肉片
「生まれ変わったら何になりたい」
僕がそう聞けば、彼はしたり顔でこう言った。
「生まれ変わったら僕は肉片になりたい」
僕には彼の言っている事の意味がよくわからなかった。なので、わからないとばかりに首を傾げれば君は続けてこう言った。
「肉塊になりたいんじゃないよ。あくまで、僕は肉片になりたいんだ」
ますます訳がわからなかった。
僕の頭がおかしいのだろうか。それとも、彼の頭がおかしいのだろうか。
「わからないよ」
と言えば、彼は何を気にした風もなく、「そうだろうね」と答えた。
「実際、言っている僕にもよくわからないからね」
「じゃあ、何で急にそんな事を言い出したんだい」
「さぁ、僕にはよくわからないよ。でも今、一つだけ言えるのは、僕は今、気が狂ってしまいそうだっていう事だね。頭がぼぅっとして、息が苦しくて、口を開ければ訳のわからない言葉を発してしまいそうなのさ」
そう口にする彼の視点は僕を通り越して、明後日の方向を向いてしまっている。
「それは君、風邪じゃないのかい」
僕は彼の額に手を触れた。けれど、手に伝わってきた彼の体温は特に熱いというほどでもなく、普通だった。
「熱はないようだね」
「なら、やっぱり僕は気違いになりかけてるんだな。今も君と話していないと、僕は僕でなくなりそうなんだよ」
彼は頭をかしかしと掻きながら、まるで何かに追い立てられているかのように、せかせかと話し出す。
「なぁ、君。もし僕の気が違っておかしくなったら、君は僕の臟腑を抉って外にばらまいてくれよ。心臓や肝臓だけじゃないぞ。五臓六腑全部だ。道いっぱいに広げてくれ。道いっぱいにな。そうしたらきっと、鳥がたくさんやってくるだろう。そして彼らはその臟腑を全て啄んでくれるだろうさ。例え、どんな真っ黒い臟腑でもね」
そう言い終えると、彼は「ふへへ」と笑った。目の焦点があっておらず、実に気持ちの悪い笑みだった。僕はギョッとした。
「おい、君。君は疲れているんじゃないか。少し寝た方がいい」
「いや、疲れてなんかないさ。否、疲れているのかもしれない」
そう言い終えたと同時に笑い始めると、彼はどんな言葉でも形容できないような、どこか獣の咆哮じみた奇声をあげながら、僕の元から走り去っていった。僕は気の狂ったらしい彼の背中を眺めながら、ただ呆然とするしかなかった。
彼はその後、数日ほど行方が分からなかった。
僕が彼の行方を聞いたのは、さらにその数日後の三日月の夜。
昼に男性の水死体が上がったという日の晩のことだった。