ちないような顔をして、顔をどけた。俺は起き上がる。
目の前には小さな川、緩やかな緑色の斜面、野球をする少年たちが見える。隣に、松本が座っている。肩ぐらいまで長さの黒髪、白い長袖のシャツに、青いジーパン。夏に入りかかった時期にはふさわしい格好だったが、少年のような格好で違和感があった。
「そんなことばっかり考えているから、君はいつもここにいるんだよ。」
「因果関係がよくわからない。」
松本は額に手をあて、心底あきれた顔をする。少し、大袈裟な動作のような気がする。
「分かった、説明してあげる。君はいつも考え事をする。すると、周りが見えなくなる。当然、人との交流もなくなる。友達らしい友達もできない。今日みたいな天気のいい日に一緒に遊ぶ人がいない。君は行く場所がない。仕方がないからここに来る。どう?これで満足した?」
そう言い終わると、得意げに両手を腰にあてる。俺は人差し指を立て、松本に突きつける。
「ひとつ、質問がある。」
「何でしょうか、優等生の福山君」
「なぜ、この場所なんだ?」
いつもならここで松本は怒りだす。分かる訳ないじゃない、そんなことだから君は一人なんだ、と。
しかし、今日の松本は違った。顔に勝利の笑みを浮かべている。
「この場所はねぇ、天使がよく来るんだよ。」
……なんだそれ?視線を前に移す。雲ひとつない空。光を反射して流れる川。空振り三振する少年。どうひねくれて考えようとしても、どこにでもありそうな場所に変わりはない。
「君みたいな人でも、そんな話信じるんだね。ずっと天使を待ってるなんてさ。」
明らかに、いまにも笑いだすのをこらえている。どうだ、参ったか、と心の中で胸を張っているのだろうか。
「……何を言っている?」
すると、松本の顔からスッと笑みが消えた。俺は首をかしげる。俺は普通の反応をしたはずだ。相手を傷つけるようなことも言っていない。
「もしかして、知らないの?優等生の福山が?」
「優等生は余計だ。」
本当に驚いているようだった。推理が外れたからなのか、俺にも知らないことがあることが判明したからなのか。松本は、俺の顔をじっと見て次の言葉を待っている。
「天使って何の話だ。あの、白い羽をもつ例のやつじゃないのか?」
俺は、俺の無知を確信した松本の勝利のガッツポーズを見ることになると思っていた。だから、俺は次の松本の反応に驚かざるを得なかった。
「そっか、知らないのか。」
そのまま、松本は黙り込む。しばらく沈黙が続いた。少年たちの元気な声が、ここまで聞こえてくる。
「じゃあ、そろそろ行くとしますか。」
松本が立ち上がる。つられて俺も立ち上がった。
「何?別に送ってもらわなくてもいいよ。まだ明るいし。」
目を細め、口角を上げるその笑みは、いつもの松本のものだった。
「どうしても、聞いておきたいことがある。」
天使とはなんだ。
「明日の小テストの範囲はどこだ。」
なんだそれ。松本は突然繰り出された場違いな質問にポカンとした後、笑みを浮かべた。
「教えないよーだ。」
松本は、そのまま駆け出す。しばらく走ると、振り返り大きく手を振る。「じゃあね」という意味なのか、「早く来てよ」という意味なのか、判断しかねた。そのまま、動かずにいると、松本は再び背を向け、歩き出した。